検診・未来を救う儀式
『特別授業を行います。生徒は高等部の中庭に集合してください』
校内アナウンスが流れた。特別授業って、一体なんだろう?
ふいに、体がざわついた。
アルトさんが飛んで行った、高等部校舎。そこには擬態するかのように、うっすらと大樹が映っている。大樹は妖精達と同じ淡い光を放ちながら、透けては映りを繰り返す。それに惹かれるように、中庭を飛び回っていた妖精達も高等部校舎の方へ飛んでいった。
「そういえば、さっきの妖精は何処に行ったんだ?」
あたりを見回すけど、さっきまで僕の頭上を飛んでいた掃除が好きな妖精の姿が消えていた。
「スマロ、もしかして君がさっきの妖精――なんてことは」
咄嗟に口から出た言葉だった。でも、沈黙するすニャいむを見て、一瞬背筋が凍り付く。
「まさか、本当にそうなのか?」
『はい、このデバイスをエナジーソウルメイトとして選んだ妖精が、デバイスとリュウを繋ぐ存在として姿を変えた――それが私です』
「アヤカが澤谷さんをエナジーソウルメイトに選んで娘として生きてるのと同じって事か。でも、そうだとしたら君のエナジーソウルメイトは僕なのか? それともスマロなのか?」
『半々といったところでしょうか』
――半々。
学生証兼通信機器スマロ――正式名称Smart HologramPassは、生徒の身分証明書だ。最新のAIシステムにより個人情報が強固に守られている。僕の個人情報がエナジーソウルメイトとして選ばれた……そう言う事だろうか?
「なんだか、不思議な気分だな」
この辺りは、あまり深く考えない方が良さそうだ。でもすニャいむが妖精って事は……宿主である僕や、このスマロに「奇跡」を与える事も出来るって事か?
そんな事を考えていると、まるで急かすかのように再度アナウンスが流れた。
『特別授業を行います。生徒は高等部の中庭に集合してください』
「とりあえず向かおう。今夜君の名前を考えようか。スマロやすニャいむじゃなくて、君だけの名前を」
『ありがとうございます、リュウ』
僕の言葉に「安心」したのか、すニャいむが嬉しそうに耳をぴくぴくと動かした。なんだろう? 以前よりも「人」に近い反応に感じる。
ホログラムを一旦閉じようとした時――
【獲得電量1550wh】
――今のスマロバトルで獲得した電力って事か? それにしてはやけに多いな。バグだろうか……?
僕はホログラムを閉じると高等部中へ足を運んだ。
高等部の校舎の正面には、湖とも言える大きな池――ハーモニアレイクが設置されている。
池を囲むようにに木々が植えられ、四季折々の風景を映すこの場所は、僕たちの国に残る数少ない「自然」と言われてる。学園創設者は「学びとは、水のように揺らぎ、やがて形を成すもの」と語り、池の設置を断固として譲らなかったらしい。
そんな神聖な池を横断するかのような、レンガ造りの一本道は「アウリス・ブリッジ」と呼ばれてる。中央には祭壇のようなガーデンスペース。この場所は時折結婚式にも使われる、人気の観光スポットでもあるんだ。
「おい、さっきのスマロバトル、アバターが勝手に変わったんだ。なんだったんだ?」
「俺もさっきからスマロが変なんだよ。勝手に喋り出したりして」
集まった生徒達に合流すると、僕と同じように妖精とスマロバトルをしたらしい生徒の会話が聞こえてくる。ホログラムを見せ合う様子から、妖精がスマロをエナジーソウルメイトとして選んだ生徒は僕以外にもいるみたいだ。
「おい、あれ見ろよ」
1人の生徒が指さした先にいるのは……
「アヤカ?」
検診に向かったはずのアヤカが、そこにいた。ガーデンまで歩いて行った彼女は、手を合わせて目を閉じた。直後――
――あたりを柔らかな風が包む。
アヤカと初めて会った時に、彼女が吹かせていた風だった。
心地良い風にゆられた花や木々が、歌を歌うようにぽんぽんと優しい旋律を奏でる。
金髪が風に乗って輝き、鮮やかな光の粒が彼女を取り囲む。次の瞬間――
ザアアッ
――風が再び鼓動のような音を奏で、池の周りの草花が一斉に揺れ出し――つぼみだった花が、美しく咲き出した。
「なんだよ、あれ!?」
生徒達の間から戸惑う声が漏れる。当然だ、こんなの急に見せられたら……アヤカが妖精である事が知られるどころじゃない。
――今朝から起きていた不可解な現象――「フェアリーヴィジョン現象」や「世界樹の可視化」が、彼女によるものだと誤解されかねない。
周囲の生徒達が困惑し、スマロで動画を撮り始める者も出てきた。今までアヤカは人前で精霊の自然現象を起すような事はしなかったのに、急にどうしたんだ?
「おい、リュウ!」
高圧的な声と共に、強引に肩を掴まれ振り向く。そこにはレオ君と……黒づくめの男・シオンが立っていた。
「レオ君、どうしてこの男と一緒に?」
「お前を正式にボディガードとして雇うまでの護衛だってさ。殺されないようにな」
馬鹿にしたように吐き捨て、レオ君はシオンと共に「アウリス・ブリッジ」に歩いていく。アヤカがいるガーデンへ行くみたいだ。嫌な予感がしながらも付いていく。
そして、ふと池に視線を向けた時。そこに映る「景色」に息を呑んだ。
「なんだ、これは!?」
本来映るべきは、湖に反射したハーモニア大学附属学院の校舎だ。しかし、そこに映っていたのは広い草原。その中心に聳え立つ大樹は、高等部に擬態するように映し出された大樹と同じもののように思えた。
「おい、リュウ。もたもたするなよ」
レオ君は、湖に映る風景に一切動揺してない。この現象の理由を知ってるのか……?
ガーデンに足を運ぶと、そこにはアヤカと澤谷さん、そして一人の科学者が立っていた。フェアリーヴィジョン現象が現れた時に、パンジーの花壇の前に立っていた科学者の男・イサム博士だ。
「澤谷さん、これは一体」
「リュウ、黙ってなさい……「検診」の邪魔をしては駄目だ」
「これが……検診!?」
澤谷さんの声が若干「震えて」いる。何かが始まろうとしてるのか……?
ピロン――
聞き覚えのある電子音が、あたりに響いた。自動的に起動した、スマロのホログラム。そこに表示されていたのは――
『不用な人間を一人選べ 3:00』
忘れもしない、タクミ君を犠牲にするきっかけとなった【不用な者アンケート】だ。
「シオン、どう言う事だ!?」
「これは“未来を救う儀式”です。君たち人間が選び、無視し続けてきた最後の選択肢。妖精を“電力”として使うか否か……その是非が、ここで問われます」
「……電力?」
「人類が自ら作り出した“負の感情”により、世界樹は崩壊しようとしています。その対処法として作られたのが、エーテルによるエネルギー開発システムでした。しかし、開発が少し遅かったようです。終焉の夕陽が現れ、もはや世界樹のエネルギー枯渇は深刻化しています」
――終焉の夕陽。
芹沢さんは、あれが「人間の終わりを告げるもの」だと言ってたけど……。
「あの世界樹が完全に可視化された時、再び終焉の夕陽が現れるでしょう。それを回避する為には、世界樹に足りなくなったエネルギーを補填する必要があります」
「そのエネルギーを、スマロゲームで作り出すって事か……?」
「ええ。しかし、それだけでは足りません。足りなくなったエネルギーを補填する為の、強いエネルギーが必要だ」
足りなくなったエネルギー……まさか。
「……アヤカを、犠牲にするって事か?」
タクミ君と同じように、アヤカを【不用な者】として選べ?
「選ぶのはあなた方です。最後の希望を、どう使うかを」
相変わらずの冷笑のまま、シオンがホログラムを指さす。時間表示の下には前回とは違い、名前の入力欄があった。ここに「不用な者」を入力しろと言う事らしい。
カウントが動き出し、あたりは緊張に包まれた。
――情況は、最悪だった。




