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開戦から早一週間。
窓から見える城下町は城まで届くほどの賑やかな喧騒に包まれている。
町中のあちこちにあしらわれた豪奢な装飾や花は、誰に聞かずともよい知らせがあったのだと伝えてくるようだ。
当然と言えば当然か。
何せ、昨夜伝令兵が"勝利"の二文字を土産に帰ってきたのだから。
いつもの戦より長く続いていたこともあってここしばらくは町中に不安が漂っていたが、この吉報で花火が打ち上げるが如く喜びが弾けた。
祝砲と称した『音』もそこら中で弾け、炎やら雷やらがしばらく飛び交っていたよね。
そんな訳で町は知らせを聞いてから眠る気配なんてまるでなく、凱旋パレードの支度に勤しんでいるのである。
私も私で戦に同行している楽団員のため、魔楽器のメンテナンスに必要な技師の手配や道具の準備をすべく走り回っているところだ。
足取りが弾んでしまうのはご愛嬌。
「見習い楽士のミュゼット・フェローチェです。技師の入城許可をいただきに参りました」
「入りなさい」
「失礼します」
現在代理で城を取りまとめている公爵様に萎縮しつつ書類を渡す。
不備がないか再三確認したけど、毎回この瞬間は不安と緊張で死にそうだ。だってお顔怖い…
「…ふむ、よろしい。許可しよう」
「ありがとうございま…「公爵閣下!!!」
ホッとしながら書類を受け取ろうとした瞬間、一人の兵が転がり込んできた。
腕章を見るに伝令兵だろうか。
驚く私を押し退け、公爵様が何事かと厳しい声を出す。
重苦しいそれに喉をひくつかせた兵はしかし、それに負けじと血を吐くような声で叫んだ。
「魔王様の部隊が、襲われました!!」
「何だと!?それは確かか!?」
漏れそうになった悲鳴を手で抑え、立ち去るタイミングを完全に逃した私は必死に存在感を消す。
聞いていい話なのかは分からないけれど、退出しようにも書類が公爵様の手にぐしゃっと握り締められているのだ。
そもそも公爵様の発する圧にすくんで足が動かない。
しかし、魔王様が襲われた?どうしてそんなことに…!?
「戦争は我らの勝利ではなかったのか!?」
「戦には確かに勝ちました!敵国の退却も確認しております!しかし…今回奇襲を仕掛けて来たのはまた別の国の軍なのです!」
「…っ、なんてことだ!戦で疲弊したところを狙われたか…!すぐに追加の軍を編成する!」
私の事などすっかり忘れ、公爵様と兵は慌ただしく退出していった。
去り際に捨てられたシワだらけの書類を拾い、先程聞いてしまった話をグルグルと頭で繰り返す。
昨夜の時点で、軍は犠牲者こそ少ないものの"勇者"を有する相手に苦戦したと聞いている。兵の消耗は相当だろう。
その上、少なからず緊張を解いただろうところへの奇襲。
これらを踏まえて、あの伝令兵の慌て様を見るに…
「かなりピンチってこと…だよね」
あの美しい王の姿を思い出す。
私は大きく息を吸い、書類を投げ捨てて駆け出した。
部屋を出て、城を飛び出し、自室から荷物を持ち出して城下を抜け…
「あれ、ミュー?…って、アンタそんな格好でどこ行く気!?」
町を守る門の手前で友人にバッタリ遭遇してしまった。
彼女は完全に戦い用の装備に身を包んだ私にぎょっと目を丸くして詰め寄る。
ただ事じゃない雰囲気を感じ取ってしまったらしい。
「外だよ。散歩」
「あのねぇ…アンタを簀巻きにして尋問してもいいんだけど?」
「…魔王様の所に行かないといけないの」
「魔王様…?どういうこと?」
逃がしてくれそうもない蜘蛛人の友人に観念して事情を話すと、彼女は綺麗な顔を見たことないくらいに険しくさせて押し黙った。
そして、厳しい表情を崩すことなく私を見る。
「事情は分かった。気持ちも勿論分かる。けどさ…アンタが行ってもしょうがないでしょ?」
表情に似合わず声は震えていて、お願いだから行かないでほしいと彼女の本音が聞こえてくるようだった。
けれども実力行使で私を止められる友人がそうしないのは…私の本気を理解してくれているからだろう。
「心配してくれてるのは、分かるよ。私自身、自分が弱いことも分かってる。でも、じっとなんかしてられないの。それに…」
たぶん、これが私を突き動かした理由だ。
「よく分からないんだけどさ、私あの魔王様に…音楽の凄さとか楽しさとか知ってほしい…ううん、教えてあげたいんだ!」
「ミュー…?」
音楽をつまらないと思ったまま死んでしまうなんて勿体ない。
この世界の者はすべからくよい音楽に祝福されて生まれ、よい音楽に抱かれて眠るべきなのだから。
「だから、私が変えに行く!戦況も常識も覆してみせる!私の『音楽』で…魔王様も戦場もいっぱいにしてやるんだ!不謹慎だけどさ、これってきっとチャンスなんだよ!」
私の『音楽』なら出来る筈だ。
だって私の相棒は…戦場というステージなら、誰にも負けない。
「まさかアンタ…戦いに行くんじゃなくて…」
「うん!相棒と歌いに行くの!」
「はぁ…そんな重装備だから心配しちゃったじゃない」
「え、へへ…これは一応、ね」
「ま、アンタの覚悟はよく分かった。そこまで心決めてるならもう何も言わないわ。しっかりアピールして、悪魔らしくハートキャッチしてきなさい。あ、式の時はスピーチ任せてね」
「ん??」
何かおかしな勘違いをされている気が…
「た、だ、し!…無理だけはしないでね!死んだら彼にお願いしてやるんだから」
「アンデッド化は勘弁して!」