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フェアリー ∞ キッド   作者: てぃえむ
第二部 二章 堕落の始動
67/72

ヘリア誕生祭③ アウリス・プルガトリオ・後編 ― 花嫁の詠歌 ―


 

【R-SNSログ】


2053,9,26

大森シキ(初等部・特待/落書きの子)

@shiki_chalk


よるの廊下に、えをかいた。

いつもみたいに、かいた。かいたのに、えにならない。


……


ぱぱとままのすきなかおを、かくつもりだったのに。

ちがう。ちがう。ちがう。


どれがほんもののわたし?

わからないから、もっとかく。


まちがえずに、ちゃんと。

まちがえずに、ちゃんと。





挿絵(By みてみん)




 穂を握る僕の拳を、年頃の少女より小さめの彼女の手が優しく包む。シャン、という音を立てて光を放つ穂先から、一瞬だけ熱を放った気がした。

 

「耳を澄まして」


 アヤカの囁きは、まるで遠くから吹いた風の如くエルフの笛の音に溶けていく。

 聞き返す間もなくアヤカが穂を大きく一振り。僕は半歩よろめきながらも、同時にターンへ入った。穂先に宿る光粒は零れるように空中を舞い、森に光の円環を描いていく。



 ──フウウゥゥゥ。



 三拍子に乗る笛の旋律は優雅で、民謡のように懐かしく優しい音にも聞こえた。そして──ひとつの単音が混じる。軌道をずらし、しかし不協和ではない心地のいい音だ。


 その音の主は、すぐにわかった。

 まるで娘に応える親の如く、根音を優しく包み込む──



 「ルナフエラ」の鳴らす共鳴音だ。



「リュウ、見える?」

「見えるって、何が」


 ライトブルーの瞳の奥に、何かが見える。瞳の色とは違う、青空のような澄んだ青が。……もしかして、これがアヤカの……



 ──”心の色”なのか?



 澄んだ青色を見つめるうち、まぶたの裏に熱が走る。

 ”誰かの記憶”が脳内に流れ込んだような、不思議な感覚の後




 ──あたりが光に包まれた。




 光を裂いて映し出されたのは、大樹……いや、世界樹に、よく似てる。


 でも、場所はハーモニア大学附属学院じゃない。快晴の空のもと、若草色の広い広い草原に力強く地中に根を張り出し、空に向かって伸びゆく枝が、まるで天を掴むかのように広がる。枝先からは実のように小さな光がキラキラと輝き、木漏れ日が天使の梯子のように男の姿を照らした。

 色とりどりの花が咲き、まるで天国のような場所……なのに。




 「1人の男」が静かに膝をつき、肩を震わせていた。そして、彼の目の前には”黒い人型の、何か”が倒れている。あの男は……誰だ?



 ──パキン。




 薄いガラスが割れたような音。

 同時に光──いや、妖精が僕の横をすり抜ける。一瞬見えた綺麗なライトブルーの瞳。振り返り金髪の妖精が向かった先を目で追うと、世界樹の遥か上空──見覚えのある繁華街が映し出された光の先に飛んでいく。


 白い花の花弁がひとひら僕の頬をかすめ、妖精は光の中に消え、そして──誰かの「泣き声」が微かに聞こえた気がした。




 海霧の妖精でも、聞き覚えの誰かの声でもない……”獣の唸るような声”だった……。





「リュウ、穂を目一杯広く降るの!」


「――!!」





 アヤカの声に、はっと我に返る。

 気付けば、あたりは甘い香りで満たされていた。周囲を見渡せば、生徒達の周囲が淡い光で満たされていく。


「見える? 皆の共鳴の力」

「共鳴!?」


 周囲の花々が熱を帯びるように光を放ち、僕とアヤカの振るルナグレインの穂先は、蜜が金色の光を放ちながら空へ舞い、まるで飴細工が糸を引くように光の軌跡を幾重にも重ねていく。


 



「わああああっ!!」




 生徒達の歓声が上がる。

 木漏れ日が美しく差し込む森全体に、金色の五線譜が無数に舞うように空中を浮遊する。

 エルフが花を一つ積んでアヤカに手渡す。その先端を光る糸に添え、巻き取るようにくるくると絡める。出来上がったのは、虹のような光を放つ、雲のようなお菓子。

 そして、一口頬張ったアヤカが満面の笑顔をうかべた。


「皆で作った、エルフの特別なお菓子・ルナコットンだよ……食べよ? 美味しいよ」


 ひとり、またひとりと花に糸を巻き付け口に運ぶ。

 アヤカに渡された金色の綿を口に含むと、果実に近い清涼感のある甘みが口の中でほどけるように溶けていく。鉄の味……月光果実の甘みによく似てた。

 まるで雲をそのまま食べているかのような不思議なお菓子に生徒達は一瞬で魅了され、R-SNSログの話題はルナコットンで持ちきりになった。


 そして、もう一つ。




「フェアリーサークルだ!」




 生徒達が僕達の足元に象られた円形に感激の声を上げ、スマロで撮影を始めた。



挿絵(By みてみん)



 ファルのヴェールの精霊の光に包まれたアヤカは、今まで見たどんな彼女より……本物の花嫁のように綺麗に見えた。


 でも……


「……さっきの男は?」


 フラッシュの光に包まれながら、僕はアヤカに問いかけた。


「ね、見えた?」

「え」

「私の心の色」


 心を覗かれる事が怖い──と、アヤカは言っていたのを思い出す。心なしか上擦っているように聞こえる声は、いつもの彼女らしくは……ない。


「見えたよ。綺麗な青だった」

「あれはね、私の罪」


 ……罪?


「ね、リュウ。その左肩の子……」


 アヤカが指さしたのは左肩にいる妖精だ。

 急に視線を向けられ驚いたように僕の首の後ろの隠れた妖精にアヤカは微笑む。そういえばシオンは、この妖精が「アヤカと同じ」って言ってたっけ。

 そして……アヤカは小さく小さく呟いた。



「ソフィ、私と同じ罪を選ばなくていいんだよ」


 ──ソフィ?



「アヤカ、ソフィっていうのは」

「リュウ」


 この子の名前なのか? ……と、問いかける前にアヤカの声がひときわ大きく僕の声を遮る。


「――生きて」


 視線を向けられ、微笑んでいるのに、どこか儚げな表情に言葉を返す事が出来なかった。どうして……そんな顔をするんだ?


 さっき見えた膝をつく男。

 すれ違った妖精と、一枚の白の花弁。

 誰かの泣き声。


 希望を宿したような……青空のような、綺麗な心の色。どれも僕にとっては綺麗で美しく映るのに。



 ……心が軋む。



「アヤカ……君は僕に、何を見せようとしてる?」

「大切なものを忘れないためにだよ、リュウ」


 それは君の事なのか?

 真っすぐ見つめてくる彼女の瞳は、僕の疑問に「NO」と言っているように感じる。




「──生きてほしいから」




 心臓が大きく一つ鼓動を打つ。

 同時に、豊穣の妖精が呼び覚ました僕の一部が、発狂するように脳内で「ある言葉」を叫んだ気がした。







【R-SNSログ】


@fairy_obs_mio(特待): 綺麗……けど、あれは本当に安全なの? #フェアリーサークル


@mod_bot: 一部投稿はコミュニティガイドラインにより保留されました(照会中)


@plain_meal_02(一般): ルナコットンうまそう #ルナコットン

@kids_yousei_love(初等): あやかさま ひかってた! すごかった! #妖精さんだいすき

@rich_frame(富裕): 現象は制御下にある。騒ぎすぎだろ? #秩序維持 #調和の儀

@seg_wave(特待): タグつけると拡散するぞ。控えとけ #フェアリーサークル


@daisuke_vigo(代理):おーい、リュウ。見てるか? いーい写真撮ったから、DMに送っとくからな!







 海底図書館に足を運べば、窓の向こうに見える赤い珊瑚の光が焔のように揺れ、純白のドレスを赤く染めていた。

 小人のようなドワーフたちがつるはしで床に転がった石を叩く。その度に鐘のような金属音が響き、弾ける光は薄暗い空間に一瞬咲いた花火のように幻想的だ。



 ポロロン──。



 弦を引く音に視線を向ければ、部屋の隅の椅子に腰掛けたマダム・ティムが弦楽器を弾いてる。いつもキタッラを作っている、あの弦だ。彼女の膝で丸くなっていたミントグリーンの子猫が「にゃあ」とひとなきして、アヤカの足元にすり寄った。


「やあ、来たね。花嫁の仕立てをさせておくれ」


 柔らかく微笑むマダム・ティムだけど、彼女の表情は少し寂しそうだ。ゆっくりアヤカの近くに歩み寄り、母親が娘に触れるように、そっと金髪を撫でた。


「いい顔じゃないか。覚悟はもうできているかい?」


 覚悟……か。


「じゃあ、僕は外に──」

「リュウ、ここにいて」

「え、でも……これから着替えるんじゃ……?」

「いておやり」


 マダム・ティムの言葉が重なり、僕は仕方なく頷いた。






 

 海底図書館に低く響き渡るのは、ドワーフたちの石を穿つ低音。そのリズムに寄り添うように、マダム・ティムが歌い始めた。




 ──白き繭よ 風を抱け

 明日ゆく人の影を包め

 ひとの心を糸となし

 ひとつに結ぶ ファルのヴェールよ




 ばさり。


 アヤカの白いワンピースが床に落ちて、蛹から蝶が這い出るかの如く華奢な身体が珊瑚の光に照らされる。

 深紅の光が彼女の輪郭を赤く染め、その体は聖像のように幻想的に……


 ……


「そんな顔しないで」

「その穴は、なんだ?」


 アヤカの胸に、穴が開いたようにヒビが入ってる。傷ではなく「穴」が、空虚に彼女の胸を貫いていた。


「もらった心が壊れかけてるの」

「もらったって……アヤカ、君は」


 無言で首を振られ、それ以上聞く事が出来なかった。

 君は弾けるような笑顔を浮かべるし、泣く事だってある。まるで自分が作り物であるとでも言いたげな……そんな言葉は……君らしく、ない。




 ──淡き糸よ 魂をぬぐい

 裂けゆく胸を縫いとめよ

 別れではなく 結び直す帰り路とせよ



「ね、リュウ。覚えてる? 初めて会った日の事」


 マダム・ティムが両手を上げるように施し、まるでキリストが磔になった様のように両手を上げた彼女の体に、白い衣を纏わせていく。


「私、あの日リュウの綺麗な心の色に……惹かれたの」


 その声は悲観をかけらも宿さず、その姿は何よりも神聖で、美しく映る。


「人間の恋だったら、よかったのに」


 思わず口から出た言葉は、まるで僕らしくなかった。沈黙するアヤカに一瞬触れようと手を伸ばし──届かないような気がして、拳を握りしめる。




 ──耳をすませば 土はうたう

 エルフの織物を その身に纏い 

 ヴェールは静かに 人の心を束ね

 乙女は祈る 「朽ちる身にも 愛は残る」と




「リュウの心の宝石の奥に、何かが見えたの。綺麗なんだけど……隠れてる何か。私、ずっとそれは何だろうって思ってたの」


 ふっと、彼女の表情が緩み、お人形のような微笑を浮かべた。初めて会ったあの日の笑顔よりもずっと大人の微笑だ。


「そこに触れたかった。多分それが、私の欲しかった”愛”なんだと思う」




 ──白き繭よ 舞い上がれ

 闇に散る二千の想いを結び

 去り行く者へ 迷わぬ道を照らせ




「きっと、それが本当のリュウなんじゃないかなって」


 長椅子に腰を下ろしたアヤカに、マダム・ティムがエルフの森にあった花の花弁を彼女の頬にそっと当てると、チークがさしたような薄紅に染まった。


「ボディガードのリュウもかっこいいけど、私は本当のリュウの方が好き……かな」


 好きと言う言葉が残酷に聞こえたのは、僕が君の愛に気付かず盲目で過ごした期間が、あまりにも長かったからなんだろう。




 ──花嫁よ、星を宿しその身を贈れ

 ヴェールは祈り 迷える者の道となろう

 さあ、歩みなさい 愛の続く 沈黙の神の道へ




 “花嫁”


 その言葉だけが、歌の中でひときわ澄んで響いた。

 1年前より痩せた腕で、ふわりとヴェールを抱きしめ、タクミ君の絵画の前で祈るように跪き、頭を垂れた。


「見ててね、タクミ君」


 赤い珊瑚を背景に振り返ったアヤカは、別人のように……いつもの無邪気な者とは違う、凛とした大人のような印象を受けた。


「リュウ?」


 ……?

 首をかしげるアヤカが僕の傍に来て、そっと頬に触れた。


「泣いてくれて、ありがとう」

「え」


 頬を滴る水滴が、花嫁の指先を軽く濡らす。


「は? なんだ、これ」


 それに気づいた瞬間、目から水がぼろぼろと零れ落ちた。何も言わず僕の胸に顔を埋めたアヤカの体を、抱きしめる事は……できなかった。



 この「理解不能な現象」を、僕の体は驚くくらいすんなり受け止めていた。



「……嫌だ」


 いなくなってほしくない、結婚なんかしないでくれ、本当は……本当は……!!

 ずっと覚悟していたはずなのに……体中が彼女の死を拒否してる。


「ごめんね」



挿絵(By みてみん)



 走馬灯のように蘇るのは、初めて会った日から今日までアヤカと過ごした学校生活だ。

 授業中にアドバイスを求めて来た事や、カフェの新メニューにはしゃぐ姿。よそ見をして転びかけた体を支えた事や、タクミ君の絵画を見て嬉しそうに体を揺らすしぐさ。


 ──検診から戻って僕の顔を見た瞬間……いつも満面の笑顔を浮かべていた。


 アヤカは何が起きても、折れなかった。

 人間が好きだというそれを「血」と言ったけど、本当にそれだけなのか? どうしてそこまで、人に尽くせる? 憎いと……思わないのか?


 まるで無償の愛だ。

 ただし……それが報われる事は、決してない。


「行こう、リュウ」


 花嫁をエスコートするのは僕の方なのに、アヤカの方から手を差し伸べる。その手を取ると、薄く微笑んだアヤカと共に海底図書館の階段を上がった。




挿絵(By みてみん)




 ──群青の空には、蛍が舞うようにブラウニー達が光を放っていた。


 アウリスブリッジを見据えるアヤカ。視線の先、中央祭壇には花婿の姿がある。ハーモニアレイクには2000人の生徒が集まり、彼らの視線は一斉に花嫁に注がれた。



 ――フイイィィィ……。



 また、この声。

 湖に視線を向ければ、湖面に顔を出す人魚達に混じり黒い影が見える。ぼやけてよく見えないけど……やっぱり彼女は「8人目の人魚」らしい。



 シャン――と、豊穣の妖精の鳴らす鈴の音が聞こえた。

 それが合図のように、自然美の笛の音が……海霧の妖精たちが……ドワーフ達のつるはしの音が……「祝福のナマル=イグ」を奏でていく。


 それに合わせて、アヤカが小声で呟くように歌った。


『Auris elyr, Valgas anima.』


 これは……あの時の共鳴風だ。

 

『Fel nostel, estra liss arda.』


「Valgasの意味は、教えてくれないのか?」


 花嫁が小さく首を振るのを確認して、少しため息をついた。


「2000人の心をひとつにしないと、ルナフェリスは成功しない。ルナコットンの時みたいに

「僕の心を取り戻させる為に、豊穣の妖精に会わせたんだな」

「私がいなくなる前に……本当のリュウを取り戻してほしかったの」

「本当の自分、か」


 僕は本来の自分を忘れてたんだろう。


「長い間、忘れてた。怖い事も、泣く事も……それに」

「それに?」


 おかげで自分の心がはっきりした。さっき泣いた時頭に反芻した少年の「声」は、きっと……僕の本心なんだ。


「僕も、秘密だ」


 僕とアヤカは2人で並んでハーモニア大学附属学院を見つめた。

 言葉を交わす代わりに、アヤカの手が僕の手に重なる。軽く握り返した時、遠くで白い牡牛の低く唸るような鳴き声が聞こえた。



数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。

次回は各妖精の紹介回を挟み、章変更してヘリア誕生祭後編に行こうと思います。


挿絵(By みてみん)


もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m


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― 新着の感想 ―
悲しいなと思いました。 リュウ君とアヤカちゃん、お互いがお互いの事を好きなのに、違う人と結婚しなければならないなんて…。でも、2人が2人に対して思った事。その瞬間、2人は通じ合ったと思うし、この先、何…
色々感情があふれ出てきて情緒不安定になってしまいますよ! 今回はこの前のキスの回以上にリュウくんとアヤカちゃんのイチャコラをたっぷり見れた感覚です! でもまるでこれはアヤカちゃんにとって最後の幸せな…
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