正義のヒーローであり被害者
価値ある存在が叩かれ消えていく。そんなの、この国じゃ日常茶飯に行われている。
当然だ、人間という生き物は自分に直接関係ある事柄意外に興味関心を示さないように出来てる。例えばこの物語のプロローグで、羽瀬田リュウを送迎していた男2人はまさにその典型的な例だ。
今回は『その1か月後』――この2人がリュウの仕事の終わりを待っている間に交わした会話を少しだけ覗いてみようと思う。
*
――バタン。
羽瀬田リュウが車を出て行った後。送迎をしていた2人の男はリュウが仕事を済ませるまでの時間、車を走らせていた。
「……リュウの奴、今日もちゃんと殺せるかな?」
「最初の頃はひどかったなぁ。任務は成功させたものの、がくがく震えてさ」
「でも今じゃ『殺しの天才』だ。あいつは失敗しない。俺たちは送迎さえ上手くこなすことが出来れば組織で褒められるんだ、正直気は抜けねぇけどな」
室内に沈黙が流れ、ふと運転席の男が思い出したように再び話し始めた。
「子供の頃ヒーローに憧れたことあるか?」
唐突な言葉に一助手席の男は一瞬だけ運転席に視線を向けた。
「ああ、あったな。強くて、世界を守って……悪役を必殺技で倒すやつ」
「息子にさ、『パパはヒーローみたい』って言われたんだよ」
「へぇ?」
「毎日お仕事行って、僕たちの為にお金稼いで、たまに肩車してくれるしって」
「……」
「実際は上司に毎日頭下げて、ガキを人殺しの場に送り届けるだけの下っ端中の下っ端だってのに。でさ、息子がこの間将来の夢って言って描いてくれた絵があるんだけどさ」
運転席の男は視線を前に向けたまま、助手席の男に自身の通信機器の待ち受け画面を見せた。
「なんだ、写真撮ってるのか。溺愛してんなぁ……って……え?」
「子供はわかってんのかな? これを見た時に怖いと思ったよ。今の俺をそのまま映したような男の絵。これ、俺たちが子供の頃のアニメやゲームだったら悪役の顔だろ?」
「……だな」
「でも息子はこれがかっこいいって言うんだ」
「……」
「将来こんな大人になって、僕も妹を守るんだって」
「なあ、俺たちが子供の頃は大人達が夢や希望を見せてくれてただろ。俺は……息子に夢を見せてやれてなかったって事か?」
「……」
「俺は悪くねぇ……。誰だって同じだろ? 世の中が悪いんだ!」
「落ち着け」
「国が……法律が……俺たちみてぇな奴を押し潰して、苦しめてるだけだろ!?」
「落ち着け!!!!!!」
ハンドルを握る手に力が籠る運転席の男。彼を窘めるように助手席の男は彼の肩を掴み、やがて小さくため息を漏らした。
「ニュースでも聴くか?」
『次のニュースです。8歳の少年の描いた絵画が、海外で高い評価を受けて注目を集めています。この絵画の特徴は『輝くようなライトブルー』の色彩です。所有するのは海外の著名な資産家ダニエル氏。普段はメディアへの露出を避けている彼が特別に出演を承諾した理由について、彼自身が語りました』
「ほ、ほら。お前の息子と同じ年の天才少年だってさ。お前の息子もいい線行ってんじゃねぇか?」
「……」
『この絵画は仕事先のとある国で、ある少年からもらったんだ。私がこの絵画を鬱病になった娘に見せたところ、引きこもっていた彼女が空を見たいと言い出し、散歩をし始め、笑顔が少しずつ戻って行ったんだ』
『それは鬱病が治ったという事ですか?』
『完治とはいかないが、娘の主治医は驚くほど経過が良好だと言っている。娘は今でもこの絵画を毎日見て笑顔を浮かべているんだよ。これを描いた少年は間違いなく天才だ、本当に……感謝しかない』
『その少年の名前はわからないのですか?』
『ああ、名前も教えてくれなかったんだ。しかし私はこの絵を高く評価し、あの少年との再会を願っている。どうかこの放送を見ていたら連絡をくれないだろうか? 君の未来を支援する為なら金銭的な支援は惜しまない事を約束しよう!』
画面に向かい必死に訴える資産家の男性の下には、彼の連絡先と思われるメールアドレスが記載されていた。
「一枚の絵画が鬱病を治療する? そんな事があるのか?」
「『輝くようなライトブルー』ね……まるで魔法や奇跡みたいだよなぁ。いいよなぁ、天才ってやつは」
『では、次のニュースです。50年後世界崩壊説を論じるイサム博士が、先日行方不明となりました。現場に残された手紙の内容から、警察は自殺が濃厚と見て捜査を続けています』
ニュースを聞いて助手席の男は自身の通信機器にSNSの画面を表示した。
「一方で世界の崩壊なんて物騒な説を言ってたジジィも天才か。逃げたのかな。SNSはコイツを叩くハッシュタグで溢れてたからな」
「#陰謀おじさん、だっけ?」
「そうそう! #未来の救世主(笑) とかさ。最後の投稿も大炎上してたしな」
助手席の男はイサム博士のアカウントの最後の投稿を読み上げた。
――メディアを信じるな、世の中は既に操作されている。AIの一部はプロパガンダの思うつぼだ、真に目を向けるべきはメディアが隠す情報だ。何故私の言う『50年後崩壊説』の詳細を報道しない?
「こういうのが信じられねぇんだよな」
「報道されないのはお前の主張に皆同意してないからだろ……ってな。でも……死んだのか、あのおっさん」
「……」
「俺、あの投稿のRT消すわ」
「俺も。関わりたくねぇよ」
そんな他愛のない話をしていると、送迎の時間を知らせる通信機器のアラームが鳴った。
「おっと、そろそろ俺たちの『天才』をお迎えに行く時間だ」
「今や羽瀬田リュウ様様ってな。俺たちの仕事はあいつがいるから成り立ってるからな」
「初めて組織に来た時は毎日泣いてたけど、なんか……気が付いたらすげぇ奴になってるっていう……何て言うんだっけ、ああいうの」
「漫画とかアニメなら成り上がりとか言うんじゃねぇか?」
「おいおい、それじゃあいつが正義のヒーローみたいじゃねぇか」
「ヒーロー……」
「……ヒーローなわけねぇだろ。文句も言わねぇし、泣きも笑いもしねぇ。あんなのがヒーローだったら世界が崩壊するっての」
「“無感情ロボット”だろ? ただ命令を遂行するだけの」
「そうだな。いちいち悩まれるよりずっと楽だし。あいつはきっとやってくれるさ。やれなかったら……」
「逃げればいいだけだろ? 俺たちは。お前は息子のヒーローで居続けなきゃいけないんだからな」
「そうだ、俺は……」
「俺たちは悪くない。世界が間違ってるだけだ……」
*
これを知った俺は、世の中はこんな大人で溢れているのかと愕然とした。
失ったものの大きさに気付くのは全てが終わった後であり、気付いた時は大抵取り返しがつかない事態に陥っているものだからだ。
けど、もし自分が彼らの立場だったら――守るべき家族を抱え、先に光の見えない現実の中で生き延びるしかなかったとしたら、どうするだろうか?
この民主主義の世界で何よりも恐ろしいのは「無知の集合体」という誰もが気づかないうちに陥りがちな罠だ。その背後には人間の本能――権威ある者の発言や多数派の影響力――を利用した煽動が潜んでいる。そして、それに気づくことができない人間が世の多数を占めているのが現状だ。その罠を完全に回避することは不可能に近いと思う。特に彼らのように、まだ経験の浅い大人には。
ではこの2人と、彼らを愚かだと思う俺、どちらが正しいのだろうか?
――答えは「どちらも正しくない」。
この2人の男も、彼らを愚かだと感じた俺自身も「自分は間違っていない」と信じている。当然だ、人は誰でも「自分は正義だ」と思いたいようにできているのだから。
だからこそ、正義を疑う目を持つ事。それが今の世界で愚かな多数派にならない為の唯一の道なのかもしれない。
数ある作品から本作を読んで頂き、ありがとうございます。
もし続きがよみたいと思って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援してくださると今後の励みとなります<m(__)m>




