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フェアリー ∞ キッド   作者: てぃえむ
4章 『ネーファス』――この世で最も価値のあるもの。
35/63

デモ活動をしていた男


挿絵(By みてみん)



「Auris elyr, Valgas anima. Fel nostel, estra liss arda.……か」


 木々の広がる中庭の奥の陰に座っていた、一人の男。吐く息は血の匂いが混じっていたけど、その声はどこか悲し気に聞こえた。


「これは200年程前に1人の科学者が妖精と人間を繋ぐ言葉として残した……古い妖精の言葉だ」


 金色の髪に、オパールのような神秘的な光を放つ青く大きな瞳。とんがった耳に、大きく裂けた口からは鋭利な牙が覗いている。獣のような爪を持つ左腕は足先までの大きさまで膨張し、所々肉が剥き出しになったような赤い肌が覗く。その風貌は、中庭を飛び回る妖精とは全く違う、おぞましい姿に映った。


「あなたは誰ですか?」

「ん? 教えてやろうか?」


 僕の眉がひとつに寄るのに気づいたのだろうか? それを楽しむように、男は皮肉っぽく舌を出して笑った。


「なーんてね、知りたかったら考えろよバーカ」


 人気のない中庭の隅に、軽快な笑い声が響く。


「あ、俺の事嫌いになった? 嫌いになったろ?? 君の事は何でも知ってるよ」

「ごめん、僕忙しいから」


 冷やかしに耐えられえず、その場を去ろうとすると、男の声が急にワントーン下がった。


「君は俺がデモ活動をしていた時に遠くから見ていたね。会えるのを楽しみにしてたのに、忘れるなんて……ひっでぇな」


 デモ活動? 一体何の事だろう? そう思った時――


『――みんな目を覚ませ!! これが俺たちの世界の50年後の姿だ』


「あの時の……?」


 影縫いから逃亡する時、繁華街の一角で一人でも活動をする若い男がいた。顔はよく見ていなかったけど……こんな顔をしていたのか?


「もしそうなら、何故こんなところに? あなたは妖精ですか?」

「ああ、妖精か……そういうことにしておこうか」


 くっくっく、と笑いを漏らす男。気が付けば、男の周囲を淡い光が照らしている。あの光は――


「太陽の精霊……?」

「――うむ。その通りだ」


 急に声色が変わり、思わず視線を向ける。すると、男は「フッ」と小さく息を吐き、自信に酔うように髪をかきあげた。


 ――あれ?


 男の変わりように圧倒される。その一瞬、額にかすかに傷跡が見えた気がした。

 妙な胸騒ぎを覚えるけれど、深く考える余裕はない。周囲を照らしていた太陽の精霊の光は消え、今度は柔らかな風があたりに吹いている。これは……風の精霊か? いや、それよりこの変わりようは何なんだ?


「ハーモニア大学附属学院に世界樹の力が滲み出た……いわゆる「フェアリーヴィジョン現象」により、昼寝中の俺は気付いたらここに飛ばされていたのだ。おかげで娘とはぐれてしまった。早く戻ってやらねばならない」

「戻る? どうやって」


 内心で突っ込む気持ちを抑えながら質問すると、男の指先が中庭の向こうに向けられた。その先には高等部の校舎。その上空にうっすらと映るのは――


 ――見た事もない「大樹」だ。


「なんだ!? あれは!?」


 その巨大な樹木は半透明の葉を茂らせ、幹は空を掴むかの如く広く広がる。枝葉の一枚一枚が淡い金色に輝き、星空のように揺れ動いていた。


「フェアリーヴィジョン現象と同じように「世界樹」のエネルギーが可視化されたという事だ。この場所はこの世界で最も「エーテルの影響が強い場所」だからな」


 視界が歪むような感覚に襲われ、周囲の空気が急に、重く冷たくなった。まるで世界が息を止めているかのように。


 ――あまりにもいろんな事が一気に起こり過ぎだ。いったいこの学園に何が起こってる……?


 でも、そんな緊張感も男が再び上げた笑い声で無残にも崩れ去る。


「で!? さっきの共鳴風の意味、マジでわかんねぇの!? そんぐらいわかれよバーカ」


 僕は思わず肩を落とした。これを聞いたのがダイスケだったら、恐らくカレンの時のようにはっきり物申してただろう。聞いたのが、影縫い時代から悪態を受け流す事が日常的だった僕で良かった。そう、心の底から思った。


「わかりません。知っているなら教えてくれませんか?」


 男の態度に何も感じないわけではないけど、正直突っ込む気にもなれなかった。そんな僕の態度に男はつまらなそうに、ため息を吐く。どうやら彼は今の状況を楽しんでいたらしい。


 ……正直、性格がいいとは言えない人間(妖精?)みたいだ。


「妖精には言語がない、代わりにエネルギーの摩擦による自然現象が彼らの会話の手段なんだよ。それを言語化した科学者の文献によると――ヴァは私。ガスは人。ここまで言えばわかるだろ?」

「……?」


 わからない。そんな僕の様子を見て、男の口角が僅かに上がる。


「なるほど、あの時のあいつはこんな気分だったのか。なかなか興味深い」

「えっと、何が?」

「こっちの話だ、君が気にする事じゃない。それより……」


 男が僕の頭上を指さした。視線を向けると頭の上を掃除の好きな妖精が飛び回ってる。


「その妖精、君に何か言いたい事があるみたいだな」


 妖精は何かを訴えるように僕の前でくるくると飛び回り、小さな光を発生させている。


「さっき言っていた、エネルギーの摩擦による自然現象。それがこれですか?」

「そうだ、妖精はこれを共有する事で意思疎通をする。妖精は人間と心を通わせるのが大好きなんだよ」

「どう、理解したらいいんだ?」

「妖精の心の動きはエネルギーの動きそのものだ。君はエーテルの動きを知るものを何か持ってないのか?」


 エーテルの動き――そういえば【スマロ・バトル】は相手の感情を検知する力があったな。

 妖精相手に使えるだろうか? アプリを起動して、ホログラムを妖精に向ける。すると嬉しそうに周囲の光を少しだけ強めた。


「それは妖精と同じ、エネルギーの摩擦が人間にも出来るように開発されたものだな。いい判断だ、妖精の感情をそれで「言い当てる」事が出来るかな?」

「これは感情と属性で対戦するゲームなんだけど……」

「ここに説明書きがあるぞ?」


 男が指さす先には、ホログラムの下の方に小さく 【 特殊カード・相手と感情が完全一致で獲得電力1、5倍 】 とあった。そういえばダイスケが次の授業でやるって言ってたっけ。


 ――つまり「あいこ」にすればいいって事だ。


「難しいな。妖精の気持ちがわかっても、僕の気持ちが違っていたら成立しないって事だ」

「人間と妖精なんだ。気持ちの共有何て、本来そう簡単にはいかないだろう」

「感情を間違えたら……どうなるんだ?」

「心を理解してくれない人間だったら、妖精はすぐに離れるだろうな」


 ホログラムの中に表示された、エーテルバトルの属性ボタンを見つめる。四つの感情――火、水、地、風。妖精はまだ小さな羽を懸命にはばたかせながら、光の粒子を不安げにちらちらと散らしている。


 ――落ち着け。


「大丈夫……君の心を、教えてほしい」


 妖精が再び揺れ動き、微かな旋律のような音が耳をくすぐる。

 僕の黒髪を揺らすのは、アヤカと初めて会った時と同じ心地の良い風。太陽の精霊が呼び寄せるまま歩いた先で、たくさんの花を一斉に咲かせた、あの風だ。


「君はあの時のアヤカに似てるな」


 初めて会った時のアヤカの姿を思い出した時、ふと心が軽くなる感覚がした。そのまま『風』の属性ボタンをタップする。

 瞬間――妖精は全身に鮮烈な輝きを放ち、まぶしい光の粒子が辺りに広がった。風が強まり、体中の感覚が震えるようなエネルギーの波動が伝わる。


『――こんにちは、リュウ』


 その瞬間、息が詰まった。



挿絵(By みてみん)



「すニャいむ……?」


 忘れようもない、その懐かしい声に僕は胸の奥が熱くなるのを感じていた。そこには先日消されたはずの「すニャいむ」の姿が映し出されていた。


『私の復活を願ってくれてありがとうございます』


 すニャいむが嬉しそうに、ぽよぽよと体を弾ませる。


「こんな事があるのか? だって――」

『リュウ、あなたは私がいなくなった事を悲しんでくれましたね。それを感じ取った妖精が、データを含めて私を復活させてくれたのです』


 ……復活。思わずホログラムに手を伸ばすと、すニャいむが嬉しそうに耳をぴくぴくと動かす。


『リュウ、あなたはいつもアヤカを守るために一生懸命でした』


 聞き覚えのある言葉だ。これは……


『15歳の思春期の少年だと言うのに、就寝時間は21時。起床時間は朝4時半。生徒達が起きる前にトレーニングを済ませ、学院内の見回りとアヤカのサポート。見事なまでに徹底されたあなたの生活リズムは、まさにアヤカの為にあると言ってもいい』


 あの地下研究所で、すニャいむが僕に言った「彼の中に累積したデータ」だ。


「……僕の私生活を、人前で晒さないでくれるかな」


 胸が熱くなる感覚を覚えた。間違いない……彼は、2年半学校生活を共にしたパートナーだ。


「君が戻ってきてくれて、嬉しいよ」

『私もリュウに会えて、嬉しいです』


 嬉しそうに、体をぽよぽよと弾ませるすニャいむ。そして、話を黙って見ていた男の顔が少しだけ穏やかになった。まるで僕とスマロの交流を「喜んで」いるかのように。


「今度こそ、そいつの事大事にしろよ」

「今度こそ?」

「いや、こっちの話だ。気分は晴れたか?」

「はい、いろいろとありがとうございます」

「そりゃあ、よかった」


 妖精の男は、爛れた羽をはばたかせながら飛び立ち、高等部の方へと飛んでいく。


「俺は少し疲れた。精霊界から君たちの事を見守らせてもらうよ。リュウ……君とはまた会う事になるだろうな」

「ありがとうございます。あなたの名前は」

「名前……か。そうだな、アルトとでも呼んでくれるか?」

「アルトさん、ありがとう」


 アルトと名乗った男は、少しだけ口角を上げ、そのまま高等部の方へと飛んで行った。


「……あれ」


 ――背中に、見覚えのある傷が見えた気がした。


 なぜだろう、自分の背中が疼くような錯覚を覚える。


「まさか……」


 口にしかけた言葉を飲み込み、僕は静かにその姿を見送った。







数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。

次回はまた来週の金土日のどこかでアップします。次はアヤカの○○が明らかになります。


挿絵(By みてみん)


もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m



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― 新着の感想 ―
お話読みました! 今回はアルトの登場回! そして彼が一体何者なのか。リュウくんが感じ取った何かが手掛かりになりそうですね。 (なんだか重たい雰囲気も感じますが……) しかし何がともあれすみゃいむが復…
[良い点] アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!! アヤカちゃんからの渾身の告白!! リュウ君! そこは素直に気分の気持ちをさらけ出して!! って言いたいところだけど、こんな状況じゃあ、彼の行…
[良い点] アヤカと過ごすことで、リュウが徐々に人間らしい心を取り戻していく流れが素敵ですね( ´ω` ) この後に待つ展開は怖いですけど……:( ;´꒳`;):
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