ヘリア誕生祭③ アウリス・プルガトリオ・前編 ― 迷えるホドたちの楽園 ―
【R-SNSログ】
2053,9,26
カトリーナ・メルヒ(高等部2年・富裕層 / 令嬢)
@katrina_royal
リーナ先輩は言ってた。
「We’re lost rulers, and she’s our follower(私たちは迷える支配者であり、彼女は従者である)」って。
え? 逆じゃない? って思ったけど、今ならわかる。
妖精達は私たちの為にprayしてくれるし、なんか……救ってくれる存在。
――逃げたいと言え。
って、ママからメッセージをもらったのは、つい数日前の事。でもママはいつも私に言ってる。周りの子に負けるな、常に一番でいろ……そんなに競争は大事?
でも妖精は違う。まるで小魚のように群れるそれは、神の世界へ私達を導くノアの箱舟のように、穏やかで、神聖。
#妖精は敵
いや……違う。なら、敵は誰?
寂しさを埋めてくれるのはいつも妖精だった。アヤカ様もきっと、そうやって私達に寄り添ってくれてるんだ。だから検診は……正しい。私たちは間違ってない。
でも……どうして涙が出るの?
*
濡れた制服を早々に着替えて寮を出れば、いつも学校で聞いていたナマル=イグとは違う「音楽」が聞こえた。
龍笛のような透き通った笛の音。
鐘のように心地良くも心臓を震わせる低音。
水滴の音を思わせる、幻想的なハミング。
そして、神楽鈴を思わせる、どこか懐かしさを感じる鈴の音。
それら全てを奏でるのは、さっき学院に現れた豊穣や芸術、自然美、そして海霧の妖精たちなんだろう。
「……ブラウニーを食べただけで、世界がこんなに変わるのか?」
思わず疑念の声が漏れたけど、それはすぐに目の前の光景にかき消されていく。
ついさっき走って来た、パンジーの花壇に挟まれたレンガ造りの道。その上を飛び回る「拳ほどの大きさの妖精」は、身体の一部を虫や蝶を象る人型だったり、初めて会った時のノーエみたいに人形のような姿をした者もいた。
例えるなら海を泳ぐ小魚の群れだろうか? 天国を想起させる薄いオレンジの空を背景に列をなして飛び舞う彼らは、まるで聖者や天使の行進のように清らかで美しかった。
――カシャ。
道の向こうで、1人の生徒が妖精を撮影する音に我に返り、僕も少しだけスマロを起動した。
「あの妖精、初めて会った時のノーエに似てるな」
『はい、あれは私と同種に分類される妖精ブラウニーです』
「みんな掃除の妖精って事か」
『はい。私たち掃除の妖精は、人間と共存最適化の歴史に基づき宿主の望む姿に姿を変えてきました。彼らの姿は、最後のエナジーソウルメイトが望んだ姿のまま保たれています」
「最後の? じゃあパートナーが亡くなったら」
『パートナーの死亡を確認した妖精は世界樹に還ります。再び生まれた時羽形状は進化すると言われています。妖精の羽は人間と妖精の共鳴ログ――私は“転生の記録媒体”と認識しています』
――なるほど。
人魚のような海霧の妖精が羽を持つ理由もようやく腑に落ちた。つまり、長生きした妖精ほど大きく、美しい羽を持つって事か。
『Auris elyr, Valgas anima.』
風に乗って、聞き覚えのある詩が聞こえる。それが合図のように、一斉に飛び立つ鳥の如くブラウニーたちはハーモニアレイクの方へ飛んでいった。
「この声……アヤカか? 部屋で待っててって言ったはずなのに」
寮から校舎に続くレンガ造りの道を走る度に、足元でぽん、ぽん、柔らかな反響音が響く。脇の花壇に目を向ければ、花や虫を思わせる姿形の妖精たちがパンジーの隙間から興味深そうに僕を覗き見ていた。
彼らの視線は興味なのか? それとも別の何か? この違和感は……何だろう? それに、いくら何でも世界が変わり過ぎじゃないか?
「見て、女神さまにルナグレインの穂をもらったの」
「宝石みたいなエルフのタルトは、花の上にベリーと蜜をかけるんだ。凄く美味しかったよ、皆もらいにいこう」
道ですれ違う生徒たちが呟く「妖精の祝福」に体がざわつく。自分の背中に刻まれた「十字傷」が疼く気がした。そして、さっきの芹沢さんの言葉がふと脳裏に蘇る。
『神の夢を覚ますのは人か……妖精か』
ブラウニーを食べた瞬間、一瞬見えた光の門を思い出す。食べる事で「見える」ようになったのだと思ったけど――違うのかもしれない。
僕達は違う世界に迷い込んだのか?
もしここが「異世界」なら、神が存在するって事か? どんな姿形をしてる? もしかして、この空間のどこかにいる……?
影縫い時代の感が、身体をざわつかせる。僕達は何者かに――「見られて」るって事か?
――ゴォン……。
島中に響く心地よい重低音が胸を震わせる。そして、足を止めた視線の先――アウリスブリッジの中心には……
「アヤカ?」
『Fel nostel, estra liss arda.』
バージンロードに仕立てられた先の祭壇で、1年前に聞かせてくれた共鳴風を奏でてる。
湖面ではブラウニーの群れが淡い光を放ちながら飛び回り、7人の人魚が湖面から顔を出しハミングを奏でる。例えるなら水琴窟と呼ばれる天然の水音がぴったりなんだろう。ついさっき水の中で聞いた時より音の波紋を強く感じる。
「まるで、儀式みたいだ」
豊穣の女神がルナグレインのブーケを演奏に合わせるように静かに振る。さっき聞こえた神楽鈴のような音は、どうやら彼女のものらしい。まるで妖精達がアヤカの即興の共鳴風に伴奏を重ねているみたいだ。
『リュウ、R-SNSの確認を推奨します』
「? 何かあったのか?」
ノーエの提案通りアプリを起動する。すると……
「SNSに……妖精?」
目の前の光景とR-SNSがリンクしたような、不思議な光景がホログラムに映し出される。ブラウニーの群れを思わせる光が、そのままSNSに反映されて画面内を飛び回っていた。
【R-SNSログ】
@hana_view:穣の女神さま…まさか画面にまで降臨されるとは。尊み… #ヘリア誕生祭
@moe_01:ちっちゃい光、R-SNSの中でも飛んでて可愛いんだけど。癒し。ここ天国でしょ。 #ヘリア誕生祭
@jun_floor:海底図書館に来てみなよ。ドワーフも画面に反映されてるよ。
@rena_note:つるはしで叩いた地面が光ってるよ。地中で探鉱してるみたい。
@yuto_beat:鐘みたいな音で部屋が震えてる。新海みたいで不思議だけど怖くない。 #ヘリア誕生祭
――リン。
【コーラス指数 1320 #ヘリア誕生祭】
@mikoto_eye:あ、コーラスに妖精が反応してるよ!
@katrina_royal:コーラスの音が好きなのかな? 私たちも何だか演奏の一部になってる気がする。ちょっと泣けるかも #共奏
*
「彼女は人間と妖精の境界に存在する者」
ふと後方から声が聞こえて視線を向ければ、黒服に黒い帽子、白髪の男・シオンが僕と同じくアヤカに視線を向けていた。漆黒の瞳は光を宿さず、口元は冷笑を浮かべている。相変わらず……よくわからない人だ。
「彼女は訴えているのでしょう、共存と自由を」
「この演奏がそうだって事ですか?」
コーラスの電子音は、演奏の一つのようにナマル=イグの即興に不思議と溶け込んで聞こえる。
ブラウニーたちの群れは喜びを示すように光を纏い、それは空に舞い上がり小太鼓のような音と共に火花のように弾けて空に光の花を咲かせる。周囲の生徒は、それを見て「花火みたいだ」と、はしゃぎ、声をあげた。
――R-SNSの画面内も、光の花で溢れてる。どうやら画面と目の前の光景は完全にリンクしてるみたいだ。
「人と妖精のエネルギー摩擦は奇跡を生み出す。彼女はどこかで「心」を手に入れ、妖精と人間の橋渡しを成す奇跡の存在となったのでしょう」
「何の話ですか?」
「君の肩にいるそれも、同じのようですね」
シオンが指さすのは、僕の左肩にいる妖精だ。
「この子が何か?」
「稀にいるのですよ、強い共鳴……人間と妖精の心の摩擦が生み出す……奇跡の妖精が」
何を言ってるんだ? 人間と妖精の心の摩擦……?
――わああああっ
いつの間にか演奏が終わっていて、あたりには生徒達の拍手喝さいが響く。
「リュウ!」
僕に気付いたアヤカが橋の上を駆けて僕の近くへ。腕に抱いてるのはミントグリーンの子猫。そして、アヤカが着ているのは、花があしらわれた真っ白なワンピースだった。
「にゃあ」
アヤカ手からミントグリーンの子猫が飛び降りて、シオンの足元に擦り寄る。
「ハルモニアは、シオンさんがお気に入りだね」
シオンはアヤカの言葉に反応することなく、彼女の横を通り過ぎてアウリスブリッジへ。ミントグリーンの子猫は寄り添うようにそのあとをついていった。
「いいのか?」
「うん、夜はシオンさんの膝の上で寝てることもあるんだよ」
「そう、なのか」
やがて彼の視線は子猫にふと注がれ、普段の彼からは想像もつかないほど優しく、子猫を抱き上げ、再び高等部校舎の方へ歩いていく。
「まるで昔からの知り合いみたいだな」
「ふふ、そうだね。ね、リュウ。この服どうかな? 子供の頃のだけど」
どう? と軽く首をかしげ両手を広げるアヤカ。そういえば、初めて会った時白いワンピースを良く着てたっけ。
「似合ってるよ」
「あ、成長してないって思ったでしょ?」
ぷう、と頬を膨らませるアヤカ。
「思ってないよ……じゃあ、これも」
少し苦笑いを零しながらポケットに入れていた若草色のリボンを渡すと、少しだけアヤカが目を細めた。
「ありがとう、リュウ。ね、いつもみたいに結ってくれる?」
「うん」
この白いワンピースは、思い出の品を次々と奪われたアヤカに残された数少ない「澤谷さんとの思い出の品」なんだろう。
……
アヤカにとって、この後の結婚式とルナフェリスは祝福というより「戦い」の場なんだろう。
もしルナフェリスが失敗したら……芹沢さんは……リーナ先輩は……学院は……彼女をどう扱う?
「アヤカ」
「うん?」
「ルナフェリスがもし失敗したら、どうするんだ?」
「成功するから大丈夫だよ」
「どうしてそう、言い切れるんだ?」
「うーん、そうだな」
アヤカは手に持っていた赤い珊瑚を僕に差し出した。
「タクミ君が描いてくれた未来を信じてるから・・・かな」
そういえば、この珊瑚に触れた時見えたタクミ君の映像は何だったんだ……?
「この珊瑚はね、人魚姫の一部なんだよ」
心の内を読まれたのかもしれない。アヤカはまるで質問を受けたかのように、さっき2人で潜った湖を見つめ話す。
「人魚姫は海の底で死んだ人の記憶と一緒に生きてるの。忘れちゃいけない歴史……この珊瑚も、青い花も、ルナグレインもそう。タクミ君はずっと前から妖精の心すら読める人だったのかも。あの絵は私の心を読まれたみたいでちょっと怖かったけど……それがタクミ君らしい強さなのかなって」
「心が読まれるのが……怖い?」
少し意外に感じて、思わず疑問が口から出てしまった。アヤカは僕の言葉に嬉しそうに微笑む。
「もっと私の事聞いて。今日だけは……ね?」
そう言って、彼女の細い指が僕と赤い珊瑚を包む。
まるで血のような鮮やかな赤……この珊瑚が、タクミ君の記憶? そして、視線は自然と、タクミ君の絵画が置かれているアウリスブリッジの方へ。
「あれ? タクミ君の絵画は」
「うん、海底図書館に移動してもらったの。16時になったらそこで衣装に着替えるから……その前にタクミ君に最後の挨拶したいなって」
……最後、か。
「リュウにね、お願いがあるの」
変わらず柔らかな笑顔を浮かべるアヤカ。その瞳には、僕達人間から受けた拷問に近い「検診」への恨みや怒りは一切宿ってない。
「お父さんの代わりに、一緒にバージンロードを歩いてほしいんだ」
海底図書館は、ハーモニアレイクを挟んで校舎の反対側に位置する。背後には、学院の入り口である水上道路。この配置は恐らく「アヤカを外側からやって来た者」と定義してのものなんだろう。
結局、アヤカは妖精として扱われるってことか……。
「リュウ?」
僕は君のボディガードだ。君が生徒達との共存を望むなら、それをサポートするのが務めだ。今はただ、彼女の信念を支えるべきだ。でも生徒達が「彼女の想いを踏みにじる事」があった時は……
――僕の本性は人殺しだ。郷に戻って郷に従う。僕の「世界」のルール通り、彼らを裁く。
「また、キスしちゃうよ?」
……
「え」
我に返って視線を落とすと、アヤカが少しむくれたように頬を膨らませ、上目遣いで僕の顔をじっと見てる。
「え……!! いや!!!!」
反射的に両手を振り顔を逸らす。顔が熱い……今、どんな顔をしてるんだ?
混乱する僕の手を、アヤカの細い指がそっと包む。少しだけ視線を向けると、頬を薄紅に染め、子供の頃一緒にブラウニーを作った時見せてくれた幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「ね、今日はお祭りだよ? せっかくだから楽しもう!」
言うが早いか、返事を返す間もなくアヤカは僕の手を引き校舎とは反対方向へ。気を取られていたからか、若干足を取られそうになった。
「森に行こう! 美味しいスイーツがあるらしいよ」
振り向きながら寮の裏を指さすアヤカ。その笑顔につられるように、顔の筋肉が少しだけ緩むのを感じた。
――暗殺者としては、不覚だ。




