地下研究所① 神は傍観者であれ
過去文章は活動報告にアップしています<m(__)m>
『A Kid Use project プロトコルNo.2 ネーファスを開始します』
――ネー……ファス?
ぼんやりと目の前に映し出されたのは研究室のような場所。
部屋の隅を見れば蜘蛛の巣が張り巡らされ、窓ひとつないこの空間は外界から完全に閉ざされている。床には資料が散乱し、室内に充満するのは薬品の匂い。
「タクミ君!! レオ君!! 逃げて!!!!」
――アヤカ!?
アヤカはガラス越しに繰り広げられる惨状に向かって拳を振り下ろしながら、力なく泣き叫んでいた。彼女の目の前には――
――なんだ? この化け物は?
大人の人間の1,5倍程の体調があるであろう巨体に、耳元まで裂けた口とむき出しになった瞳。灰色に染まった肌はところどころ裂けて肉や骨が露出し、赤黒い血がぽたり、ぽたりと床に滴り落ちる。
まるで映画で見たゾンビのような化け物の目の前には、2人の男子生徒――タクミ君と、レオ君だ。
「な、なんで俺がこんな目に……だ、誰か助けてくれ!!」
一方、その様子を2つのモニターで観察する3人の男。
一人は科学者のような白衣の小柄な中年男性。
一人は黒いコートに黒い帽子……体育館で会ったあの男――シオンだ。
そして、もう一人は……
――芹沢ユウジ……!?
高級そうな黒のスーツ、細身でありながら通常の人より遥かに高い身長に綺麗に整えられた灰色の髪。その場に立っているだけで無言の威厳を放つ男・芹沢ユウジ。
「終焉の夕陽が現れた。世界樹は崇高なエネルギーを求めている……しかし、ご自身の息子と同じ年の子供を犠牲にするのはさずかし胸が痛むでしょう? イサム博士」
「これも全て、人類の未来のため……キッドが誘拐されてしまった今、代わりとなる「キッド候補」と「ネーファス」の生成は必要不可欠だ……」
「そうですね、ですから私はあなたに力を貸しているのです。あなたがかつて追い求めた理想は人々に理解されなかった。ですが、私にお任せください。あらゆる手を使い、あなたの研究を世に知らしめてさしあげましょう」
イサム博士……どこかで聞いたことのある名前だ。彼らはまるで実験動物でも見ているかのような、どこか一線ひいた視線をアヤカ達に注ぐ。
やがて面白い事を思いついたかのように目を細めた芹沢ユウジは、モニターしたのマイクに向かい話した。
「真田タクミ」
その声は実験室内に直接届く音声のようだった。名前を呼ばれたタクミ君はびくりと体を震わせ、あたりを見回す。
「ぼ、僕ですか?」
「ええそうです、君は投票をしていませんね。良いのですよ、忘れ物は誰でもある事でございます……君はこの世で最も価値のある存在の一つ、創造性ギフテッド――『天才』だ。その才能に敬意を表し、君に相応しい選択を与えましょうか」
――選択?
一体何をさせる気だ……?
「そこの何の取柄もない愚か者と、至高の宝である君。生き残るべきはどちらか、君が決めなさい」
「えっ……」
「聞こえませんでしたか? どちらかを見逃そうと言っています」
その言葉に、レオ君が声を張り上げた。
「は!? なんで選択権が役立たずのタクミにあるんだよ!!」
「ふう、君も不用と判断された身だというのに命乞いですか」
「お、俺が不用!?」
「ええ、その通りでございます。君とその天才少年は『同数票』だったのですよ。つまり君は天才ではないただの不要物……ゴミです」
「は……? 俺が……不用? うそだろ? だってあいつらいつも俺をチヤホヤして……」
言葉を失ったレオ君がはっとして振り向く。そこには――すぐそこに迫った化け物の腕がレオ君に振り下ろされるところだった。
「うわあああああああ!!!!」
「ま、待って!!!!」
――タクミ君が叫び、化け物の腕がレオ君の鼻先で止まる。
「ぼ……ぼぼぼ僕、まだ選んでません!! れ、レオ君を殺さないで……!!」
「ほう? この愚か者を助けろと?」
「す……すすす好きな言葉があるんです!!!!」
足ががくがく震えてる。すごく怖いんだと思う……。芹沢ユウジの音声が止まり、タクミ君は必死な様子で声を張り上げた。
「悪を憎むな。悪を憎むことは、悪を理解することを妨げる……これは僕の好きな言葉です。誰だって理由がある。あなただってそうなんじゃないですか?」
マイク越しに、小さく笑いが聞こえた。
「……神は傍観者であれ」
「え?」
「人が神に救いを求めるのは、責任から逃れるためです。神が傍観者である以上、この世界の秩序と混沌を作り出すのは我々自身……君はこの意味が理解できますか?」
わからない。
そんな彼に、マイク越しに部屋に響く芹沢ユウジの声は残酷に響いた
「では選びなさい。犠牲になるべきは天才の君か、それともそこにいる愚か者か」
「――ウ!! リュウ!!」
「――!!」
はっと目を覚まし――顔を上げた先には――
「グゥウワアアアアアアアアア!!!!」
「――――はっ!!??」
鋭利な爪を持つ右腕が暗闇を裂くように振り下ろされる光景――本能的に体が床を転がるように回避した。耳元で硬い床に亀裂が入る音が響き、散らばった床の破片が僕の頬をかすめる。
そこに立つのは――いや……「そこに存在している」のは、夢でみた「化け物」だった。
「――ここどこだ……!?」
張り上げた声は、虚空を舞うように闇に消えていく。
そこは僅かな蛍光灯の光が照らす、陰鬱とした広い空間だった。周囲は無機質な灰色の壁で覆われ、無数の監視カメラが天井に配置されている。床には資料と思われる紙や割れた試験管などが散らばる――まるで「大型の研究所」のような場所。そして、その奥には――
「……シオン?」
化け物の後ろに以前体育館裏で会った黒づくめの男・シオンが立っている。
「おや、目を覚ましてしまいましたか。君の始末を頼まれたのですが……まあ、いいでしょう」
シオンの手には、黒い……刃渡り90センチ弱程の刃物のようなものが握られ、その周囲には「淡い黒い光」がふたつ、みっつ漂っている。あの光――どこかで
「……精霊?」
「質問などしている場合でしょうか?」
周囲から「うめき声」と「這うような足音」が響き、じわじわと鼓膜を侵食していく。
冷汗が背中を伝うのを感じながら立ち上がり、後退しつつ懐にしまった愛用のナイフ――コンパクトブロントを取り出した。
「答えろ、シオン。ここはどこだ!?」
僕の問いかけにシオンは答えなかった。その時――
「体調データ確認――健康状態に異常なし」
「スマロ、どうして――ッ!!」
自動的に起動したスマロのホログラムが真っ暗闇の中、淡い光を放った。その中心には僕のスマロ――ゆるキャラの「すニャいむ」の姿があった。
「――リュウ、よく聞いてください」
「スマロ――!! 今それどころじゃ」
「時間がありません」
――スマロが焦ってる?
命令を拒否されたのは、初めてだった。息をついて目の前の化け物へ意識を向けると、足元を引きずるように近付いて来る。でも足は遅いみたいだ。
「……スマロ、君は僕達を気絶させてここに連れてきた。君の話は信頼できるものなのか?」
ナイフを構えながら質問する。
化け物がうめき声のような声を上げ――次いで鼻を衝く腐った肉のような匂いに体は本能的に不快感を覚えた。
「その通りです。私はハーモニア大学附属学院のマザーAIプログラムの命令で、あなたたちを気絶させました」
「敵って事か?」
「――はい」
――その時。
背後から引きずるような足音が聞こえ、振り返る。そこには――
「……」
思わず言葉を失った。背後には化け物がもう一匹……どころじゃない。2,3……いや、ざっと見ても十体以上が、暗闇の中から姿を現す。
「――うっ!!」
彼らが近づくたびに腐臭が濃くなり、胃液が押し上げられるような不快感を体が襲った。
「ここはキッドとネーファスを研究する施設であるKey Area for Intelligent Development and Experimental System Utility――『通称カイデス』です。この学園『ハーモニア大学附属学院』は、ここで『ネーファスプロジェクト』を研究する為に作られました」
スマロの声は、そんな現実離れした光景の中唯一冷静に響いた。
「リュウ、よく聞いてください」
――正面にはシオン。そして僕を囲むように化け物達は少しずつ近づいてくる――まさに絶体絶命だ。
どこへ向かったらいい?
どう、対処したらいい?
無数の声が脳内に響き、化け物達が一歩、また一歩近寄る度に逃げ場が徐々に消えていく感覚に焦りの感情が体を支配していった。
「アヤカが窮地に陥っています」
「――!!」
スマロのその言葉は、混乱していた僕の思考を一気に正気に戻した。
そうだ、アヤカはどこに行った?
確か、彼女の事を黒服の男が支えていたのを覚えてる。奴らの服――学園で倒した侵入者と同じ格好だった。
「アヤカはどこなんだ!?」
「まずは安全の確保が必要です。『レム』の弱点は、左手首です。そこにある『黒い石』を破壊またははぎ取る事で彼らは機能停止します。私は最適な経路を弾き出し提案します。リュウ、私を信じてください」
『レム』――それがあの化け物の名称のようだ。正直、スマロの言う事を信頼できるかはわからない。でも――
――アヤカ。
ついさっき、君を守るって言ったばかりなのに。
「スマロ、あの夢は君が見せたのか? アヤカはここにいるのか?」
「はい。リュウの脳内に干渉し、私が入手したカメラの映像をそのまま再現したものです」
もし本当なら、アヤカは化け物と科学者……そして芹沢ユウジに囚われているという事だ。そして、彼の提案でタクミ君とレオ君の命が天秤にかけられている。
突然連れて来られた謎の施設――『カイデス』
そして、謎の異形の化け物。
頭を振り、目を閉じるとゆっくりと呼吸をし――「ゼロの領域」を発動する。周囲の全てが静まり返る感覚。迷いや恐怖は消え、残ったのはただ一つ――彼女を守るという「使命」をこなす事だ。
「今は君の言う事を信じるしかないみたいだ」
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