1
ハーモネシア。
そう呼ばれるこの世界は"音の女神"によって生み出されたという。
創造主の影響か、この世界では音楽がかなり重要視されていた。
只人も魔人も亜人も皆、生まれと同時に『魔楽器』を授かる。
その音色を磨くことはイコール己の価値を磨くことに繋がっているのだ。
それこそ、鳴らした音一つで人の価値が計られると言っても過言ではないだろう。
例えばある貴族は、良い結婚相手の条件に"逞しい低音が鳴らせる者"と条件付けた。
例えばある店では、"繊細な音色を持つ者"を雇用の条件とした。
何につけても良い奏者は一目おかれ、逆に未熟な奏者は笑われる。
それがこの世の常識であり、人も魔も変わらない価値観であった。
そして『魔楽器』に魔力を込めながら鳴らした音は特別で、『音』と呼ばれるそれは人々の生活に欠かせない。
水を生むにも火をつけるにも、この世界では『音』が必要不可欠。
日常だけでなく戦闘にも使えるその技能は、威力も精度も奏でる『音』の質に依存する。
そんな音に溢れる世界には、どの種族においても共通で人気の職がある。
それは…『楽士』。
ただの演奏ではなく、『音』をつなぎ合わせた特殊な旋律…『音楽』を奏でる事が出来る者だけが就ける役職だ。
『音楽』は『音』より強い威力の技能を扱えるだけでなく、味方の能力を一時的に上げたり逆に相手の力を奪ったり…優れた奏者なら傷を癒すことも出来るという特殊な効果を発動できる。
その特性故に、『楽士』の質と人数は国力においてかなり大きな影響を与えるのだとか。
さて、そんな『楽士』の中でも一握りの実力者しか就けないとされているのが王直属の楽団だ。
どこの国でも人気も人気な名誉職。
勿論"私"もそれに憧れて日々己の音を磨いている。の、だが…
「うぇぇぇぇん!また落ちたぁ…!!」
「あーらら…よしよし…」
私こと楽士見習いのミュゼット・フェローチェは、今回も楽士になるための一歩…昇級試験で落とされていた。
ここ、北の魔王ディヴェルト・コン・マエストーソ様がおさめる国…ラルガメンテにて、魔王様直属の楽士になるべく見習いとなって早数年…一向に"見習い"の文字が取れないまま時間ばかりが過ぎていく。
同じ学舎を出た同期達は皆何かしらの成果を出していく中、私だけが未だ何の成果も実績もないまま落ちぶれていた。
ちなみに、目の前で愚痴に付き合ってくれている友人も勿論成功者の一人だ。
「ミュー、これで何回目だっけ?」
「…見習いになってからは…五回」
「うわ…毎回出て毎回落ちてる感じか…」
「学生時代も合わせたらもっとすごいよ!」
「自慢するとこじゃないから」
「あいたっ!暴力はんたーい!」
小突かれた額を擦り、尖らせた口でストローを咥える。
「理由はいつもと同じ?」
「うん。"貴女の音は楽団に相応しくありません"ってさ」
「ミューの音は何というか…技術はピカイチだけど独特だからね」
試験は筆記と実技があり、実技は主に技術を見る独奏と適応力を見る楽団員数名との合奏の二種類が行われるのだが…私が落とされるのはいつも実技の二次診査。合奏なのだ。
理由はいつもワンパターンで、音色が皆と合わないからだとか。
よりシンプルに言うと…"うるさい"らしい。
「分かってたよ。どうせ今回も同じ評価なんだろうなーって。合奏の時、楽団員の人にまたあの騒音が来たぞって笑われたし」
「うげ…意地悪ぅ」
「まだ可愛い方だよ。酷い時は野蛮な音が移るとか、うるさいって後ろから蹴られたこともあったし」
「それでもめげないとか本当、ミューは凄いよね」
「めげない訳じゃないよ。しっかりがっつり落ち込んでる。でもね…」
私は己の内にしまわれている相棒を思い浮かべつつ、にんまりと悪魔らしく牙をちらつかせて笑った。
「ここまで来たらさ、私と相棒の音を認めさせたいじゃん」
小さい頃からの夢である楽士に憧れているのは勿論だけど、私は私の音でこの国の音楽を変えてやりたい。
私の音色こそ相応しいと言わせてやりたいんだ。
「ミューってさ、可愛い顔して獰猛だよね」
「なにそれ、音と一緒で粗暴ってこと?」
「違う違う。格好いいってこと」
「お、よく分かってるじゃん!そう、そう!私と相棒は格好いいんだよ!」
私の相棒はキラキラしたよく通る高音で歌う魔楽器である。
高らかに響くその音色はまさに主役に相応しい華を持っていて、どの魔楽器よりも目立つのだ。
自分で言うのもなんだけど、空を突き抜けるようでとにかく格好いい!
…だから"うるさい"って言われるんだろうけど。
「アタシはミューの音好きだからさ、頑張りなよ」
「うん、ありがとう!よぅし、また頑張るよ!」
「お、調子出てきたね。じゃ、アタシもミューに負けないようにそろそろ練習行ってくるわ」
「分かった。またね」
貴族お抱えの楽士である友人を見送って、少し早いけど私も見習いの仕事をしようと席を立つ。
「楽譜の整理と、手入れ用品の確認と…あ、ヤーニの種類を変えてくれって言われてたっけ」
やり慣れてしまった仕事を頭で並べながら、どこからか聞こえてきた音楽に耳を澄ませる。
あぁ、今の時間は楽団員が合奏しているんだっけ。
ゆったりとした優しい音楽は誰もが美しいと言って憚らない。
けれども私は、回りに誰もいないのを良いことにひっそり顔をしかめた。
私はいい子ちゃんなその音楽が嫌いだった。