過去編② デモ活動をする若い男
2047年・春
「お兄ちゃんのうそつき。もう危ない事はしないって、約束したのに」――それがユメの、最後の言葉だった。
掴もうとした手が空を切り、病室の窓に身を乗り出した直後。僕がいつも殺していた標的のように妹の体が赤く染まって……その後はよく覚えていない。気が付いたら走っていた。
星空の下の繁華街。僕を先導するように「丸くて淡い光」が人ごみの中を飛んでいった。この賑やかな空間で子どもの僕の姿を見つけるのはベテランの戦闘員でも簡単じゃないはずだ。
時折人にぶつかると、背後で僕に向かって怒鳴る大人の声が響く。この「丸くて淡い光」が何者かはわからない。それでも「逃げろ」と警告するように光を放つそれに吸い寄せられるように、僕は必死にその後を追った。
反抗は無意味。
ずっとそれが真実だと思っていた――いや、信じ込まされてきた。でも、その言葉はユメが死んだ僕に一切の救いも慰めも与えなかった。反抗が無意味だとういうならこの苦しみは、悲しみは何のためにあるんだ?
追手に捕まる恐怖と戦いながら逃げる僕の視界に一瞬、繁華街の一角で一人デモ活動をする若い男が映った。学生だろうか?
「――みんな目を覚ませ!! これが俺たちの世界の50年後の姿だ」
高層ビルの壁にスクリーンで大きく映し出されたのは「僕たちの暮らす街の50年後の姿」らしい。
人々は自給自足の生活を送り、飢えと戦う様子が描かれている。廃墟のような建物が並び、その屋上にはソーラーパネル。その周囲には建物を侵食するかのように植物が生い茂っていた。
一方で、その向こうには高級そうなガラス張りの高層ビルが並び、手前に映る住宅とはまるで別世界のように映る。
「自給自足を余儀なくされ、廃墟のような場所で鬱々と暮らし、限られた富裕層だけが都市に住む未来が、後50年もすれば訪れるんだ!!」
男の言葉通りなら、50年後あのビルの上に住むことが出来るのは一部の人間だけ。僕たちのような一般市民は廃墟のような住宅街で掃きだめのような生活を送ることになる、という事らしい。
――男の背後に目を向ければ……
夜空にキラキラと輝くイルミネーションとライトアップ。それに照らされた高層ビルの上では、この国の一部の金と権力を持つ人間だけが暮らしている。そして、繁華街では線路下にずらりと並ぶ露店のところどころで酒を飲み、仕事や家族への解決策の見えない愚痴を言い合う大人達。細道の陰ではホームレスと思われる老人が数人寝息を立てている。
「今と全く変わらないじゃないか……」
ぽつりと呟いた直後――僕の周りを「丸くて淡い光」が警告するかのように飛び回る。危険が迫っている事を訴えるかのように。
――逃げないと。
背後で徐々に小さくなる男の声を聞きながら、僕は繁華街の出口へと走り出した。
「エネルギー危機は確実に未来を蝕んでいく。何もしなければその未来を、ただ待っているだけ。あの高いところから見下し、搾取し、何の見返りも与えようとしない奴らに俺たちの痛みは届かない!! 結局、俺たち若者はただ使い捨てにされるだけなんだ」
――男の言葉は僕たちの未来を象徴しているかのように聞こえた。
高層ビルの上にいる人間は、どんな顔をして彼を見下ろしているのか。想像した瞬間――僕は違和感を感じ、一瞬足を止めた。
「エネルギー危機? 何言ってるんだあいつ。水も資源もわが国には溢れてるじゃないか」
「そう言えば最近食料の値上げがあったけど、すぐ戻るでしょ」
「最近野菜の値段が上がったけど、そのうち元に戻るでしょ」
「なんだかんだで平和だよね、この国って」
「おーい、俺たちの国は平和だから! 心配しなくても大丈夫だよ」
アハハハハハハハ……!!
――皆、何を言ってるんだ?
男の叫びは自分たちの未来を憂う言葉だというのに、皆彼へ冷たい視線を浴びせ、ある者は指さしながら笑い、ある者は彼を犯罪者と言って罵声を浴びせた。
「やめろ! 放せ!」
突如警官に押さえつけられた男の声に我に返り、僕は再び走り出す。一瞬背後に視線を向けると必死に抵抗する男の姿が映った。
『君たちは世の中を毒す真の敵が誰か、わかりますか?』
ひたすらその場から逃げる僕の頭の中では、何故かわからないけど、芹沢さんのその言葉が繰り返し脳内で響いていた。
――無我夢中で組織から逃げた日から5年。
15になった僕は少しだけ芹沢ユウジの言葉が理解できるようになった。愚者に運命の打開はできない。世の中を変えるのは、ほんの一握りの天才。僕を含む大半の人間は、運命を打開するなんて不可能だ。
その一方で常に思っていた。ただの駒でいいのか? もし、ユメの時のように何かを失うような事があったら?
心のどこかに残っているのはあの夜の感覚――守れなかった無力感だ。
多数派の意志だろうと、犠牲を強いる世の中だろうと、僕は今度こそ守りたい。自分の全てを賭けて、君だけは絶対に。再び出会った「守りたい存在」は、いつしかそんな小さな反抗心を僕の中に芽生えさせていた。
でも、この時僕はまだ気づいていなかった。
自分の中に微かに芽生えた「反抗心」がどれだけ無力かを。全ては「絶対統制者」である芹沢ユウジの計画通りであるという事を。そして、それがこの社会全体の意志によるものだということに。
どこから彼の「プラン」だったのか。どうして僕が選ばれたのか。
それは誰にもわからない。僕自身でさえも。
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