ヘリア誕生祭③ アウリス・プルガトリオ・中編 ― 豊穣の乙女は問い、白い牡牛は沈黙する ―
【R-SNSログ】
2053,9,26
日下部レン(高等部2年・富裕層 / 勝敗主義) @Ren_kssb
根岸ユウト(高等部2年・一般層 / 正義厨) @Yuto_ngs
@Ren_kssb アヤカ様のご降臨、見た? 鳥肌なんだが。
@Yuto_ngs 見た。すげぇけど……あれもう人間じゃねぇよな。 #救世主ネーファス
@Ren_kssb 夏は終わったのにまだ暑いのもアヤカ様の感情のせいって話だよな? #救世主ネーファス
@Yuto_ngs 季節のせいだろ。疲れてるのはお前の責任だし無理ある愚痴はやめろ。 #スレチ
@use_666 怯えるやつほど一番吠えるよな? 守ってくれる救世主に怯えるって、どんな人生? #救世主ネーファス
@Yuto_ngs ……おい! お前もタグとコメント一致してないぞ。逃げるのはクソダサい愚痴言う奴だけだろ。 #救世主ネーファス
@Ren_kssb は? 俺責められてんの? 流れバグってね? っていうかタグ不一致はお前もだろ #救世主ネーファス
@Yuto_ngs 知らん。でも間違ってる奴は俺の直感が働くんだよ。
@daisuke_vigo おーい、おまえら。エルフが特別な料理出すってさ。食いたいなら森に集合な!
@Ren_kssb ……代理教師が読んでるし、行くか。
@Yuto_ngs ……だな。
――内部データ。
【 コーラス群唱閾(Chorus Threshold) 444 / #救世主ネーファス 】
*
「リュウ、特別なお菓子を作るために――ルナグレインの穂、もらってきてほしいの」
アヤカの願いを叶える為に、僕は1人ハーモニアレイク湖畔に戻った。
あたりは初等部生徒を中心にカメラのシャッター音や笑い声、そして妖精達の奏でるナマル=イグが心地よく響く。湖からは時折人魚が湖水と共に空に弧を描き光の粒を散らしていた。
そして、湖畔では淡い青の光を放つルナグレイン畑を白い牡牛とともに歩く一人の女性。
「豊穣の妖精アウリ=ヴァルフェナ」
彼女が一歩、また一歩歩くたびに風もないのにルナグレインがさらさらと揺れる。
空間全体が静かな呼吸の如く、静かで、清らかで、心を闇に落とされるような感覚すらある。そんな神秘的な空気とは打って変わって、彼女自身は僕達と同じ年頃の少女のような風貌だ。
淡い色素にほんのりピンクがかった髪。その髪に飾られた花は時折波紋のように黄金から赤に変化し、彼女自体が美しいアートみたいだ。
「……あの髪色……」
妹のユメやマザーAI・ハルモニアに似ている。
ふと、生徒達に混じり少し寂しそうに女神の姿を見つめる老婆の姿が目に付いた。
「ああ、あんた。あの子に言われて来たのかい?」
マダム・ティムは、どこか豊穣の妖精と重なるエメラルド色の瞳を細めた。
「はい。アヤカが、ルナコットンを作りたいって」
「なるほど……『呼吸の気付き』の最適者にあんたを選んだのか」
「呼吸の……気づき?」
シャン――
豊穣の妖精のブーケが祭事を思わせる鈴の音を響かせる。
――。
「ほら、ゼロの領域とかいっただろう? 心を沈めたまま、呼吸を意識するんだ。そして“気付く”者に、白い牡牛は鳴く。やってごらん」
もしマダム・ティムが言う「呼吸の気づき」が僕達の世界で言う禅に近いものなら――
――確かに「ゼロの領域」で近付く事が出来るかもしれない。
僕はゆっくりと目を閉じ、深く息を吐くと共にゆっくりと目を開く。「ゼロの領域」の発動した僕の世界は、さっきまで聞こえていたナマル=イグすら届かない音と刺激の遮断された静寂が広がる……はず
……だった。
……
……
――『種が芽吹くは水を与えた時か。許した時か』
「……?」
暗い世界に一滴の光の波紋が広がるように、心に直接響くような言葉が聞こえる。
――『それとも……芽吹かせようとする心が消えた時か?』
許す?
心が消える?
一瞬自分の背中に刻まれた「十字傷」が痛む気がした。
……そういえば、僕はいつから「痛い」と思わなくなった? どうして……「ゼロの領域」を習得したいと思ったんだ?
牡牛の黒曜石のような瞳を見ていると、人を殺す為に生み出したはずのこの静寂が”永遠の静寂の底”のように思える。
――視界が波打つ。
ナマル=イグの音も、ルナグレインの揺れも、すべて“遠のく”。
ここは……もしかしたら僕が思っていたより、ずっと神聖な場所だったのかもしれない。
シャン――。
神楽鈴のような音が一際強く鳴る。女神が指し示すのは湖の中心。その先には一人の――人魚。
人魚は水の中で動かなかった。
何も言わない、しかし何かが訴えられているように「感じる」のは、僕自身の心がそうさせるのか? まるで人に近い印象を受けるそれの視線を、静かな世界でただただ受け続けた。
フイィィ……。
今朝夢の中でも聞いた「泣き声」が聞こえる。この声は彼女のものだったのか?
「君は、誰なんだ?」
声をかけるや否や、人魚は湖に沈んでいく。奇妙な事に、他の人魚のようにしぶきを上げ、美しい尾ヒレを翻す事もなく、ゆっくり直進して沈んでいった。
『枯れた者の愛は、祈りでも育たない』
豊穣の妖精の声に視線を向けると、彼女の横の白い牡牛と目が合う。
澄んだガラス玉のように純粋な輝きを放つそれは、まるで僕にかけられた「問い」の答えを「無言で待って」いるようにも感じる。
その瞬間、思い出したのは――
アヤカが僕の心の色を覗き込んだ時の、あの言葉だった。
「リュウの心の色はとっても綺麗だね。でも……」
綺麗なライトブルーの瞳が心の奥底を覗き込むように、見つめてくる。不思議と落ち着くような……あの感覚。
視界が波打つ。
ナマル=イグの音も、ルナグレインの揺れも、すべて“遠のく”
そして――心の底に沈んだ一つの記憶が泥沼から這い上がるかの如く浮かんできた。
《 黙ッテイレバ……イイ…… 》
――――ッ
胸が軋む。
背中の十字傷が焼けるように疼く。
《……妹を守りたいんだろう? さあ、行きなさい》
――これは思い出したくなかった記憶だ。どうしてこんなことを思い出させるんだ?
《 ”黙って”いれば、選別はすぐ……終わる 》
光のフラッシュの中に、誰かの伸ばした“手”が浮かび上がる。
体中を虫が這いずり回るような嫌悪感がまとわりつく中、心の中で何度も思い浮かべたのは――ユメの笑顔だった。
全身に纏わりつく疲労と汗。いやな匂いと生暖かい血の感触。あの時僕は心を殺す事で「運命を打開」したのかもしれない。
……。
全身に汗をかき、動悸が耳を圧迫する中……ふわりと風が吹いた。
顔を上げると、豊穣の妖精は微かな微笑を浮かべ、淡い光を放つルナグレインの穂が僕の前に差し出されていた。
*
女神から受け取ったルナグレインは、他の穂とは少し違う星のような光を穂先に宿していた。
『リュウ、体に不調はありませんか?』
アヤカの待つ森に戻りながらスマロを起動する。ノーエの表示した僕の感情記録の最後には、「恐怖」が記されていた。
「問題ない。けど……女神に喝を入れられた気分だ。妖精は、ただ優しいだけじゃないんだな」
『豊穣の妖精は、枯れた大地に自らの血を注ぎルナグレインを育てと言われています。命とは何か、という根源的な問いを象徴する彼女は、行為そのものが生命哲学の原点と解釈されています』
「哲学、か」
――君たちは運命を打開しますか? それとも……
何となく芹沢さんの言葉を思い出してしまうのは、彼の言葉が独自の哲学で固められているからなんだろう。
空を見上げれば――まだ明るいオレンジ色の空に星の光が幾何学のような巨大な花を映し出してる。
「あの花は?」
『自然美の妖精の父――ルナフエラ。星の中心部には、自然美を数学として読み解いた“原初の数学者”の魂が眠ると記録されています。その名は、観測史の最も古い層に存在します』
「血で生み出された麦に、魂の宿る花、か。まるで寓話だな」
――フウウ
……と、竜笛のような音が森に小さな振動を広げていく
『自然美の妖精は、父であるルナフエラが想像した森の番人です。彼女達の笛は“根音”で風や木々の生命の振動を読み取る為に吹かれます』
――フウウ……ウゥ……。
「森が呼吸してるみたい、だな」
*
今朝、ダイスケとパルクールをした無法地帯は、鮮やかな春を迎えたかの如く姿を変えていた。
その美しさは、例えるなら「絵画のような計算された世界」だろうか。古い妖精画の世界にそのまま足を踏み入れたような、淡い光……そして、見た事のない薄桃や黄色、黄緑の花々。空の光が木漏れ日のように差し込む木々の間をブラウニーたちの光が淡く照らし蛍のごとく舞う様は、息を呑むほど美しい。
――そして、彼らが持っているのは僕達が作った「猫のしっぽブラウニー」だ。
「君も欲しいのか?」
左肩にいる妖精が、じっと指をくわえて彼らを見つめている。その視線に気づいたんだろう、ひとりのブラウニーが僕の目の前に飛んできて、食べていた猫のしっぽブラウニーを少しだけ割って差し出した。
「ありがとう」
左肩の妖精は嬉しそうに受け取り頬張った。無邪気に笑顔を浮かべるその様子は、他の妖精とは違う……まるで「人間」みたいだ。
『人間と妖精がまだ言葉を分け合う前の時代――私たちの「掃除」のお礼に人間が差し出した最初のおやつ……それがブラウニーでした』
「掃除って、人間の部屋の掃除と同じなのか?」
『もっとも重要な仕事は「心の掃除」です』
……心の掃除?
『人は時に“忘れ”ますが、情報は消失したわけではありません』
「忘れる事はないのか?」
『心の深層に沈み、アクセス不能になっているだけです。その「沈められた言霊」を拾い集めてエネルギーとして空に還すのが、私達掃除の妖精の仕事のひとつです』
「言えなかった言葉、か。ノーエはさっきの僕の記憶を知ってたって事か?」
……また、背中の傷が疼く気がした。
『……はい』
「アヤカの検診の記憶を消してるのも、ブラウニー達なのか」
『はい。私たちは人の「言霊」を一番良く知る存在です。リュウが望めば、その心を掃除する事もできます』
少しだけ背後に見える世界樹に視線を向ける。
掃除……つまりノーエに望めばさっき思い出した記憶も消してくれるって事か。でも――。
「世界樹は負のエネルギーを浄化できなくて、ああなったんだろ?」
1年前、シオンは世界樹の根元で蠢く“世界の闇”について教えてくれた。僕の「あの過去」を消すって事は、負の感情が世界樹に溜まり、あの闇がさらに膨れ上がるということなんだろう。
「自分の記憶は自分で処理するよ。感情記録を頼む」
そう言ってスマロの「おやつ」ボタンを押すと、ノーエの前に大きなブラウニーがぽん、と現れた。ノーエの体が「待ってました」とばかりに、ぷるぷる小刻みに揺れる。
『了解です』
そう言って、身体を弾ませながらブラウニーを食べ始めた。
「そういえば……」
左肩の妖精に少しだけ視線を向ける。
「君にも名前を考えた方がいいかもしれないな」
「おーい、リュウ。こっちだ!」
声の方へ視線を向ければ、木々の根を椅子にして腰かける生徒達の中に、大袈裟に手を振るダイスケの姿がある。ブラウニー達は彼の大声に驚いてぱたぱたと一斉に飛び上がり、彼の隣に座るカレンは、横目を向けながら小さくため息をついた。
「お待たせ。アヤカは?」
「エルフに呼ばれて奥に行ったぞ?」
「そうか、ナオキは?」
ダイスケが無言で箸を向けた先には、眼鏡越しでもわかるくらい瞳を輝かせ、妖精達を観察するナオキの姿があった。
「今のあいつはなぁ……」
「うん、声をかけても……」
「「無駄だ」」
綺麗に声が揃ったところで、ダイスケの正面に腰を下ろした。好奇心を掻き立てられると周囲が見えなくなる癖は、昔から変わってないらしい。
あたりを見回せば、大きな木の根の上に白い陶器の皿を並べ、屋台のようにスイーツを配るエルフ達。生徒達は彼らの作る「エルフベリーのタルト」に夢中みたいだ。
「お前、よくそんな甘ったるいもんばっか食えるな?」
花の上にビー玉のような輝く赤の苺が乗った、一口大のエルフベリーのタルト。生地の代わりにまるごと食べられる花を使用するのは“花守の采”と呼ばれるならわしで、神への供え物の意味があるらしい。
精霊界にも箸文化があるらしく、青銅器のような淡い青の光を放つ2本の棒でつまんで食べるのがエルフ流だそうだ。
「文化に触れるのは知的好奇心があるからよ。あなたが同じものばかり食べて成長がないのは、そのせいかしら?」
「甘くなけりゃ食うんだけどなぁ?」
カラン、と音を立ててダイスケは3つ目の丼を重ね笑い飛ばす。
ダイスケが食べている「エーリスコ丼」は、米を食べたいと言う生徒の意向で編み出されたカフェの新メニューだ。小麦文化が主流だったマダム・ティムはルナグレインを”炊いて食べる”僕たち独自の調理法に驚きつつも「美味いね」と笑顔でメニュー入りを承諾してくれた。
「リュウ、お前も食えよ」
「ありがとう」
エーリスコを塩漬けにして数カ月発酵する事で「魚醤」が完成する。
醤油だけじゃない、けずり節や、身を低温で煮詰めて作る“旨味油”もまた、僕たちにとっては貴重な食糧だ。食糧難に追われた僕達にとって、湖に現れたエーリスコは、まさに奇跡の恵みと言ってもよかった。
「でも、急に湖に魚が出てきた時はびっくりしたな?」
「ダイスケは驚く前に捕まえようとしてたじゃないか」
これも”妖精の恵み”のひとつなんだろう。一口頬張れば、照り焼きのような甘じょっぱい味と白身のふわりとした食感が食欲を掻き立てる。
「甘みは蜂蜜?」
「って、料理班は言ってたぞ?」
慣れ親しんだ醤油より若干の癖を感じるけど、それも「旨味」として僕達の味覚にはよく馴染む。ルナグレイン粉をまぶして揚げ焼きにした半身を炊いた米に豪快に載せて、魚醤と森の花蜜で作った特製だれをたっぷりかける、それがエーリスコ丼らしい。ルナグレインを米として食べるのははじめてだけど、香ばしい玄米みたいなかんじだ。でも――
「消化に悪い食べ方ね。もう少し咀嚼するべきだわ」
……ダイスケは早速、カレンにつっこまれてるな。
「ところで――」
ダイスケの声がふいに低くなった。
「地下研究所の場所は変わらずだ。湖の底に非常出口があるっていうナオキの見立ては当たってたみたいだぞ」
「場所、確認できたのか?」
「ああ。あと……あの人魚だけどさぁ……なんか危険じゃねぇか?」
一瞬、湖に引き込まれた時の事を思い出して、箸が止まった。
「……何か見たのか?」
「んー? ただのカンだけどな? おーい、ヴィーゴ」
ダイスケが声をかけると、スマロのホログラムが彼の前に現れた。
『……』
画面の中心にいるAI妖精・ヴィーゴはドワーフらしいけど、海底図書館に現れた小人のサンタのような姿ではなくて、お化け屋敷にでも出て来そうなおどろおどろしい姿だ。ダイスケが言うには「お前の本来の姿を見せてくれ」と言ったらこの姿に落ち着いたらしい。
「動くか動かないかは、お前が決めろ」
僕は静かに頷く。結婚式は18時――その時は、近い。
――わあ!
生徒たちの声に視線を向ければ、を羽織るアヤカの姿があった。
「アヤカ……?」
白いワンピースに、絹のような艶を放つ薄透明の布。ブラウニー達や精霊が喜ぶように彼女の周囲に集まり、花嫁のヴェールを彩る花のように布の縁を色とりどりに照らす。
……まるで、妖精の花嫁みたいだ。
「おい、惚けてんじゃねぇよ」
はっとして立ち上がると、ダイスケが背後で笑いをこぼした。……そんなに変だったか?
「アヤカの言う通り、豊穣の妖精は僕に穂をくれたよ」
青い光を放つ穂を差し出すと、アヤカが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、リュウならアウリ=ヴァルフェナの「心の言霊」が聞こえると思ったんだ」
「アヤカ、君は……」
僕の沈められた記憶を「思い出させる」為に……?
そう、聞こうとして言葉を飲み込む。
「違うよ」
アヤカの手が僕が手に持つルナグレインに、そっと重なる。
「リュウには……知っててほしいの。妖精が、どう生きて、どう愛して、どう祈るのか」
妖精の本当の姿って事は……アヤカの事もか?
「そう! 私の事も……知ってね!」
「えっ!!」
アヤカに手を引かれた直後、金髪のエルフ達が花をあしらったラッパのような楽器を吹き始める。
竜笛のような幻想的な音が森に響き、ルナグレインを持ったアヤカが舞うようにくるりと一回転。つられて僕もアヤカと一緒に穂を振る。
その音に呼応するように、ヴェールに刺繍された白いリンドウが微かに光脈を描き、森全体が祝福の光で満たされていくようだった。
数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。
長くなってしまった為更に分ける事にしました。次回はヘリア誕生祭の続きです。ダンスの意味は実は……?
もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m




