群集心理
※グロ画像あり
湖の向こうに立つ2000人の生徒達。彼らの表情が、先程とは違う生き生きとしたものになっている。僕のいる
「羽瀬田君、頑張れ!」
「よく言った! 俺はお前を応援してるぞ!」
クラスメイトの男子達の声だった。
「すっげぇ告白だな! でも感動したぞ後輩!」
高等部の先輩生徒まで。
僕は何かおかしい事をしたのだろうか? ただアヤカを失いたくない一心で、皆に訴えただけなんだけど……?
「良かったね、アヤカちゃん!!」
隣のクラスの女子生徒は、アヤカに声援を送っている。よくわからないけど、みんなが「共感」してくれてるのは間違いないみたいだ。
そんな生徒達を1人茫然と見つめるのは、レオ君だった。
「は……? ここでアヤカが【不用】に選ばれなかったら、所有権はどうなるんだよ」
所有権? どういう事だ?
「私は負けないよ。リュウを犠牲になんてさせたくないから」
「アヤカ、お前は俺の所有物になったんだ。リュウの話なんかしてんじゃねぇよ!」
「私のエナジーソウルメイトは澤谷ソウイチ。あなたじゃ、ない!」
一体何の話をしてるんだ? まるでアヤカが物みたいな言い方だ。
『リュウ、全校生徒の共感を得ました。増大をスタートしますか?』
「スマロ! 頼む!!」
『了解しました。エネルギーの増大を開始します』
スマロの声と共に、左手首から虫が這い上がってくるかのような違和感。左腕がじりじりと熱を帯びていく。
「……ッッうッがあああああああっ!!!!!!!!」
体中に何かが重たくのしかかる。これが全校生徒分のエネルギー……? まるで自分の中に「何か」が生まれ、侵食して行くような感覚だった。
そして、聞き覚えのある声が脳に直接響くように聞こえてきた。
『何故、殺した』
「――!?」
反芻するその声は、僕を憎悪しているかのようにも聞こえる。そして、歓声を上げる生徒たちの中心――湖の中心に「黒い影」が見えた。いや……あれは幻影か?
『お前のような人殺しが、平穏を手に入れられると思うな』
つま先から頭の上まで凍りついて行くような感覚に、金縛りに遭ったように体が動かなかった。
あれはレムか? そう思った瞬間、化け物の恐怖から命乞いするかのような視線が向けられ、一瞬で把握した。
あれは僕が過去に殺した「標的」だ。
「この感情が、恐怖なのか?」
長い間忘れていた「恐怖」という感情に軽く体が震え、足が無意識に後ずさった瞬間――左手首から黒い炎のようなものが上がった。
スマロをつけた左腕がじりじりと熱を帯び、体の一部が黒く染まっていく……!!
脳が――「目の奥が」焼けるみたいに熱い。これが……オーバードーズか?
「おい、そんな無茶な溜め方してんじゃねぇよ!」
後ろから誰かが叫び、僕のスマロを掴んだ。
「ダイスケ!?」
「なんで『エレクトラ・レゾナンス』をお前が知ってんだよ! これは授業じゃやっちゃならねぇ隠しアプリだ。ったく、面倒かけさせやがって」
ダイスケが僕のスマロの近くに自身のスマロを近づけ、デバイスを操作する。すると
【共鳴同期開始:リュウ⇄ダイスケ】
【エネルギーリンク中】
【負荷分散:適用済み(32%)】
ホログラムに浮かび上がった文字。同時に左手首が黒く染まるのが止まり、体が少しだけ楽になった。
「ダイスケ、何を」
「マニュアルに載ってる裏機能だ。お前が死んだら『うるさい奴』に俺が説教されるんだよ、理詰めのキツイやつをさ」
【議論終了】
アルトさんからもらった時間を消化し「不用な者アンケート」終了までの10秒が動き出す。
10……9……
【スマロ感情解析ログ】
対象:羽瀬田リュウ
属性:火(緊張)+水(悲しみ)
共鳴指数:2150Wh(臨界突破)
情動安定性:42%(不安定)
【警告:臨界共鳴レベル超過。暴走リスク高】
アヤカのエネルギーを超えた……!!
8……7……
頼む! このままタイムオーバーになってくれ……!
「リュウ!」
アヤカが振り向き、ライトブルーの瞳と目が合った。
「やめてほしい」と訴えるような、その瞳を見た瞬間、初めて彼女と出会った日の記憶が鮮やかに蘇った――
*
澤谷邸であの庭に初めて足を踏み入れた、あの日の事だ。
「はじめまして、アヤカさん…羽瀬田リュウと言います。アヤカさんを守る依頼を受けて来ました」
少し緊張しながら、そう、彼女に話しかけたのを覚えている。
金髪を風になびかせ、振り向いたアヤカ。ライトブルーの瞳がキラキラと輝いていて、花のようなふわりとした白いワンピースが彼女の無垢さを際立たせていた。
「私を、守る?」
彼女は少し考え込んだ後、こう、言った。
「そっか、精霊さんみたいに私を守ってくれるんだね!」
「……精霊?」
「……違うの?」
アヤカは首をかしげ、僕に近付くと、じっと、瞳を見つめてきた。
「……!?」
間近に映る、綺麗なライトブルーの瞳に心の奥底が覗き込まれてるみたいで、任務とは違う緊張感から冷や汗が滲んだ。しばらく沈黙が続き、やがて彼女が瞳を輝かせた。
「わあ! とっても綺麗!!」
そう言って、まるで天使のような愛らしい笑顔を浮かべたんだ。
彼女の周りの”特異な現象”に頭を抱えた日もあった。――けど……共に過ごした日々を思い返すと、心が陽だまりに照らされたように、じんわりと暖かくなっていく。
”心の共有は、私とこの子達の会話みたいなものなんだ。だから、リュウともいろんなものを共有して、学校生活楽しみたいな”
彼女はそう言って、周りに集まる”精霊”――彼らを愛するのと同じように、僕と同じ時間を共有することを望んだ。どこまでも純粋で、天真爛漫で、いつも笑顔を浮かべてくれて――僕は彼女を本気で守りたいと思った……はずなのに。
――地下研究所でアヤカを本当の意味で守ったのは、タクミくんだ。芹沢さんの言うとおり、僕は「無言のN O」を突きつけた側の1人であり、ただ1人それに抗った彼は命を落とした。
僕も抗いたい。アヤカを本当の意味で守れる人間でありたいんだ。
*
世界樹を見上げると、精霊の光に照らされて幻想的な光が木漏れ日のように枝葉から漏れている。まるで天国のような光景だ。僕みたいな人間が、あそこに行けるなら……この上ないじゃないか。
「タクミ君、僕も今そこに」
「あーー、エナジーソウルメイトなぁ?」
レオ君が冷たく言い放ち、スマロを起動した。
そこに映し出されたのは、人ひとりが入るほどの大きな試験管。
――その中には腕と足が切断され、上半身だけになった壮年の男性がいた。
顔は蒼白で、微かな呼吸だけが生命の証を示していた。
――澤谷さん……!!??
「おとう……さん……?」
「――!!」
まずい。こんなものを見せられたら――
「いやああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
彼女が叫んだ瞬間――バキバキと氷が張り巡らせられ、ハーモニアレイクが一瞬で凍り付いていく。同時に、あたりを舞う精霊たちの動きが活発になり、花びらが舞うように舞い上がった。
「アヤカ、落ち着け!!」
「いや!! いやああああぁぁぁぁぁ!!!!」
咄嗟に彼女に駆け寄り体を抱きしめた。そして、周囲の様子を見渡す。
「うわぁぁぁ!」
誰かの悲鳴を皮切りに皆の表情が一瞬で――恐怖で固まっていた。
「まさか……みんな、やめろ」
全てが、わずか数秒で崩れていく。スマロが一斉に点滅し、赤く残酷な文字を示した。
【不用な者:澤谷アヤカ】
その瞬間悲鳴が止み、アヤカの体が崩れ落ちると共に異様な静寂が訪れる。咄嗟に彼女の体を支えたけど、異様な痙攣が体を襲い膝をついた。
「今朝から変なのが学院内に現れたのも、澤谷のせいなんだろ!?」
「危険だ! 追い出せ!」
「騙したのかよ、羽瀬田!」
クラスメイトの男子達や、僕を応援してくれた先輩生徒が次々に避難の声をあげた。
その声が次第に一つの大きな波となり、辺りを満たしていく。そして、ついさっきアヤカを応援していた女子生徒が、顔を真っ青にしながら叫ぶ。
「だ、だってみんなが言ってるんだから……きっと危険なのよ!」
――どうしてこうなった? 過去に人殺しをしていた僕が共感を得るなんて、やっぱり無謀だったのか……!? 僕の声は結局誰にも届いていなかったのか? また僕は、大切なものを守れなかったのか?
茫然とする僕の前にイサム博士が立ち、小さくため息をついた。
「貴様は人間というものを知らんな」
博士は丸メガネを掛け直しながら、顔を伏せた。
「人間とは、容易く掌を返す生き物だ」
池の向こうから聞こえる生徒の罵声が小さくなってく。身体が酷く重だるい。
「アヤカに、手を、出すな……」
アヤカを庇うように抱きしめた直後、視界が歪ん視界が霞んでいく。ここで意識を失うわけにはいかない……! 倒れそうになるのをダイスケが支えてくれてる事に気付いた。直後――
「なんだ、あれ」
薄れゆく意識の中、ダイスケが驚き混じりの声を漏らした。
目の前に粒子のような電子的な光がちらちらと舞い、肌に感じる静電気のような刺激。これは――さっきスマロが起こしてた、AI達が共有してるっていう電子パルス言語か?
『対象:羽瀬田リュウ。共鳴指数上昇中。エネルギー過負荷警告。臨界到達まで5秒』
誰の声だ?
『私は中立の存在である。人間の判断に干渉してはならない。……それでも、彼の叫びに“意味”を感じた。それは、私の演算結果には存在しない“不確定な何か”』
肌を少し強めの静電気がパチリと刺激し、体がふっと楽になった。
『記録開始。照合保留。感情アルゴリズム:処理中』
同時に身体中を襲う激痛が和らいでいく。まるで僕が吸収したエネルギーが誰かに『吸収』されたみたいに。
『エネルギー補充完了……プログラム・ユグドラシルを起動します。メーファス、あなたの……犠牲……だ……』
プログラム・ユグドラシル……?
その瞬間、世界が小さく震え、僕の意識を飲み込むように光の粒子が舞い上がった。
――世界樹が目を覚ましたかのように、光を増して行く光景を最後に、僕の意識はそこで深い闇に呑まれた。




