調和の儀 前編 ―電子chorus【R-SNS】―
2053年1月・R-SNSログ
【今週累計 19,8MWh / 72MWh】
@energy班★: スマロゲームの発電量は順調です。全校生徒の皆さん、ご協力ありがとうございます。
@rich_salon: 今日停電しちゃったけど大丈夫かな?
@ordinary_09: スマロゲーム1日5回? めんどくさいな。
@yu-se01: 皆で少しずつやろう。アヤカさんに任せきりは不公平だからさ。
2053年4月・R-SNSログ
【今週累計 17.5MWh / 85MWh】
@energy班★: 発電量が足りません。学院運営に協力を。
@rich_kid: VRラウンジは止められないの? 富裕層がこの緊急事態に豪遊してるって、おかしいでしょ。みんなもっと節約しようよ。 #節約
@special_talent: でも冷蔵庫のアイスが溶けるのは嫌。
@ordinary_12: 妖精に選ばれてない俺らの発電って、カスみたいなもんだろ?
@hikari01: 結局、アヤカさんの検診が一番効率的なんだよね。データが証明してる。
2053年7月・R-SNSログ
【今週累計 19,8MWh / 92 MWh】
@energy班★: 明日午後は澤谷アヤカさんの検診を行います。彼女1人に任せず、みんなで自給自足の発電を頑張ろう!
@faith_group: 頑張るけど、必要電力量が毎月上がってるのはなんで?
@special改革派: 俺、サボってないぞ。冷蔵庫だけは使うけど。 #節約
@ordinary_25: 夏だもんね。僕もエアコンだけは使う、暑くて死んじゃうよ。 #節約
@aya_use: 皆で頑張っても無理だったら 特別な人 に頼るしかないでしょ。
アヤカがこのログを見ていないはずはなかった。もし、見ていなかったとしても、妖精の彼女に彼らの「本心」が見破れないはずがない。それでもアヤカはルナフェリスはきっと、起こる――そう言った。
アヤカに、どうしてそこまでして人を信じるのか、聞いたことがある。すると彼女はこう答えた。
「血っていうのかな。私達妖精は、人の感情に反応して精霊たちが発生させるエネルギーを集めてきた。人と一緒に生きてきた……そう、思ってるの。だから、私は人が大好き。信じたいの。だから、リュウ……お願い。私に何かあっても、見守ってほしいの。信じてほしいの」
――そして、今日
2053年9月4日・R-SNSログ
@runner_aki★: 朝ランしたらまた根が伸びてたw
@photo_mina: 写真あげとくー #浸食中
@joke_kou: いや浸食中って…… #緊張感どこ
@artlover_rui: 今朝も絵を見たよ。今日は授業に出られるかも #アウリスブリッジ
@healing_ren: ガチ癒やし!
@idol_fan★: あの絵の子ってレオ様とアヤカさんでしょ? #尊い
@khe=ss: みんなスマロゲームした? #スマロゲーム
【今週累計 19,8MWh / 92 MWh】
@ordinary_say: 今週も電力足りてないね。皆一生懸命発電してるのに。
@hisa84383: またアヤカさんに頼るしかないのかな? 検診の後、顔色悪いから心配…
@ordinary_say: でも電気ないと生活できないよ…
@sko01: 痛みは女神の証だよ。僕らは守られてるってこと。 #ネーファス
@silent特待: 本当に大丈夫なの? #アヤカさん
(この投稿は削除されました)
学生寮から校舎までは、歩いて5分ほど。
その途中、花壇に咲く色とりどりのパンジーの上を、蝶に似た羽を持つ光――自然美の妖精がふわりふわりと飛び回っている。
空に舞うのは、マザーAI・ハルモニア。いつもアヤカの部屋で子猫の姿をしてるのに……どうしてあの姿なんだ?
「あいつら、捕獲に失敗したのか……?」
ぽつりとレオ君が呟いた。捕獲? どう言う事だ?
「おい、あいつ誰だ?」
レオ君の取り巻きが指さしたのは、作業服を着た細身の男。
「昨日のトラックの男だろ?」
「ああ、物資を運びに来た……仕事とはいえ、こんな所に来るなんて大人は大変だよな」
長い薄茶の髪を一つに束ね、白人のような肌に分厚い眼鏡をかけている。ハーモニアレイクの上で淡い光を放つ妖精や精霊たちを興味深そうに見ている男は、力仕事を職にしているような体格には見えない。
――どこかで見たことのある後ろ姿だ。
彼は考察が終わったのか、足元の荷物を持ち上げようとした。その時……
「危ない!」
重さによろめいた体を咄嗟に受け止めた。分厚い眼鏡が落ち、男と視線が合う。
「……え!?」
――どうして彼が、ここにいるんだ?
「おいリュウ、何してんだ」
レオ君の声にはっとした僕に、男が小さく呟いた。
「職務、お疲れ様です」
そう言って指を口に当て軽く微笑む。「余計な事は言わないように」――そう、言われているようだった。
彼に会うのは4年ぶり。何故ここにいるのかはわからないけど、彼がそう言うなら、その通りにするべきだろう。何故なら……
――僕の「指導者」のような人だからだ。
【R-SNS】
ハーモニア大学附属学院の「学生専用のネットワークサービス」っていう名目で今年から導入された。
「おい、リュウもやれよ」
「……ノーエ、RーSNSの起動を」
『了解しました』
ホログラムが揺れ、ハーモニア大学附属学院を模倣したオープンワールドが表示される。画面の中心をぽよぽよ弾んでいるのは、猫耳がついたスライム型のゆるキャラ・すニャいむだ。
『オラァ!』
横から恐竜型のゆるキャラが出てきて、ノーエを蹴り飛ばした。ぽよぽよ弾むノーエを見て笑う取り巻き2人。
2053年9月4日・R-SNSログ
@gon_youeh: ははは、なっさけねぇ。
@sazi_ikehrj: お前のスマロ、本当に弱そうだよなー!
前は僕を直接蹴り飛ばしてきたんだけど、シャツを破かれた時に僕の上半身を見て真っ青になって以来、R-SNSで僕のアバターを蹴り飛ばす事が彼らの日課になった。
……ごめん、ノーエ。
とはいえ、あまりやりすぎるようなら僕だって黙ってるわけじゃない。少しだけにらみを利かすと、彼らの笑顔は途端に引きつる。彼らは「周囲に権力を誇示したいだけ」なんだけど、付き合うにも限度というものがある。
「おや、それは何ですか?」
男は眼鏡に手を添えながら興味深そうに画面を覗き込んできた。
「学生専用のネットワークサービスです」
「ふむ……これは政府への報告用の装置でもあるのでしょう?」
その質問に、取り巻きの2人が誇らしげに答えた。
「フェアリーヴィジョン現象の情報を送る事は、俺達に課せられた使命なんだ」
「俺達は「選ばれた子供」なんだってさ!」
踏ん反り帰り鼻をならす2人に男は小さく笑いを零す。
「では、この★は? 名前の横に表示されている生徒といない生徒がいるようですが」
「有益な情報をいち早く送った生徒や、コーラスを起こした生徒に送られる勲章みたいなもんさ!」
「コーラス?」
「これだよ」
取り巻きの1人が画面を男に見せた。
2053年9月4日・R-SNSログ
@gon_youeh: 今日もレオ様の話題で持ち切りっすね #レオ様
――「レオ様」の言葉にリン、と電子音が響き、画面に【コーラス指数503】の文字。
「たくさん使われてるハッシュタグで呟くと、コーラスが起動して音が鳴るんだ。俺たちは「共鳴」の力で電力を作らないといけないからな、その教育の一環だってさ」
「なるほど、コーラスとはバズりの事ですね」
「バズ?」
「ああ、僕が子供の頃は、このコーラスに似たものをバズりと言ったのですよ。流行のハッシュタグを呟くと、この電子音が鳴るんですね?」
――リン……――リン……。
妖精達の起こすナマル=イグは心を不思議と癒されているような感覚を覚えたけど、この電子音はどこか不気味な鐘のような音を画面内に響かせる。それを見ながら男が僕だけに聞こえる声で呟いた。
「これで政府は彼らを“監視”しているわけですか。生徒の中には、自分の私生活をそのまま発信してしまう者までいる。これはエコーチェンバー効果に近い現象です」
……少し焦ってるみたいだ。焦り出すと口調が論理的になる癖は、以前から変わってないみたいだな。
――RRR
僕の画面に「ダイレクトメッセージ」の表記。送信元はアヤカだ。
「おや、可愛いアバターがいますね」
我に返ったように咳ばらいをした男が、画面の中央を指さした。そこにいるのはミントグリーンの子猫と、ピンクの雛鳥。アヤカとカレンのアバターだ。
アウリスブリッジに視線を向ければ、アヤカが手を振る姿が見える。
……今は職務中だから、メッセージはあとで開こう。と、思った直後。
「アヤカからか?」
レオ君から直接話しかけられた。
「はい」
「命令だ、返信しろ」
……職務中に私的なメッセージを開け? どう言うことだ? 疑問はあったけど、ここは彼の言う通りにするべきだろうか。でも……
どうしてアヤカからって、わかったんだ……?
*
件名:猫のしっぽブラウニー
覚えてるかな? 昔一緒に作ったお菓子。
ヘリア誕生祭でみんなに振舞いたいの。お父さんとの思い出のお菓子だから……きっとみんな、喜んでくれると思うんだ。
でも、作り方を忘れちゃって……リュウは覚えてる?
*
「なんて言ってる?」
レオ君や取り巻きが画面を覗き込もうとしてくる。ホログラムを閉じると、3人から舌打ちが漏れた。
「申し訳ございません。例えレオ様でも、婚約者の方のプライベートに関わる事はお伝えできません」
「お前……俺に逆らう気か?」
空気がピリつき、取り巻きの2人が顔を合わせ、面白そうな顔をして僕とレオ君を見てる。僕が断罪されるのを期待してるんだろう。でも……
「情報の露呈はボディガードとしてあるまじき行為です。僕にはこれを厳守する義務があります」
レオ君と視線が重なり、互いに睨み合う。こんな理由で解雇するなら、すれば良い。その時は……。
――その時は、地獄の底まで追いかけて、お前を殺す。
「おい、見ろよ。政府からのメッセージだ」
取り巻きの声に、僕とレオ君は同時にホログラムを確認した。そこには……
【調和の儀の決行を許可する】
……調和の儀?
「レオ様!」
レオ君に声をかけたのは、数人の大人。とは言っても、彼らは数カ月前まではこの学院の高等部3年生だった。着ているのは卒業時に政府から支給されたダークトーンのスーツ。
彼らは、レオ君の身の回りを担当する「護衛班」だ。
「なんだ、リーナ」
「お話がございます」
護衛班の内の1人・リーナと呼ばれた女性は軽くレオ君に会釈した。
学院の教師は、この現象を知っていたかのように、シールドが張られる前に非難していた。残ったのは数名……その中には「芹沢ユウジ」「シオン・ヴァルガス」「イサム博士」も含まれる。
彼らは直接統治を行わず、卒業した先輩たちを「代理教師」という立場で、僕達の指導や学院内の自治を担当させた。
総勢260名の「代理教師」を纏めているのが、彼女・玲奈・フォン=エカテリーナ。皆は「リーナ先輩」って呼んでる。
スイス生まれの彼女は、祖国では財閥の令嬢だったらしい。肩まで届く淡い色の髪、赤みを帯びた瞳。その微笑みは気品を湛え。カレンと同じ知的なタイプだけど、クールで冷静な彼女とは違う、所作のひとつひとつに教養が滲むお嬢様と言った感じの人だ。
「やはり調和の儀は免れません。アヤカ様はルナフェリスに賭けたい気持ちが強いようですが、スマロゲームに寄る発電は電力不足が否めません」
「サボってる奴がいんのか?」
「いえ、皆は必死に発電に取り組んでいますが、残念ながら「赤字」が続いている状態です」
本来ならギリギリ持つはずの生活が常に赤字状態なのは、皆が夏の暑さに耐えきれず冷房器具を使いだしたことが原因だ。そして、それが始まりのように、皆家電品を徐々に使い始めた。
「そんなの前から聞いてる事だろ。わざわざ今話す事か!?」
自分の生活を指摘されたように思ったんだろう。苛立ったようなレオ君に対し、リーナ先輩は静かに膝を折り、気品を失わぬ笑みを向ける。
「フェアリーヴィジョン現象は、今や世界が注目しています。これを記録する事が出来るのは、現状この学院の2000人の生徒だけです。我々は、この世界的発見を伝えるという使命があります。生きなければいけないのです」
「調和の儀を強行しろってか?」
「結婚式まであと2週間。生徒達は我々と妖精の利害関係を知るべきだと思います。澤谷アヤカがいる限り、我々は救われるのだと」
「あー、わかったよ。やればいいんだろ」
……利害?
「おい、リュウ。そこで指くわえて見てろ」
そう吐き捨てると、レオはアウリスブリッジを踏み鳴らすように渡り始めた。中央ガーデンで待つアヤカのもとへ。背後には先輩生徒たち――いや、代理教師たちが続く。
――その流れの中で、ふとリーナ先輩と目が合った。
この瞳――あれは「獲物を狙う獣の瞳」だ。
嫌な予感に胸がざわつく。これから、何をしようとしている……? 隣にはさっきの作業着の男が立っていた。僕は周囲に聞こえないように男に言葉を返す。
「ナオキ、やっと落ち着いて話ができそうだ」
ふう、と息を吐いた男・ナオキは気難しそうな表情のまま。
「再開を喜びたいところですが……由々しくない事態ですね。政府はR-SNSの正式名称を君達に伝えていないのですか」
「うん。僕達に来るのは、さっきみたいな簡素なメッセージだけで、あとは代理教師の先輩たちが議論して決めてる。在校生徒はレオ君以外蚊帳の外だ」
「なるほど……」
ナオキの表情が険しい。科学者である彼がトラックの運転手になりすまして潜入してきた。これは何かを意味するのか?
彼は研究の時以外眼鏡をかけないし、ベーシックが主流となった今、それを敢えて身に付けるのは「眼鏡に何かしらの機能を持たせているカレンと同じなんだろう。
ナオキは引き続き考察してる。
「調和の儀と利害関係……ハルモニアと何か関係が……?」
「ハルモニア?」
「ここで言うハルモニアは集団は因果を意味します。君たちのSNSにも人は必ず“共通の物語”を必要とします。閉鎖空間においては、それが最も強烈に作用する。個人が抱える罪悪感を消すために祝祭という形に転換するのです」
「歴史は繰り返すって事か?」
「そうですね」
ナオキはアウリスブリッジを歩くレオ君へ視線を向けたまま、人差し指を立てた。
「SNSを見ればわかるでしょう。最初は不安だったものが、やがて“祈り”に変わり、最後には“合唱”になる。これは合理的選択ではなく、心理的自己防衛の帰結と言えます」
「それはR-SNSの、ここ1年の傾向の分析?」
「ええ、現に君たちの会話は公平から効率、必然から崇拝へ。その進化を僕はこの1年完、記録してきました」
「相変わらず用意周到だね」
「大人は根回しが得意なのですよ」
……以前と変わらず、彼の言葉は皮肉が効いてる。
「R-SNS――正式名称【Resonance-feed Smart Necklace Synchronizer】は、率直な意味としては集団心理を監視し、同調させる装置。コーラスの音は、祈りを強要する聖歌の最初の一音とも聞こえます。君達は、この正式名称を伝えられていなかったのでは?」
ナオキの言う通り、学院の生徒達は「SNS」から慣れ親しんだワードを想像して、深く追求することはなかった。
「じゃあ、調和の儀っていうのは?」
「その延長線上のものと考えるのが自然でしょう」
つまり、祈りの果てに出来たもの。
「それを歴史で例えると、何になるんだ……?」
僕の質問にナオキは少し考えるように顎に手を当てた。そして、少し低い声で答える。
「神の誕生……とでも、言いましょうか」
神――その言葉に一瞬男の方へ視線を向けた時。
「やめて!!」
アヤカの声が響き、登校中の生徒の視線は、彼女がいるアウリスブリッジへ。護衛班の先輩2人がアヤカを羽交い絞めに
してる。
「一体、何を――!!」
リーナ先輩がアヤカの前に差し出したのは……「白いリンドウの花」
雪のように透きとおり、花弁の奥に赤い影を宿したその花は、僕がアヤカの部屋に届けていたものと同じ――いや、それを「持ってきた」と思う方が自然だろう。
「まさか」
嫌な予感に、冷汗が滲む。
「ここで検診をする気か……!?」
――リン。
気付けばR-SNSはアヤカの話題で持ちきりになり、彼女の名前が上がる度に電子コーラスが響く。
その音は普段聞いているものよりずっと、嫌に耳に残るような気がした。




