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フェアリー ∞ キッド   作者: てぃえむ
4章 『ネーファス』――この世で最も価値のあるもの。
30/63

解雇――そして新たな契約。


 婚約が正式に決定。

 本来アヤカの意志次第という話だったと聞いてたけど、一体どう言う事だ?


「それは、アヤカさん次第だったはずでは……」

「だから状況が変わったのだよ。君が傍にいては、アヤカもレオ君と仲を深めるのに心を痛めるだろう」

「僕がいるとアヤカが傷つく……?」


 澤谷さんは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「君といる時のアヤカを見る度に、父としては複雑な気持ちを何度も味わったものだ。もしアヤカが普通の子であれば……澤谷ソウイチは君を正式に屋敷に迎える事を検討しただろう」


 澤谷ソウイチ。澤谷さんは自分の事を、そう呼んだ。

 その言葉に僕は強い違和感を感じた。何故自分の事を「澤谷ソウイチ」なんて呼ぶんだ?


「君はアヤカが11の頃からずっと傍にいて見守ってくれた。アヤカの気持ちに気付いていないわけではないだろう?」

「アヤカさんの……気持ち?」


 僅かな寂しさを滲ませる微笑に、澤谷さん自身も心を痛めている事が伝わってくる。僕の返答に少しだけ驚いたように瞳を開き、目を閉じた後、澤谷さんは僕に頭を下げた。


「頼む、ここで引いてくれ」


 依頼人がボディガードに頭を下げるなんて、異例中の異例だ。


「やめてください、澤谷さん」


 慌てて肩を掴み顔を上げさせる。すると――


「澤谷さん?」


 肩が震えている。そして、顔が異様な程青ざめていた。


「引くんだ、リュウ君」


 あの澤谷さんがここまで怖がるのはどうしてだ? 一体、何があったんだ……?




 直後、部屋の扉が勢いよく開けられた。


「お父さん、お願い。リュウを解雇しないで」



挿絵(By みてみん)



 部屋に入って来たアヤカが澤谷さんの腕を掴み、必死に訴える。澤谷さんも若干困ったように視線を泳がせた。


「アヤカ、これは決定なんだ」

「わがまま言わないし、ちゃんと言う事聞くから……だから、お願い」

「それは、レオ君との婚約を認めると言う事か?」


 その問いにアヤカは一瞬視線を落とす。ゆっくりと僕に視線が向けられ、目が合い、ライトブルーの瞳が迷うように一瞬揺らいだ。


 ――いや……違う。

 これは迷いじゃない。彼女は "何かを捨てる決意を固めた" んだ。そして、次の瞬間──


「認めます。だから……お願い」


 胸を締め付けるような感覚と、喉を圧迫ような不快感が体を襲う。これは……アヤカが「自分の意志で選んだ」わけじゃない。僕を守る為に自分を犠牲にしたんだ。


 ――アヤカ。


 今、どんな気持ちなんだ? 君のボディガードを続けたいっていう「わがまま」に、どうしてそこまでしてくれる? 気が付いたら体が動いていて、僕も彼女の横に立ち頭を下げていた。


「澤谷さん、職務を全うする事を誓います。ですから――」

「お父さん、お願い!!」


 僕とアヤカの要求に澤谷さんは沈黙した。そして……


「データ外の事態だ。どう、対処したら良い……?」


 データ外? どう言う事だ?

 澤谷さんの一言は、少し前まで一緒にいたスマロを想起させた。この違和感は……何だ?

 




 しんと静まり返った室内。静寂を破ったのはカレンだった。


「澤谷、矢崎レオのボディガードとしてなら可能だと……ユウジは言っていたわ」

「カレン、しかし」


 彼女の緑色の瞳が向けられ、澤谷さんの”表情がこわばる”のを、僕は見逃さなかった。

 おかしい。このやりとりは「上司と部下」のそれに近い。澤谷さんはカレンを「雇った」わけではないと言う事か? だとしたら……


 ――カレンは芹沢ユウジの娘だ。澤谷さんは既に芹沢さんの手の下に……?


「いずれ結婚する2人ですもの、双方にボディガードをつけるのは自然な流れだわ。それに、ユウジは言ってたわ。クズはクズなりに使えるって……」


 その言葉を聞いたレオ君が扉の方から叫んだ。


「おい、勝手に進めてんじゃねぇよ!」

「感情的な言葉は自らを窮地に落とすだけよ。あなたに危害を加える者がいた場合、その責任は全てリュウのものになるの。この意味、わかるかしら?」


 カレンの言葉の意味にようやく気付いたんだろう、レオ君はいつも教室で見せる勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「なーるほど。確かに婚約者の俺の傍にいれば、アヤカのボディガードを継続するも同然だもんな。俺は構わないぞ」


 皮肉っぽく笑う彼の顔は、まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように映った。


「リュウ、アヤカの傍にいたいんだろ? 解雇されないようせいぜい俺に尽くしてくれよな?」

「……」

「何か言えよ。お前のご主人様になる人間なんだからな?」


 裏があるとか、そう言うものじゃない。完全に「優位に立った」と確信した顔だ。彼がどういう奴かはわかってる……けど、僕の為に自分を犠牲にしてくれたアヤカの為にも、ここで引くわけにはいかない。


「レオ君、よろし」

「違うだろ、レオ様だ」


 ……彼らしい、主張だ。


「よろしくお願いします、レオ様」


 影縫いに所属していた時のように淡々と返答し頭を下げた。するとレオ君の勝ち誇ったような笑みが一瞬ひきつった。それを見たカレンが小さくため息を吐き、呟く。


「承認欲求を満たす、実に感情的な行動だわ。そんな事でリュウを本当に服従させられるのかしら」


 レオ君が一瞬にらみを利かせたけど、カレンは視線すら彼の方へ向ける事はなかった。



 空気が冷たい。アヤカが悲しいと思った時に精霊たちが起こす自然現象だ。

 地下研究所の一件からあまりにもたくさんの事が起こった。不要な者アンケートに、地下研究所。シオンという男と芹沢さんとの再会、そして――タクミ君の死。彼女の心の負担が1番の気がかりだ。


「澤谷さん、お願いします。今日だけ……最後のアヤカさんの護衛をさせて頂けないでしょうか?」

「ああ、構わないよ。しかしリュウ君……本当にいいのかね?」

「はい。どんな形でもアヤカさんを傍で見守ることが出来るなら、僕は構いません」


 はっきり伝えると、澤谷さんは申し訳なさそうに視線を逸らした。やっぱりこの解雇には何か裏がある。それに……



 ――安心してください、リュウ。彼らはアヤカに物理的な危害を加えるはないでしょう。アヤカはネーファスプロジェクトの鍵となる人物だからです。

 ――「NEo Redemption FAiry Sacrifice project ネオ・リデンプション・フェアリ・サクリファイス」―― 通称 『NERFASネーファス』は未来を救う救世主、とされています。



 地下研究所でのスマロの言葉が気がかりだった。もしアヤカに危険が及ぶ事があれば、僕はこの身に変えてでも、彼女を守る。それが……僕が出来る、唯一の恩返しだ。


「ただし、午後はアヤカの検診がある。護衛は午前中だけだ。いいね?」

「はい。ありがとうございます」


 アヤカの検診――ネーファスプロジェクトと、何か関係があるのだろうか? 澤谷さんに丁寧に頭を下げると、僕とアヤカは登校の準備の為に部屋を後にした。もちろん、タクミ君の絵画も一緒だ。




 寮の扉を開けると満開のパンジーと快晴の空が目に飛び込んでくる。タクミ君がスケッチをしていたのは昨日の事なのに、もう何年も前の出来事のように感じる。アヤカは首を傾げながら花壇を眺め、花壇の側に歩いていくと腰を下ろし、じっと花を見つめた。


「何かあるの?」

「このパンジー、昨日あったっけ?」


 アヤカが指さすのは快晴の色をそのまま映したかのような、青いパンジー。一際美しく咲くその花は、確かに他の花とは違う色彩に映った。


「綺麗な色だね」


 アヤカは立ちあがると、少し寂しそうに微笑んだ。



 

 


 そして、僕が「アヤカのボディガードとして職務を行う」最後の日が始まった。










数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。

次回はまた来週の金土日のどこかでアップします。

新キャラ今回登場しなくてすみません。次回登場します。新たな風を吹かせてくれるあの子が登場します。2人に突如訪れた最後の護衛の日を見守って頂けたら幸いです。


挿絵(By みてみん)


もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後のモチベーションになりますm(__)m

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― 新着の感想 ―
さっそく読みました! 後々の展開を知っているからこそ、あ、これはあのことに向けた伏線なんだなと感じる部分がありましたね。 でも何よりアヤカちゃんが辛い。ほとんど強引に婚約を飲まされるなんて…… 絶…
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