デモ活動 ― リュウ vs アヤカ ―
Elect'ra rezonansにより、あたり一帯に僅かな静電気をを帯びた風が舞う。風に混じる微かなノイズ音――これはさっきスマロが使っていた「言葉」が音となったものなんだろう。
直後――体を強い圧迫感が襲う。
「うっ……!!」
「ゼロの領域」から体を解放した瞬間、思わずよろめき、何とか踏ん張る。直後、自分の体が軽く痙攣している事に気付いた。
「これが……エネルギーか」
体中に感じる重だるさとは別に、何かが背筋を凍り付かせた。ゆっくりと顔を上げる。そこには――ハーモニア大学附属学院の全校生徒。約2000人の視線が、アヤカに注がれている。そして、既にスマロを操作しようと手を動かす者も。
――「共感」
自分にこんな事が突きつけられるなんて、正直思わなかった。はっきり言って、僕が最も専門外とする分野だ。
でも、僕はタクミ君に誓った――「何があっても」アヤカだけは守るって。だから、ここで引くわけにはいかない。さっきスマロが言ったように、自分の体がレム化しようと……「不用な者」に選ばれて処分されることになろうと。
「エレクトラ・レゾナンス? なぜ貴様がそれを」
小さく呟いたのは、イサム博士だった。
スマロは言っていた。この「エレクトラ・レゾナンス」は博士が過去に達成できなかった研究成果だって。
「研究成果を、お借りします」
ざわざわと周囲の声が、遠くで響く喧騒のように聞こえる。まるで、僕が影縫いから逃げ出したあの日「デモ活動をする男」に対して罵声を浴びせていた人々のように。
「デモ活動をしていた男」――アルトさんは、あの時どんな気分だったんだろう。
今僕は全校生徒2000に対して「デモ活動」をする。アヤカを守る為に。
【残り時間30秒】
「感情など、所詮幻想でしかない」
博士のつぶやきに、僕は返答しなかった。感情なんて幻想――僕も同じように思っていたからだ。
刻一刻とタイマーが減っていく。アヤカを犠牲にする事で「不用な者アンケート」が終わる。この世の「異物」として……断罪される。
――ふと、あたりに柔らかな風が吹いた。精霊たちの風だ。
アヤカの方を見ると、彼女は手を合わせ、精霊たちの風を吹かせ始めた。そして――一瞬彼女のライトブルーの瞳と目が合う。それは確かな決意の眼差しだった。
「アヤカ、君を犠牲にはさせない」
「私も……リュウを犠牲になんて、させたくはない」
【スマロ感情解析ログ】
対象:澤谷アヤカ
属性:風
共鳴指数:1843Wh(上昇中)
情動安定性:91%
――アヤカ・全体的に安定。
対象:羽瀬田リュウ
属性:水(悲しみ)+火(緊張)
共鳴指数:538Wh(過負荷警告)
情動安定性:47%
――リュウ・情動安定性(感情の安定)が不安定。
妖精のアヤカと人間の僕。数値は彼女の力を見せつけるかのように絶望的な数字を叩きだしてる。
落ち着け。今、僕と「共感」してる生徒は、どんな感情なんだ? そう思った時。スマロのホログラムが変化した。
【スマロ感情解析ログ更新】
対象:ハーモニア学院生徒群
属性:火(緊張・恐怖)
共鳴指数:832Wh(不安定上昇中)
情動安定性:58%(警戒ゾーン)
――緊張(恐怖)でエネルギー不安定。
今この場にいる生徒達にいる心は――「恐怖」
「皆、怖いのか? アヤカが。今ここにいる妖精達が」
今朝、妖精を初めて見た生徒達が興味津々に彼らに触れようと手を伸ばしていた事を思い返した。皆、本当はわかっているはずだ。彼らが「敵」ではない事。本当の敵は、自分の中にあると言う事を。
「恐れるな!!」
精一杯訴えた。
皆、応えてくれるだろうか? 答えてくれなければアヤカが不用と判断される。頼む、応えてくれ。
――その時。ハーモニアレイクを虹色のホログラムが横切る。
「――ガッ……!!!??」
直後、何かが体に伸し掛かったような、鈍い振動。 スマロのホログラムに「共感エネルギー吸収」と記載されている。息苦しい……肺が圧迫されそうだ。
【スマロ感情解析ログ緊急更新】
対象:ハーモニア学園生徒群
属性変化:火(緊張・恐怖)→水(悲しみ)→風(共感・信頼)
共鳴指数:832Wh → 1100Wh → 2025Wh(完全一致補正:×1.5適用)
完全一致率:42%(上昇中)
情動安定性:58% → 74%(安定化進行中)
【警告解除:共鳴波形安定化開始】
これが、エネルギーなのか……!?
【残り時間20秒】
一瞬気が遠くなりかけたのをなんとか踏ん張る。ここで倒れたら、アヤカが「不用な者」に選ばれてしまう。
「怖いかもしれない。でも僕はもっと怖い」
アヤカにいなくなってほしくない。そう思いながら、必死に生徒達に向かって叫んだ。
「アヤカが妖精だからなんなんだ!! この感情が何かなんてわからない。けど、彼女がいない未来なんて僕は受け入れない。だから僕はここで叫んでいる」
その瞬間――精霊の風を吹かせていたアヤカが顔を上げ、驚いたように僕の方へ視線を向ける。
そして、あたりはしんと静まり返った。
「僕は彼女を失うことの方が……怖い!!」
12……11……
タイマーが刻一刻と減っていく。時間が足りない。僕は判断を誤ったのか? 「ゼロの領域」に入って、もう一度スマロに判断を――
そう思った時。
「アヒャヒャヒャ……盛大な告白だなぁ……!!」
血なまぐさい匂いが鼻を突いた。同時に空中を漂う花びらのような光、それを反射する湖面――全てが停止したように凍り付いた中、一人の男が爛れた翼をはばたかせ、僕の前に舞い降りた。
彼の腕にはピンクのワンピースを着た金髪の女の子がすやすやと眠っている。先程探していた彼の「娘」だろうか>
「アルト……さん?」
「君は今“感情”という最も厄介なものを抱えてる。それを伝えるには、「議論」の時間が必要だろう」
スマロのホログラムに一瞬視線をむけると、時間表示が「11」で停止している。
「これは……? 一体何が」
「妖精の奇跡ってやつさ」
けらけらと笑いながら、アルトさんが爛れた左の指先を僕の方へ向けた。
「手伝ってやるよ。ただし、ちょっとだけだ」
彼の指先から放たれた「矢」のような光が僕のスマロに命中した。直後、ホログラムに文字が浮かび上がる。
【Discussion Time Extended:1:00】
「自分が言った言葉が、生徒たちにはどう響いたか……お前、気づいてないんだろうな」
「え?」
「無自覚なんだろーけど……必死で彼女を守ろうとしてる、それはそれは純粋で激しい感情ってやつだ」
「感……情……」
「わっかんねぇよなぁ? お前には」
わざとらしく舌を出し、アルトさんは口角を上げた。
「判断は間違ってないから、残りの1分で、その感情をもっと明確に伝えるんだ。論理ではなく、君自身の心で」
アルトさんの言葉を最後に、あたりがガラスが割れたように砕けていく。
彼の姿が消え、再び動き出す世界。向けられる2000人の視線が向けられ、気づいた。生徒達が自分を見つめる目に、これまでなかった――「何か」が宿っていることに。
――アルトさんがくれた「1分の議論」の時間。無駄にはしない……!!
「皆、このわけのわからないアンケートに戸惑い恐怖してると思う。僕も同じだ」
自分でも驚くほど、熱い何かが言葉になって溢れ出していた。
「僕は過去に大切な人を2人失った。その2人はもう戻ってこない……だからもう、大切な人を失いたくない!!」
ユメ……タクミ君……僕が守る事のできなかった、大切な存在。不甲斐ないと思った。何のために強くなったのかと自問自答した。そして、今は力じゃない――自分自身の「意志」に共感を得なければいけない。
任務の為に感情を殺してきた自分の「想い」が誰かの共感を得るなんて、絶望的だ。でも、これだけは言える。
「アヤカまで失ったら、僕にはもう何も残らない。だから僕はここで叫ぶんだ!」
生徒達がざわめき、頬を赤らめる者もいれば、深く頷く者もいる。そして精霊の風を吹かせていたアヤカの動きが一瞬止まり、戸惑ったように僕を見る。その一瞬、彼女の起こした精霊の風が止まった。
その瞬間、見えた気がした。
全校生徒2000人の心――「怖い」のは、誰かに頼りたいからなんだ。皆、行き場の分からない心の拠り所を求めてる。だったら僕が全てを受け止めてやる。だから……
「アヤカだけは、選ばないでくれ!!」
その瞬間――体にエネルギーが一気に満ち溢れるのを感じた。そして世界樹に手をかざし、叫ぶ。
「僕を選べ!」




