3.天国の門をくぐれずに
「なんか寒くなっちゃった。」
ミルクは、ポチをグッと引き寄せ抱きかかえました。
「ポチはあったかいね。」
教会の外は雪が舞い、気温はどんどん下がっていきます。
「こんなところで寝ちゃダメだよ。」
ぺろぺろと頬を舐めるポチの舌が、やけに温かく感じ、ミルクのまぶたは、重くなっていきます。
「パトラッシュ、ボクなんだか疲れたよ。」
「ミルク、何言っているの?ボクの名前は、ポチだよ。」
そんなことを言いながら、目を閉じた2人の身体はだんだんと冷たくなっていくのでした。
上空で月が瞬く頃、ミルクとポチの体の上にふわりと羽が落ちてきました。
揺れるたくさんの羽の中を降りてきたのは、美しい天使のハチベェでした。
「かわいそうに。天国へ連れて行ってあげましょう。」
天使が右手を振ると、2人の身体は浮き上がり、神様の元へと向かいます。
天国の門の前では、門番のシモンが鍵をもって2人を待ち構えていました。
「シモン、この2人を天国へと連れていきたいのですが。」
美しい天使ハチベェが、シモンにそう告げます。
「いやいや、彼らを天の国に招くわけにはいかない。」
シモンは、手に持った1冊の分厚いリストを眺めると、冷たく言い放ちました。
「なぜです?かわいそうではないですかっ。」
少し怒った様子で、尋ねるハチベェに、シモンが告げます。
「彼らは、死の間際にも、盗みを働いた。このような罪を犯した者を天主の元に招くわけにはいかないのだ。地上に返しなさい。」
ハチベェは、途方に暮れてしまいました。
なぜなら、あまりに哀れな2人を地上に戻すことは、この天使にとってとてもつらいことだったからです。
頭の上の輪っかをくるくる回しながら悩むハチベェが、ふと雲の下を見下ろした時、あるお屋敷の様子が目に入りました。
「あぁ、そうだ。あそこがいい。」
再び、ミルクとポチの体を浮かび上がらせた天使は、一目散にそのお屋敷へと飛んで向かいます。
そう・・・それは、あのマリアの屋敷。
片付けが苦手な彼女の子供部屋には、いろいろな玩具が転がっていました。
「うん。ここなら2つくらい人形が増えても問題ない。」
そう呟いた美しい天使ハチベェがその手をそっと振ると、ポンッという音とともにミルクとポチは、布で出来た小さな人形に変身しました。
しかし、こんなに散らばったお部屋に、人形だけがキレイに並んでいるのは、少し不自然です。
そう思ったハチベェは、2人の人形をさかさまに置き直します。
そうしてハチベェは、人形になったポチの首輪に名前を入れようとして、ふと気づきました。
「あれ?この犬の名前は、ポチだった?パトラッシュだった?まぁいいや。」
なんということでしょう。
名前が分からなくなったポチの首輪に書かれたのは『イヌ』の2文字。
面倒になったハチベェが、名前を思い出すことをあきらめてしまったのです。
しかし、美しい天使ハチベェのうっかりは、これだけではありませんでした。
天使は、ミルクの胸に書く名前も間違えてしまったのです。
しかし、これを責めるのは少し酷かもしれません。
というのも、人形になったミルクの胸に名前を書くときに、彼女の頭のキズ・・・そう馬車を避けた時についてしまったソレです・・・あのキズが、ハチベェの目に入ってしまったのですから。
その人形の胸に書かれた文字は『ミルグ』。
最後の1文字にチョンチョンと点までつけてしまった天使は、満足した顔で天上の世界へと戻っていきました。
もう皆さんもお判りでしょう。
逆さになった「ポチ」と「ミルク」の人形。
この「イヌ」と「ミルグ」を逆さにした名前が、「ぬいぐるみ」の語源となったわけですね。
どうか、皆さんのお家のおもちゃ箱を覗いてみてください。。
見知らぬ女の子とイヌの人形が入っていませんか?
もしも、その女の子おでこにチョンチョンと2つのキズがついているならば、それはきっとミルクとポチが生まれ変わった姿に違いありません。
今度は、寒さに凍えてしまわないように大切にしてあげてくださいね。