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フェアリー ∞ キッド   作者: てぃえむ
4章 『ネーファス』――この世で最も価値のあるもの。
33/63

スマロ・ゲーム【エーテルバトル】



 ダイスケが指先で電子ボードに触れると、教室の前面に設置された量子ディスプレイが柔らかな光を放ちながら起動した。

 大きな窓のように立体ホログラムが浮かび上がる。そこには『スマロ・ゲーム【エーテルバトル】』という文字と、その概要が表示されている。同時に生徒ひとりひとりの前に24インチ程のホログラムが映し出され、そこにもダイスケのホログラムと同じ概要が記載されている。

 教師の情報を皆が目の前で共有――これがハーモニア大学附属学院の授業スタイルだ。


「概要を書くから、その間に『エーテルバトル』ってアプリを確認してくれ」


 指先を動かしながらダイスケがスマロを指さし、皆スマロを一斉に起動する。すると――


「あれ、猫ちゃんが……」


 アヤカが驚いたように声を上げた。

 そこに現れるはずだった、ミントグリーンの淡い毛色の子猫――アヤカのAI。でも、そこに表示されているのは初期設定の無機質な人型シルエットのみ。それは僕のホログラムも同じだった。


「リュウの子も、いなくなっちゃってるね。不具合かな?」


 空気がひやりと冷えた。アヤカが「悲しんで」いる事に、精霊たちが反応して吹かせる冷たい風だ。


「元通りのアバターにしてあげようか?」


 アヤカは首を振った。

 そうだよな、姿を変えればいいってものじゃない……彼女があの子猫を可愛がっていたのは毎日見ていたし、僕自身も「すニャいむ」と過ごした2年半を「ただのAIとのやり取り」とは認識してない。

 彼らは入学してから2年半、僕達を支えてくれたパートナー。そして……命の恩人だ。


「起動できたかー?」


 ダイスケの声に、僕とアヤカは急いでアプリ『スマロバトル』を立ち上げて量子ディスプレイに記載されてる概要とアプリ画面を交互に確認した。


挿絵(By みてみん)


**【エーテルバトル・ルール】**


●ゲームの流れ

 ①1分間の議論(discussion)

 ②4つの属性から1つを選び、相手と勝負。

 ③勝った方がエネルギーを獲得


●属性について

 ①4種類の属性と感情

 ・火=緊張

 ・水=悲しみ

 ・地=冷静

 ・風=リラックス


 ②相互関係(火<水<地<風<火)

 ・火(緊張)は水(悲しみ)に負ける

 ・水(悲しみ)は地(冷静)に負ける

 ・地(冷静)は風 (リラックス)に負ける

 ・風 (リラックス)は火(緊張)に負ける


●勝者が得るもの(1点=10Wh)

『感情と一致する属性で勝利=30点』

『感情と違う属性で相手を騙して勝利=20点』

『偶然の勝利=10点』


 ④特殊カード(※これに関しては次回の授業で説明するからな!)


 ****


 ※自分の現在の感情と一致するカードを選ぶと高得点。

 ※感情と属性が相違していた場合は自動的に感情が優先される。


 ****



「スマロ・ゲーム【エーテルバトル】の目的は、未来のエネルギー開発だ。感情をコントロールしてゲームをプレイする事で、学園の電力すら賄えるエネルギーを作り出す。その為に、①感情コントロール、②自己管理と社会適応を鍛える。これがゲームの概要だ」


 ゲームでエネルギー開発。生徒達の間には当然のようにどよめきが広がった。


「説明より実際やってみた方が早いから、隣同士でやってみてくれ。まずは1分間の議論からな!」


 【Discussion 1:00】


 属性の上に表示されている数字が0になるまで議論するって事なんだと思う。すると再び別の生徒が手を上げた。


「これ、何を議論するんだ?」

「簡単に言うと、相手がどんなカードを出そうとしてるか。相手がどんな感情を持っているかの探り合いだ。議論タイムで相手に自分の心を読まれないように気を付けろよ。ま、とりあえずやってみろって」


 百聞は一見に如かず。これがエネルギー開発にどう関係してるのかわからないけど……


「アヤカ、やってみようか」

「うん。お手柔らかにお願いします」


 【Discussion 0:45】カウントが刻々と減っていく。


「相手がどんな札を選ぶか探り合う……か」

「ちょっと、ドキドキするね。自分の気持ちと同じカードかぁ」


 アヤカが緊張した様子で、どの属性をタップするか選んでる。この『ドキドキ』は緊張――『火』に分類されるんだろう。


「アヤカ、緊張してる時は火を選ぶんだよ」

「う、うん。リュウは? どんな気持ち?」

「僕は……」


 とりあえず緊張はしてないから『火』ではない事はわかるけど……。


 ――つまり今の僕は「リラックス」してるのか……?


「リラックスしてるから、風かな?」

「そうなの? 『風』だと『火』の私にリュウが負けちゃうよ?」


 首を傾げるアヤカ。「妖精」であるアヤカには、人の気持ちを精霊を通して感じる事ができる。もしかしたら、彼女には僕の感情が「リラックス」以外の何かに見えてるのだろうか?


「とりあえず、やってみようか」


 僕は風のカードを選んだ。すると――

 

【 **リュウの勝利**  獲得エネルギー:10点  (100Wh獲得) 】


「え……?」


 100Wh(0.1kWh)――どれくらいかっていうと、この教室に設置されてる最新式の有機EL照明(OLED照明)を、1時間つけられる程度の電力だ。最新の高効率ソーラーパネルを使っても数分かかるエネルギーを、こんな小さな機械で、たった数分のゲームをするだけで?


「このゲーム、単なる対戦が目的じゃないぞ。重要なのは自分の感情をコントロールして、安定したエネルギーを生み出すことだ」


 ダイスケが皆に念押しするように言った。勝ち負けよりエネルギー生成する事が重要って事か。

 ……いや、それよりも今の結果は一体どういう事だ? 


【 アヤカ:火:緊張(火) ・ リュウ:風を選択→実際の感情は『水(悲しみ)』の為、水が適用 】


 ホログラムに勝敗の理由が映し出された。僕は自分の感情を「リラックス(風)」だと思ったけど、スマロが読み取った実際の感情は「悲しみ(水)」だった。だから自動でカードが切り替わって勝ったらしい。


 改めて、ダイスケが書き出した説明書きを読み返した。


『感情と一致する属性で勝利=30点』

『感情と違う属性で相手を騙して勝利=20点』

『偶然の勝利=10点』


 そうか、僕は意図せず『偶然の勝利』をしたけど、もし『相手を騙す意志』があったら戦略性を評価されて高得点が得られたって事か。ゲームを通して感情コントロールや社会勉強の一環にもなりそうだ。


 ――ところで……。


「アヤカ、僕の感情に気付いてた?」


 僕の質問に、アヤカは少し気まずそうに頷いた。


「リュウはあの子の事、すごく大切にしてたんだね?」

「スマロの事?」

「ホログラムを見た瞬間、リュウの心が泣いてるって精霊たちが教えてくれたの」


 僕の心の一部が麻痺したように動かないのは、過去の訓練のせいだ。僕だけじゃない、カレンや他の子供達も一緒だ。こんな僕でも……スマロやタクミ君の事を「悲しむ」事ができるんだな。


「ね、このゲームじゃんけんみたいで面白いね?」


 子猫が消えてアヤカも寂しいはずなのに、彼女はいつも通りの笑顔を浮かべてる。寂しいって言ってくれたら何だってしてあげられるのに、こういう時励まされるのは、いつも僕の方なんだ。


「うん。でも、これで発電が出来るものなのか?」

「できてるみたいだよ?」


 アヤカが天井を指さす。そこには何も見えないけど、多分彼女が指さしているのは空気中に存在する「精霊」達なんだろう。


「勝った喜び、負けた悔しさ……ゲームで私たちが感じるいろんな感情に、精霊たちが喜んだり泣いたりしてる」

「精霊のエネルギーを使った発電システムって事か」

「うん。私たち妖精と同じ事ができるシステムみたい。エネルギーはこの中に集まってるね」


 アヤカが指さしたのは、スマロの液晶画面。


 ――つまり、妖精と同じように人間が精霊を動かすのをゲーム化したのが【スマロ・ゲーム】……?


 ……そんな事して人体に問題はないのか?





 各々の実習時間になり、ダイスケが席に戻ってきた。


「リュウ、どうだ? エーテルバトルは」

「これ、安全なものなのか? 感情の識別は脈拍や体温で?」

「って、聞いてるけどな? 俺も1カ月テストしたけど人体には影響なかったから安心しろよ。生成したエネルギーは毎月学園の充電システムで回収してるから、納品も忘れるなよ」


 識別が脈拍や体温なら、問題ない……はずだ。タクミ君が化け物に変貌した事がちらついて、神経質になりすぎてたかもしれない。

 その時、ダイスケが耳打ちしてきた。


「このスマロ・ゲームが実装されてるのは、世界中で、この学園内だけだ」

「え!?」

「俺みたいな使い捨ての生徒をサポート教師なんて名目で雇うのも、きな臭せぇ。このゲーム、学園の電力だけじゃなくて世界のエネルギー供給を変える可能性があるらしいぜ。妙だろ?  おかげで俺はこの学園に潜入できたんだけどな」


 確かに、妙だ。この学園内だけで実装されるエネルギーシステム。しかも「人間が妖精と同じように精霊を動かすシステム」だなんて。


「さて、カレン。俺たちもやろうぜ?」


 怪訝そうな視線を向けられている事を一切気にする様子もなく、ダイスケはにこにことしながら隣の席のカレンにエーテルバトルを申し込んだ。


「リュウと何の話をしてたのかしら?」

「カレンって美人だよなーって、話してたんだよ」

「また、そう言ってはぐらかすのね?」

「嘘じゃねぇぞ。な? リュウ」

「う、うん……」


 適当に話を合わせた瞬間、隣のアヤカから視線を感じた。彼女の方を見ると、不機嫌そうに頬を膨らませている。何か……良くない事を言ってしまったのだろうか?


 こうしてダイスケの1回目の授業【スマロ・ゲーム】は無事終了した。


 ゲーム感覚で発電ができる――そんな未来のエネルギーシステムに、生徒たちはすぐに夢中になった。でも、この【スマロバトル】が起こす波乱が少しずつ近づいている事に、この時の僕達はまだ気づいていなかった。





数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。次回はほのぼの飯テロ回(予定)

次回はまた来週の金土日のどこかでアップします。


挿絵(By みてみん)


もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m


 ※有機EL照明(OLED照明)について。

  作中(2052年)のハーモニア大学附属学院では、教室の照明として有機EL照明(OLED照明)が主流となっています。これは、現在一般的に使われているLED照明に比べて2~3倍くらい省エネ性能が向上した未来型の照明です。

 ※2052年の黒板について

 『量子ディスプレイ』と呼ばれる最新型の電子黒板が設置されている。タッチパネル式で操作でき、ホログラム表示も可能。教師が表示している画面を生徒の手元のタブレット(ホログラム)に自動で連動する仕組み。

 ※現代で100Wh(0.1kWh)発電するには

   ・家庭用で発電容量1kwの太陽光パネルを乗せている場合、1日あたり約2.7kWhの電力を発電すると言われています。

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― 新着の感想 ―
こんばんわ! 今回もさっそく読みました! エーテルバトル。オリジナルでありつつ具体的なルールも設定されていて面白いですね! リュウくんたちが楽しんでいる様子も微笑ましいです。 ただこのゲームのルー…
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