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フェアリー ∞ キッド   作者: てぃえむ
5章 時の胎動 ―ハーモニアという新たな世界―
42/64

君は祈り、何を望みますか?

更新1日遅れて申し訳ございませんでしたm(_ _)m



 「虹」のような光を放ち、リボンを包む光が消えた。


 世界樹の根が胎内を這う臍の緒のように蠢き、中央部屋に絡まり脈打つように淡い光を放っていた。そこに拘束されたアヤカの前には一枚の絵。タクミ君が最後に描いたものだ。彼女は大粒の涙を零し、首を振っていた。


「おい、アヤカ。エネルギーが足りねぇらしいぞ。おかげで今日の昼間停電になって大変だったんだ」

「レオ君お願い、それを壊すのはやめて!!」


 小型のナイフをタクミ君の絵画に向けるレオ君。その様子を静観するイサム博士と澤谷さん。


 ――湖でレオ君がアヤカに見せた映像が気になる。あれが澤谷さんなら、あそこにいるのは誰なんだ?


 その部屋と、僕のいるガーデンスペースを繋ぐのは、橋の様な一本道。そこ立ちはだかるのは、地下研究所で僕を襲った男――シオンだ。


「どいてくれ」


 僕の声に応えたのはシオンではなく冷たい冷気だった。アヤカの感情に反応して吹く、精霊の風だ。レオ君はタクミ君の絵画を壊す気か? アヤカの為に残した最後の絵を。


「君は少し盲目的になっているようです」

「盲目的? タクミ君の絵画を壊す事に何の意味があるって言うんだ!?」

「とてもシンプルな事です。彼女の悲しみに反応した精霊のエネルギーは、世界をエネルギー危機から救う。それほどエネルギー枯渇は深刻という事です」


 そういえば、ハーモニアレイクでもこの男は同じことを言っていた。確か……


挿絵(By みてみん)


『あの世界樹が完全に可視化された時、再び終焉の夕陽が現れるでしょう。それを回避する為には、世界樹に足りなくなったエネルギーを補填する必要があります』


「精霊のエネルギーは悲しみや怒りだけじゃない、喜びや安らぎの感情でも発生させられるはずだ!」

「彼女の心を我々は数年にわたり「検診」してきました。その結果「失われた時」が最もエネルギー稼働が大きい事が確認されています」

「検診……」


 急に体がざわついた。

 アヤカが倒れたあの日、彼女はうわごとのように「燃やさないで」と呟いていた。そしてシオンに初めて会った時「タクミ君のスケッチブックを燃やしたのはシオンだ」と言っていた。

 ……全てがひとつに繋がった。彼女は「検診」のたびに、大切なものを奪われていたんだ。


「エネルギーテストも、君達の使用している【スマロ充電システム】に起用する事で、問題ない事が確認されています。彼女を泣かせない為に便利な通信機器を手放せと言われたら……手放す生徒は何人いるでしょうね?」


 シオンの背後で、絵画に手をかけるレオ君の姿が見えた。椅子に拘束されたアヤカが必死に叫んだ。


「レオ君、それは……その絵は……」

「こんなモンに、価値なんてねぇよ」

「やめろ!」


 僕の声に少しだけレオ君の動きが止まり、一瞬だけ視線が交差した。


 ――絶望。


 そう、表現するのが1番適切だと思った。レオ君、それは君の本心なのか? 

 躊躇してる暇はない、ナイフを取り出し一気に駆け出す。立ちはだかるシオンとの距離を詰め、拳を放った。


「……!」


 シオンの体が風のように揺れ、男性にしては驚くほど柔軟な動きで躱された。


「彼女は不用な者に選ばれました。それは学院生徒全体の意思です。君もその一つであることを忘れていませんか?」

「黙れ……!」


 後退したシオンのもとへ、ふわりと黒い光が舞い降りた。


「その光……」


 過去に僕を助けてくれた太陽の精霊に似た光だった。ひとつ、ふたつ……次々と増えていくそれは10を超え、やがてシオンの掌へと集まり一本の線を描く。


「待って! やめて!」


 シオンの背後でアヤカが震える声で懇願する。

 ナイフを振りかぶると、黒い光を掴んだシオンが右手を一振り――光は130センチ程の鍔のない黒い刀となった。



 ギイィィィ……ン



 ――なんだ、この刀……!?



 ナイフと黒い刀が衝突し、金属音とも似通らない奇妙な音が響く。


「澤谷アヤカは矢崎財閥の正式な所有物になる事が約束されました。解雇された一介のボディガードに、口を出す資格はありません」

「アヤカを物みたいに言うのはやめろ!」


 ギリギリと耳障りな音を立てて、刃の交差する音が響き渡る。ナイフから伝わる、想像できない程の力強さ。まずい、急がないといけないのに――そして次の瞬間。


「いやぁああああ!!!」


 アヤカの絶叫が空気を震わせ、凍てつくような冷気がガーデンスペースに霜を下ろした。

 レオ君のナイフは無慈悲にキャンバスを切り裂き、精霊たちがざわめき、淡い光が舞い上がり……その光に呼応するように世界樹の根が淡い光を放った。


「アヤカ!」


 気を取られた瞬間――シオンの刀が僕のナイフを弾き飛ばし、刃を喉元に突きつけられた。

 

 ――強い。


 首に僅かに触れた刃先から血が滴る。見た事のない武器に、彼の周囲を照らす黒い光……この光は……


「どうして精霊を……? お前は一体……何者なんだ……?」


 その時だった。

 ――コツ、コツ、と乾いた足音がガーデンスペースに響いた。





「武器を下げなさい、シオン」


 アヤカのすすり泣く声だけが響く中、ひとつの陰がガーデンスペースに伸びる。黒いスーツにヒビの入った十字架モチーフのステッキ。紳士のような佇まいをした男・芹沢ユウジ。

 シオンは刃を引いた。でも漆黒の瞳だけは僕に向けられたままだ。


「私はシオン・ヴァルガス。夜の精霊の力で世界樹を守る……それが私の使命です」


 僕にだけ聞こえるような声で言い残し、シオンは静かに一歩下がった。


「もし、彼が貴方の判断を誤らせるようであれば──再び、処理を執行いたします」


 芹沢さんに僅かに頭を垂れ、黒い刀を消すシオン。

 中央部屋ににいるレオ君は、アヤカと絵画を見ながら呆然としている。それを見た芹沢さんは、わざとらしくため息をついた。


「嫉妬を感じた時、人は没落を望むそうです。ああ、彼を責めているわけではございませんよ……人間という種に備わった、極めて自然な“自己破壊の本能”ですから。ですが……」



「この世で最も崇高なる宝──その所有権を得て、父親にも褒められたというのに……それでも彼の心は空っぽなのです。リュウ、何故かわかりますか?」


 「この世で最も崇高なる宝」が誰を指すのか……そんなの考えるまでもなかった。


「わかりません。それより「所有権」という言い方はおかしいです。アヤカは物じゃない……にんげ」

「我々にとっては「資源」でございます」


 ……「資源」?


「花と蜜蜂の関係に例えると、わかりやすいでしょう。人間の感情反応し精霊はエネルギーを発生させ、妖精はそれを集めて世界樹に還す。本来ならば複数の存在がいて成立する事ですが、彼女は全てを「ひとり」でこなせます」

「……」

「人間であり妖精でもある澤谷アヤカは、エネルギー枯渇を解決する“奇跡の資源”そのものなのです」


 シオンも不用な者アンケートの前に言っていた。「妖精をエネルギーとする是非が問われる」と。


「全校生徒は既に妖精を「資源」とする事に同意しております。抗ったのは君を含む数人の生徒のみでございました」

「あのアンケートはアヤカを「資源」とする事に同意する為のものって事ですか?」

「ええ、その通りです。そして彼女自身も矢崎レオの所有物となる事を君の前で認めたはずです」


 アヤカが所有物になる事を認めた? 考えられるのは、僕が解雇を言い渡された時の事だけど……


「まさか、レオ君との婚約は――」


 言葉にしたくなかった。でも芹沢さんの反応が全てを物語っている。


「解雇されていたら、君は学院の外で「処理」されていたでしょう。彼女は君の命を繋ぐために「資源」であることを受け入れたのです。おかげで我々の計画は順調だ──感謝しますよ、君の無知と無力さに」


 自責で息が詰まりそうだ。芹沢さんが機嫌がいい事を表すように、手に持ったステッキを床に叩きつけた。


「2年半ほど前でしたか。我々は澤谷ソウイチに要請しました。あなたの娘を我々に研究させていただけませんか? ……と。しかし、彼は断った。」


 2年半前……澤谷さんが学院に融資の相談を受けに出かけた日の事か?

 

「彼は、娘を守る唯一の方法は、自分が消えることだと考えた。美しい愛ではありましたが……我々もアヤカに精霊界に還られては困るのです。ですから彼に「交渉」をしました……長い時間をかけて、じっくりと」


 芹沢さんの「交渉」――その意味は考えなくてもわかった。

 教室で現れたタクミ君を思い出した。タクミ君の代わりに、彼に似た「何か」が学校に現れた事。もし、あの澤谷さんが同じ存在だとしたら……


「あんな姿になるまで痛めつけたって事ですか!? あれが本物の澤谷さんなら、いつもアヤカを迎えに来ていたあの人は……」

「君の想像通りです。彼は記憶を移植された哀れな『人形』でございます」


 地下研究所カイデスには化け物・レムが何十体もいた。ここの生徒の変貌した姿なら、タクミ君のように殺されてクローンと入れ替わった生徒は一体何人いるんだ……?


「アヤカをどうする気だ……!?」

「安心しなさい、殺しはしません。しばらくは、世界樹と学院にエネルギーを提供してもらいます」


 永久に搾取される、それは「永久に続く拷問」を意味する。だからアヤカは検診の記憶を毎回失っていたのか? 心が、壊れないように……?


「僕は、君が犠牲になって作られた世界を「平和」だと言ってたのか……?」


 今まで何を奪われてきたんだ?

 どれだけ悲しい想いをしてきた?


「どうして言わなかったんだ? 君が助けてほしいって言えば、僕は……!」


 アヤカはいつも僕に言っていた。ボディガードじゃなくて、普通の学生として暮らしてほしいって。アヤカが全てを知った上であれを言っていたなら……


「守られていたのは、僕の方じゃないか」


 胸の奥にふつふつと、熱いものがこみ上げてくる。


「物事は水面下で静かに進行するものです。気付いた時は全てを失っている……愚者とはそういう生き物でございます」


 あの日タクミ君の言っていた言葉が脳裏に蘇ってきた。


 『悪を憎むな。悪を憎むことは、悪を理解することを妨げる』って……僕の好きな画家の言葉なんだけど。人は自分のしたことが『悪』と思いながら生きてるわけじゃなくて、守りたかったものがあったのかもしれない。


「悪……」


 タクミ君を殺そうとした時、僕ははっきりと実感した。自分は「目的」の為に「感情を捨てて」任務をこなす――人殺しだと。

 人はそれを「悪」と言うだろう。もし悪に理由があるなら、僕ははっきりと、こう言うだろう。


「アヤカ1人を犠牲にした未来なんて、認めない……絶対に」


 それを聞いた芹沢さんの口角が僅かに上がった。


「ほう、では君に再度問いかけましょうか。「天才」は人間である故に不完全です。だから私は神に祈るのです、咎を背負う覚悟を得る為に」


 芹沢さんは、胸元で光る小さな十字架に少しだけ触れた。


「神ですら選択を誤る。ましてや人間に何ができるでしょう? 君は祈り、何を望みますか? 許しですか? 逃亡ですか? それとも」

「どれでもない」


 僕は言った。振り絞るように。


「世界が正しいなら、世界に逆らってやる」


 強く思い視線を送ると、芹沢さんが面白いと言わんばかりに、ステッキを強く床に叩きつけた。


「面白い! 今の君を例えるなら、神の戯れに抗う片翼の少年だ。ならば抗いなさい、あの天才少年のように。血を浴び、犠牲を払い……君の欲しいものは、その屍の上に存在するでしょう」



「傍観者である神が君をどう判断するか……楽しみです」







数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。

次回は金土日のどこかでアップします。(遅れません


挿絵(By みてみん)


もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m

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― 新着の感想 ―
悲しい……最後の最後までアヤカちゃんが精神的に追い詰められてしまっていく…… でも実行犯であるレオ君もある意味きつい。全ては芹沢氏の人間とは思えない程の合理的思考のための企み…… 元の文章を知ってい…
[一言] アヤカさんを抱きしめる澤谷パパの表情の優しいこと……。 もうこのままずっと妖精と人間のハートフルほのぼの育児シーン見ていたいけど、そうもいかないんだよなぁ……(どこぞの博士とスレンダーマンの…
2024/06/30 21:16 退会済み
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