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 鴻田井高等学校(こうだいこうとうがっこう)の授業が、全て終わった事を告げるチャイムが鳴る。

 それに合わせて、学生たちは部活だったり友達と放課後遊びに行く予定について、思い思いに会話に花を咲かせていた。

 今月高校に進学したばかりだけれど、もうある程度グループが出来上がっている。

 

 それを横目に、俺は即家に帰るためカバンに教科書類を詰めていた。

 そんな俺、鏡月(きょうげつ) 正一(まさいち)にクラスメイトが声をかけてくる。

 

「正一、今日も家の手伝いか?」

「ああ。来週お客さんがくるから、船で回るルートを潜って見てこようと思ってね」

 

 スマホでネット記事を読んでいるクラスメイトにそう言って、俺はカバンを背負い直す。

 クラスメイトが読んでいる記事が目に入り、その内容を俺は口にした。

 

「ゲート、か」

 

 それはある日突然、この世界に現れた全く違う場所、ダンジョンへの入口だ。

 基本的に地中から生まれるゲートの先、ダンジョンにはこの世界には存在しない生物が存在している。

 つまり、モンスターだ。

 

「いいよなぁ。僕もダンジョンに潜るプレイヤーになってレアアイテムゲットして、億万長者になりたいよ」

「無理だって。この鴻田井島(こうだいじま)にある高校にはダンジョン攻略部どころか、ダンジョン自体がないんだもん」

「そうそう。ダンジョンって基本的に国が管理しているし、この島に住んでる限りダンジョンには潜れないよ。いくつかの財閥は、金に物を言わせて独自にダンジョン囲ってるって都市伝説もあるみたいだけど」

「でも実際、ダンジョン攻略を生業にするプレイヤーになりたきゃ、本州とかの大学に進学したり就職しないと無理だよなぁ」

「それじゃあ俺、もう帰るわ」

 

 クラスメイトに別れを告げ、俺は教室を後にする。

 クラスメイトたちが言っていた通り、プレイヤーには夢がある。

 モンスターがドロップしたりダンジョンに出現するアイテムは、現代科学では考えられない性能を持っていた。

 アイテムはゲートを潜ってこちら側の世界にも持ち帰れるので、高値で取引されている。

 

 ゲートが出現して十年ほど経つが、ダンジョンのこともモンスターのことも、アイテムのことも詳しくは判明していない。

 だから未踏の地を開拓するようなワクワク感がプレイヤーにはあり、ダンジョンで見つけたアイテムによっては一攫千金も夢じゃない。

 今やプレイヤーは憧れの職業であり、それを目指す人は後を絶たなかった。

 

 もちろん俺も、他のクラスメイト同様、ダンジョンやプレイヤーに対しての憧れはある。

 人並み以上に、ダンジョンやプレイヤーのネット記事もなんとなく読んでいた。

 

 ……でも、まずは家のことをちゃんとやらないと。

 

 下駄箱の向かうと、そこには一人の少女が俺のことを待っていた。

 俺の幼馴染の四十物(あいもの) 琥珀(こはく)だ。

 

「遅いよ、正一」

「そんなに待たせたか?」

「人が待ってたら、それは待たせてるってことだよ」

「そいつは悪かったな」

 

 そんな事を言いながら、俺たちは一緒の家に帰る。

 俺の両親は幼い頃水難事故で亡くなっており、残されたのは身につけている形見のネックレスだけ。

 

 それでも昔から家族ぐるみの付き合いがあった四十物家に引き取られて、どうにか俺は生活出来ている。

 そういうわけで、琥珀は同い年の幼馴染でありながら、同い年の兄妹のような関係でもあった。

 

「ただいま、おじさん。もう船の準備出来てる?」

「出来てるよ。正一も潜る準備すませたら、船までおいで」

 

 そう言われて、俺は自分の部屋にカバンを放り投げると、すぐ水着に着替えて倉庫にポンプの確認をしにいく。

 スキューバーダイビングに必要な準備をしているのだ。

 

 俺たちが暮らす鴻田井島は、立地的に一応東京ということになっている。

 でも、本州からは距離が離れた島であり、この島の島民たちの仕事は船を出す漁師、だけではなく、島にやってくる旅行客相手の観光業で生計を立てている。

 俺を引き取ってくれた四十物家も、その例に漏れずに観光業も営んでいた。

 

 ……だからダンジョンなんかよりも、まず俺はこっちの手伝いだな。引き取ってくれた恩もあるし。

 

「来週の予約が入ってるお客さんのダイビングルートの確認?」

 

 倉庫の前で、琥珀が俺のことを羨ましそうに見ている。

 

「いいなぁ。私もダイビング免許持ってるし、久々に泳ぎたい気分」

「……お前は、おばさんと一緒に晩ごはんの準備があるだろ?」

 

 ぶっきらぼうにそう言いつつ、俺は琥珀から視線を外すように背を向ける。

 正直、琥珀が仕事についてきてくれるのはありがたい。

 小さい頃から一緒に海に潜っているので、互いに今何を考えているのか、すぐに分かる。

 しかし俺は、最近琥珀と一緒に泳ぐのを避けていた。

 その理由は――

 

 ……あいつ最近、出るとこ出るようになってきたからなぁ。

 

 もう俺たちも高校一年生だ。

 思春期真っ只中だし、そういう男女の関係についても気になる年頃ではある。

 

 ここ数年、垢抜けた琥珀の話題が男子連中の間で出てくることも増えてきた。

 俺も、その気持はすごくよく分かる。

 でも――

 

 ……流石に琥珀を、そういう対象に見るのは無理だろ!

 

 俺を引き取ってくれた、おじさんおばさんに申し訳無さ過ぎる。

 一人娘を居候の俺が性的な目で見ていると知られたら、きっともうこの家どころかこの島で生活できない。

 

 ……いや、案外あの人たちのことだから、『正一なら全然OKよ』だなんて、言いそうな気もするが。

 

 とはいえ、これは俺自身がどういうスジを通すのか? という問題だ。

 親しき仲にも礼儀あり。

 線を引くべきところは、しっかりと引かなければならないだろう。

 だというのに――

 

「ねぇ? 正一、最近冷たくない」

「ばっ! くっつくなって! ポンプ運んでんだから、危ないだろうがっ!」

 

 ずっと一緒に生活しているからか、琥珀の方は俺に対して距離感が近すぎる。

 昔みたいな距離感で近づかれると、俺の方の理性が持たない。

 

 ……というか、子供の頃より最近ひっつかれる頻度が多いような気が。

 

「正一! 準備まだか? もう船に火入れちまったぞ!」

「ご、ごめん。今行く! ほら、琥珀も離れろって!」

 

 おじさんに呼ばれて、俺は意識を現実に引き戻す。

 海に潜れずにぶーぶー文句を言っている琥珀を背に、俺はおじさんの待つ船に向かって走っていった。

 

 ◇◇◇

 

 来週の観光客向けのダイビングルートの確認は、順調に終わった。

 夕日が照らす海面を見ながら、おじさんが俺にペットボトルのお茶を投げてくる。

 

「お疲れ様。いやぁ、最近正一が手伝ってくれて助かるよ」

「何言ってんの。お世話になってるのは、こっちの方なのに」

「バカ。ガキが大人に気を使ってんじゃねーよ。そういうのは百年はえー」

「だったら百年後もちゃんと生きててよね」

 

 軽口を叩きながら、俺はボンベの酸素残量を確認する。

 それを見て、おじさんは首を捻った。

 

「なんだ? もう確認はすんだだろ?」

「そうなんだけど、ちょっと気になることがあって」

 

 観光客相手の接客業をやっているから、相手がどんな事を考えているのか、どんな事を求めているのか、考えるような癖が俺にはある。

 そう言う意味でいうと、さっき潜った時に気になったものが見えた気がしたのだ。

 

 ダイビングルートから外れた場所に、見慣れない穴みたいなものが。

 

 ……ひょっとしたら、地震の前触れかもしれないし。念のため確認いておかないと。

 

「それじゃあ、もうひと潜りしてくる」

「気をつけてな」

「すぐ戻るから!」

 

 おじさんに見送られて、俺はボンベを背負い、必要なものを防水カバンに入れて、また海の世界に戻っていく。

 夕方の海の中は、オレンジ色の光が乱反射する万華鏡のようで、非常に幻想的な光景が広がっていた。

 でもその光景は海面近くだけで、潜れば潜るほど暗くなっていく。

 

 ……忘れずにライトも付けないとな。

 

 家の風呂よりも入っている時間が長い海の中を、俺は自由自在に泳いでいく。

 このあたりは危険な魚もいないので、すぐに目的地に到達することが出来た。

 

 ……やっぱり、穴だよな、あれ。

 

 防水ケースに入れてあるスマホを取り出して、時間を確認。

 更にダイビングアプリを起動して座標を登録した。

 もう日が暮れるので、本格的に調べるのはまた後日にしようと思ったのだ。

 今日はスマホで入口の写真を撮って、軽く周りを確認したら帰ろうと思い、俺は海底に出来たその穴に近づいていく。

 すると――

 

 一瞬の浮遊感を得た後、視界が暗転した。

 

 ……なんだ? ブラックアウト? 俺が?

 

 ダイビング中に偶に起こる失神をしてしまったのかと、一瞬焦る。

 でも、スマホの時間は一分も進んでいない。

 暗くなってきたので、変な錯覚でも起こしてしまったのかと、首を捻った。

 直後――

 

<ダンジョンへの侵入を確認。対象者にレベル1を付与します>

 

 脳内に、突然そんな言葉が響いた。

 その言葉の内容から、今日クラスメイトが見ていたネット記事を思い出し、俺は頭から血の気が引く。

 

 ……ダンジョン? 嘘だろ? あの穴、ゲートだったのかよ!

 

 ダンジョンへ最初に潜ったプレイヤーには、強制的にレベルという概念が与えられる。

 残念ながらレベルアップして得られた力は、たとえレベル1であっても現実世界には持ち帰れない。

 アイテムは持ち帰れるのに、レベルの恩恵は持ち帰れない理由もわかっていなかった。

 

 しかし、レベルが高ければ高いほど、ダンジョン攻略はしやすくなる。

 そして、プレイヤーとして生活していくことが出来るようになるのだ。

 でも――

 

 ……ダンジョンって、普通複数人のプレイヤーでパーティーを組んで攻略するもんだろ!

 

 更に言うと、攻略をするための準備をしてから、ダンジョンに潜るのが当たり前となっている。

 それはそうだろう。全裸で富士山の頂上を登ろうとするような馬鹿は、そういないはずだ。

 しかし、海底にまさかダンジョンがあるだなんて夢にも思わなかった俺は、まさに『馬鹿』そのものだった。

 

 ……ヤバい、早く出ないと!

 

 当然だが、ダンジョンでモンスターと戦闘になれば、傷も負う。

 致命傷になれば、もちろん助からない。

 そういう危険性あるにも関わらずプレイヤー数が減らないのは、やはりそれを上回るリターンがあるからだ。

 一度のダンジョン攻略でレアアイテムをゲットできれば、それだけで一生遊んでいける金が手に入る。

 

 ……確かにロマンはあるけど、それは生きて帰れたらの話だって!

 

 なんの準備もせず、しかも単独でダンジョンに潜るだなんて、自殺行為と変わらない。

 パニックになりながら、大きく腕を動かしたことろで、俺は違和感を得る。

 

 ……あれ? 俺、今水の中にいるのか?

 

 ダンジョンの中にいるのに、俺の体は浮いている。

 ゲートが海底の中に出来たから、海水もダンジョンに流れ込んだのかもしれない。

 そう思っていると、俺のライトが何かを照らし出す。

 なんだろう? と思ってそちらにライトを向けると――

 

 そこには、モンスターの水死体が浮かんでいた。

 

 ……うぉぉぉおおお! 怖い怖い、めっちゃ怖い! 動物の水死体は見たことあるけど、モンスターの水死体グロすぎマジ怖いぃぃぃいいいっ!

 

 恐らく、窒息死したのだろう。

 実際に動いているモンスターは見たことはないが、もがき苦しんだような苦悶の表情は、はっきりと見て取れた。

 狼のようなモンスターは、助けを求めるように右腕をあげて死んでいた。

 人間サイズの獣の水死体は、迫力がありすぎて漏らしてしまいそうだ。

 

 ……なんのモンスターなのかわからないけど、とりあえず写真撮っておくか。

 

 スマホで撮影をしていると、モンスターの体が崩れ落ちる。

 死んだモンスターは塵となり、ダンジョンに吸収されるのだ。

 

 ……まるで、人間の体が食べ物を消化し、吸収するようだ、ってなんかのネット記事で読んだな。

 

 そう思っていると、塵となったそれは海流に揺れて海水に溶けていく。

 しかし、溶け切らないものがあった。

 

 ……なんだろう? 何かの、爪みたいだけど。

 

 手に取ると、脳裏にまたあの言葉が響く。

 

<『ウォーウルフの爪』を入手しました>

 

 ……へ? え、これ、アイテム? ドロップした、ってこと?

 

 そう思っていると、スマホにおじさんからメッセージが届く。

 すぐ戻ると言ったのに、中々戻ってこない俺を心配している内容だった。

 

 ……と、とにかく、まずは帰らないと。

 

 そう思いながら、俺は先程のアイテムを防水カバンに入れて、ダンジョンの出口に戻っていく。

 おじさんが待つ船に戻りながら、俺はあることを考えていた。

 それは――

 

 ……あのダンジョンの中のモンスター、ひょっとして、全員溺れ死んでるんじゃないか?


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