ヘリア誕生祭 ① ただ一つの愛を求めよ
【R-SNSログ】
2053,9,24
天野ミナ(中等部2年・一般/スピリチュアルが好き)
@mina_pray
湖のほとりで手を合わせたら、風が光って見えた。
誰も信じてくれないけど、私には「泣いている声」が聞こえる。
アヤカさまは敵じゃない、妖精も敵じゃない。
でも #妖精は敵 タグを踏むと音が鳴る。SNSもコーラスも怖いな。
気分変えたくて、アウリスブリッジの絵を見に来たら、アヤカさまが友達のカレン先輩と初等部の子のお話してたの。アヤカさま絵を見ながら寂しそうだったけど、カレン先輩のかけた言葉かっこよかったな……先輩、もし見てたら返信でここにその言葉書いて頂けませんか?
返信
@ayaka_mint_cat
「憂いの国への道を開くのは正義ではなく構造。永遠の苦しみへ導くのは、愛でも知恵でもない。生まれた瞬間から皆敗北してる。そして憂いの国に入れるのは、罪を理解した者だけ。みんな同じで愚かだわ」だよ♪
@serizawakaren
アヤカ、勝手に書き込まないで頂戴。
@mina_pray
アヤカさま、ありがとうございます! カレン先輩、憂いの国ってなんですか
(2日後)
@serizawakaren
科学で言うと信仰の極限の領域をさすそうよ。個人的には、あまり好きじゃないわね。
*
2053,9,26 11:50
白い校舎を真っ赤な夕陽が赤く染めてる。
神話を想起させる荘厳な校舎は今の僕達には不気味に映ったけど、それでも「ヘリア誕生祭」の準備は粛々と行われた。
ルナグレインを結ったブーケを湖のほとりに。
校舎裏の森にはルナリアリーフで作った髪飾りを。
大きめの石を集めて、海底図書館に置いてきた。
アウリスブリッジの中心には、ルナグレインの穂でできた籠。その中には、猫のしっぽのようにくるりとした形のブラウニーがこんもりと山積みになってる。
【R-SNSログ】
@breadlover_33:料理班です! お祭りのブラウニーをアヤカさんと作ったんだ。2000個はさすがにキツかったけどね。 #ヘリア誕生祭 #猫のしっぽブラウニー
@cocoa_sun_12:アヤカさん、お料理苦手なんだね。ボール持ったまま転んでて可愛かった~♡ #かわいい
@use_gjikhgrf:人間ぽい! #アヤカさん
@camera_kid_05:ブラウニー食べるの12時ぴったりらしい。
@stream_milk:どんな味だろ? #月光果実入りってほんと?
*
僕がいるハーモニアレイクのほとりには2000人の生徒が集まり、それぞれが『猫のしっぽブラウニー』を手に持っている。
そして、ハーモニアレイク中心の祭壇では、アヤカとレオ君、そしてリーナ先輩がいる。
『皆さん』
リーナ先輩が皆にマイクで呼びかけた。
『マダム・ティムは言いました。彼女の故郷が飢餓に晒された時、奇跡の果実が現れ、飢えを満たしたと。異界の果実を使い、異界の習わし通りに作ったこのブラウニーを口にする……それはどんな未知の体験をもたらすでしょう』
皆がざわざわと騒ぎ出す。未知の体験?
『撮影の準備は良いですか? お菓子を食べたら、なるべくたくさんの映像をR-SNSに記録として残しましょう。そして……』
リーナ先輩の手がアヤカとレオ君に向けられた。
『今夜はレオ様とアヤカ様の結婚式が行われます。皆さんは、この歴史的な結婚式の記録者となるのです。では、お2人に挨拶をして頂きましょう』
レオ君がマイクを手に取った。
『お前ら、俺を不細工な顔で撮るんじゃねぇぞ』
ぶっきらぼうに言いながら、レオ君は後ろに下がる。次に、アヤカが前に出た。
『結婚式の後は、ルナフェリスの儀式。みんな……世界の狭間で、自由の為に、頑張ろう』
……?
何かがおかしい。アヤカはどうして、「自由の為」なんて言葉を使ったんだ? それに世界の狭間っていうのは……。
――ふと、革靴が芝を踏みしめる音が響いた。少しだけ視線を向ければ、僕より頭一つ分高身長の男が横に並ぶように立っている。
「如何ですか? 1年ぶりの夕陽は」
夕陽を背景に不気味に伸びる影に一瞬背筋がぞくりとした。
「芹沢さん、何か御用ですか?」
「随分可愛らしいブラウニーだ。澤谷アヤカにぴったりですね」
「話を逸らさないでください。リーナ先輩にあの演説を仕込んだのは、あなたですね?」
「おやおや、随分反抗的な態度をするようになったものだ……では話題を変えましょう」
愛用のステッキをタン、と叩きつける。濁った緑色の瞳が「機嫌良さそうに」猫型のブラウニーを見つめる。
「手にすることの出来ぬ愛ほど、人を導き狂わせるものはありません。今の君は、例えるなら地獄の門を探し彷徨う旅人でしょう」
しわの刻まれた口角が上がり、刺すような視線が向けられた。
「神の夢を覚ますのは人か……妖精か」
ワントーン下がった言葉に背筋がぞくりとする。神の夢……? いや、そんな事はどうだっていい。
「一つだけ言わせてください」
「聞きましょう」
「今の僕はあなたの駒じゃない……アヤカのボディガードです」
その時、芹沢さんの視線が少しだけ細められた気がした。
『さあ! 皆さん異界への通行証……ブラウニーを食べてください』
リーナ先輩の声が響き、生徒達は一斉にブラウニーをかじった。芹沢さんと僕も同時にかじる。
胚芽を含んだ全粒粉のような小麦は、さっくりと歯切れよく香ばしい。溶け込むように練り込まれた月光果実の爽やかな甘み。
そして目の前が光に包まれ――瞬きした一瞬、確かに見た。
「……門?」
夕陽の果てで門のように立つ光の裂け目を。
――そして光の先に映ったのは、いつも通りのハーモニア大学附属学院中庭。
いや……違う。
ざわ、という風音に精霊の光が舞い上がり、学院全体に花が咲いたように鮮やかな風景に変わった。空は朝でも夕でもなく、淡い光が世界樹の枝葉から天使の梯子のように校舎全体に注がれる。まるで天国のようで、さながら光に包まれた神聖な森だ。
そして、湖の底には大きな魚の影。いや――いや、あれは……
ばしゃ、と言う音と共に、皆が息を呑んだ。
「なんだよ……あれ」
誰かが呟く。人の体と、魚の足。あれは、人魚か……!?
湖面に舞い上がるしぶき音を合図に、空から星のような光が降り注ぐ。見上げれば光の奥の薄黄に染った空に星が輝き、巨大な花の形状を映し出している。
シャン……と言う音に視線を向ければ――湖畔を囲うようにルナグレインのがみるみる穂を実らせ、風に揺れるたび心地よい鈴の音を奏でていく。まるで幻想そのものの光の草原を、大きな白い牛を従えた一人の女性……いや、羽を持った女神が歩いていた。
彼女が手にしているのは、僕達が作ったルナグレインのブーケ。見た事もない花を長い髪に飾り付け、彼女が穂束を振る度に鈴の音のような音が響き、ハーモニアレイクを囲むルナグレインが喜ぶように左右に揺れた。
ゴォン……。
どこかで金属のような重低音が鳴る。そして、リーナ先輩が叫んだ。
『さあ、ヘリア誕生祭の始まりです』
*
──フィィ……と、自然美の妖精が起こす笛のような音が響き。
──シャン、と豊穣の妖精が持つルナグレインのブーケが音を立てた。
──ゴォン……と、芸術の妖精がつるはしを下ろす地鳴りのような金属音が響く。
【R-SNSログ】
(記録保持率28%:ヘリア誕生祭中継ログより)
【通知】@forestwalk_23に★が付与されました(記録対象・エルフ発見)
@forestwalk_23★: 森に来てみなよ! 金髪のエルフが笛吹いてる♪ #ヘリア誕生祭
@cam_photo_: 何人もいるぞ。やば、美人すぎる #ヘリア誕生祭
@tinycraft: こっちは小人みたいなドワーフ。つるはし持ってるサンタクロースっぽい笑
@myth_mania: 女神様がルナグレインの穂くれた!
@camera_dream: 光、やばい。レンズ越しに花が咲いたみたい。 #ヘリア誕生祭
リン──リン──……。
【 コーラス指数510 #ヘリア誕生祭 】
1時間が経過して、ログは生徒達の撮影した妖精の写真で溢れてる。
学院をまる一周しようとすれば、大人の足でおよそ1時間半かかる。写真を撮りながらすみずみまで探索するには、手分けして撮影するのがいいんだろう。
一方で、ひっかかるのがアヤカの「あの言葉」だ。
『自由の為に、頑張ろう』
アヤカはどうしてあんなことを言った?
ばしゃ
――足元で水音が聞こえて視線を落とす。湖面にぷかりと白い指先が伸び、水しぶきと共に人魚が顔を出す。
「どうも……」
子供の頃ユメが好きだった絵本に良く出てきた人魚の姿をしてる。少しだけ違うのは、水中を泳ぐ彼女には必要なさそうな「光の羽」が背中に生えている事だ。
雪のように白く澄んだ肌に、精霊の淡い青の光を体全体から静かに放つ。ほんのりピンクに染まった唇から歌うように紡がれるハミングが耳をくすぐり、アヤカがいつも吹かせている風の心地よさを思い出す。
真っ赤な珊瑚のような瞳が、じっと見つめてくる……目が、放せない。
――次の瞬間、人魚の手が僕の顔を掴んだ。
「……なッ……!! ごぼっ!!」
咄嗟の事に抵抗する間もなく僕の体は湖に引きずり込まれ、水が肺に入り込み視界が暗転した。
細腕からは想像できないほど強い力。ぞわりと危機感を察知し見上げれば、光を受けキラキラと輝く湖面が遠くに見えた。まずい……!! ナイフを取り出し彼女の首を刺そうとした、その時。
――アヤカ!?
それを制止するように、アヤカが僕の手をそっと掴んでいた。軽く微笑んだ彼女の瞳が人魚に向けられ、一瞬あたりの水温が僅かに上昇する。やがて赤い瞳を穏やかに細め去り、アヤカが軽く微笑んで手を振り、僕達は水面に戻った。
「ぷはっ……!! 今のは、なんだ?」
息を吸いこみ、呼吸を整える。普通の生徒だったら、抗えずに引きずり込まれていただろう。
「おい、リュウなにやってんだよ!?」
湖のほとりにいるのはレオ君、とカレン、そしてリーナ先輩だ。
人魚に湖に引きずり込まれて……と、正直に言うべきか? いや、アヤカはこの妖精達と「共鳴」の儀式「ルナフェリス」を起こそうとしている。こんな事、生徒達の耳に触れたら……
「足を滑らせました」
「はぁ!? お前俺のボディガードなんだから、しっかりしろよな」
「申し訳ありません。アヤカ、花嫁が風邪を引いたら大変だ。早く上がらないと」
アヤカは首を振った。
「約束、だよ。人魚姫を見に行くって」
「人魚姫?」
「レオ君、カレンちゃん、リーナ先輩。少しだけ湖の底を見てきたいの。すぐ戻るから……」
そういえば、アヤカは今朝人魚姫を見たいって言ってたっけ。けど……あの危険な人魚のいる水底にアヤカを連れて行くわけには……。
「お願い」
僕達の顔を交互に見ながら、水底で握る僕の手に少し力が込められた。アヤカ……どうしたんだ? まるで何かを「覚悟」してるみたいだ。
……やがて、レオ君の舌打ちが聞こえた。
「ルナフェリスといい、猫型のブラウニーといい、コイツ言い出すと聞かねぇからな、行くぞリーナ。カレン、俺の護衛はお前が務めろ」
いらだちをむき出しにしたまま去るレオ君の後を、リーナ先輩が後を追い、カレンだけが一瞬立ち止まり僕とアヤカを見つめた。
「憂いの国への道を開くのは正義ではなく構造よ。愛でも知恵でもないわ」
いきなり何だ? 構造は”仕組み”の事だろう。この学院のシステムの事か?
その言葉にアヤカが首を振った。
「違うよ、カレンちゃん。もう一つ……全てを理解した人も、でしょ」
「……私の言葉を引用しないで頂戴」
「ふふ、私、カレンちゃんのこの言葉好きだよ。だからリュウには知っててほしいの」
「ふう、本当にあなたは……あの男にそっくりだわ」
少しだけ眉間に皺をよせ、眼鏡を掛け直したカレンは何も言わずに去って行った。彼女の後姿を見送りながら、アヤカが小さく呟く。
「……ありがとう、カレンちゃん」
アヤカが言った”全ての理解”っていうのは……何だ?
カシャ、という音に視線を向ければスマロのホログラムを妖精やルナグレインに向け撮影する生徒達の姿。どうやら僕が人魚に引きずり込まれたのは、誰も気づいてないみたいだ。
「行こう、リュウ。少し深い所まで」
「君を危険な目に遭わせるわけには」
「あの子達なら大丈夫。さっき”会話”してわかってくれたから」
会話は人魚と視線を合わせた時のことだろう。
「わかった。でも危険だったらすぐに上がるよ。あと、耳抜きはできる?」
「うん!」
一体水の底に何があるって言うんだ……?
息を吸い、再び水の中にアヤカと共に潜る。すると、さっきは見えなかった幻想的な風景が視界に飛び込んできた。
*
水深10メートルのはずのハーモニアレイクは新海のように底が暗い。しかし水面は天蓋のように輝き水中全体を神聖な光で満たしてる。
僕とアヤカの横をさっきの人魚が通り過ぎ優雅に泳いでいく。背中の羽が色とりどりにキラキラ輝き、その姿は幻想的な海に咲く水中花あるいは美しい珊瑚のようにも見えた。そして、人魚は全部で7人。
水中に響く天使のハミングのような音は、彼女たちの歌声だろう。
アヤカに腕を引かれ、彼女の指さす先には……赤い光――いや……「赤い珊瑚」が、まるで大樹のように広がっている。
息が続かなくなって、一旦浮上した。
「ぷはっ……アヤカ、あれは」
「あれが人魚姫、だよ」
「……? 人魚姫? あの珊瑚の大樹が?」
「次はもっと近くに行ってみよう」
頷いたアヤカと共に、再度水中に潜る。およそ水深5メートルほど潜ったところで、珊瑚の頂部分に到達した。
精霊の光とは違う血潮のような赤。中心はドクン、ドクンと微かに脈打ち、ウミホタルのような光が青ではなく赤い光を放ちながら周囲を漂う。まるで命の鼓動みたいだ。
ふと、目に留まったのは珊瑚にひっかかっていた切れ端。深緑の……布? 初等部の制服の色に似てる。
考え込む僕の手を、アヤカが施すように珊瑚に向ける。触れって事か……。指が赤い光に触れた瞬間――頭の中に「何か」が流れてきた。
――浮かび上がってきたのは、絵画をする少年の姿。
「タクミくッ……ごぼっ」
水の中なのを忘れて、つい口を動かしてしまった。
中等部の美術室。オレンジ色に染まった空から夕陽が差し込み、絵筆がキャンパスを撫でる音だけが響く空間。間違いなく……タクミ君だ。描いてるのは、アヤカのあの絵だ。
『原初の愛は、ここから始まる。1人じゃ……愛は生まれない』
ブツブツと呟きながら、タクミ君は絵筆を動かし続けた。
『もしかしたら、僕は天国って言うニンジンをリュウ君とあの人に見せつけてるだけなのかな……どう思う? アヤカさん』
絵に、話しかけてるのか? もしかして1人で絵を描く時のタクミ君はこうだったのか?
『君が生まれた理由を彼が見失わないように。ゴッホのように狂気的に描くよ』
絵皿の絵具を絵筆に馴染ませ、持ち上げると……タクミ君の「輝くようなライトブルー」が美しく糸を引いた。
『心の内を曝け出す事は、どんな闇より深い恐怖なんだ』
彼の瞳は、ただの優しさではない、強い光が宿っているように見えた。
ぱき
……今の映像は……?
気付けば目の前の赤い珊瑚を、アヤカが一部折り、胸に抱いて俯いていた。泣いているのか? 今のタクミ君の言葉は一体……?
……そして。
ふと、唇に何かが触れると共に、彼女の細い金髪が目の前で優雅に揺れていた。
数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。
次回はちょっとログ多めの回になると思います。別の人視点になるかも? リュウ君達の続きは次々回予定です。一人称でも群像劇ぽくなるように工夫したつもりなのですが、ログ形式は文字数が異様に長くなりますね(^^;;
今回はイラスト多めでしたが、如何でしたでしょうか?
もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m




