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保安隊海へ行く 9

 日本庭園を抜けて正面に見える風情のある数奇屋作りの建物が露天風呂だった。女湯の中でははしゃぐ声がしているところから見て、まだブリッジ女性クルー達が入っているのだろう。誠は寂しさに耐えながら、静かな男湯の脱衣所に入った。

 ここもまた一流らしく落ち着いた木と竹で出来た壁面のかもし出す優雅なたたずまいを感じる脱衣所で服を脱ぎ、タオルを片手に風呂に向かう。

 中には二人の先客が湯船に浸っていた。一人は金髪の白人。もう一人はアジア系らしい。彼らは誠を見ると軽く会釈をした。会釈を返した誠の視線の中で、二人は誠にはわからないぐらいの早口の英語で談笑し始める。

 誠はとりあえず体を洗おうと洗い場に腰を落ち着かせる。なにやら背を向けた湯船の方で話し続ける二人の言葉が気になる。体を洗い終わり、頭から湯を浴びてシャンプーに手を伸ばす誠。

 しかし、時折聞こえる『シンゼン』という言葉から考えると、二人は誠のことを話し合っているようだった。知り合いに金髪の持ち主が出来たのは保安隊に配属になってからである。警備部員のマリア貴下の隊員達だが、彼等は話すとしたらロシア語かドイツ語である。

 以前、誘拐されかけた時のことを思い出したが、少なくとも誠から聞こえるような大声で話し合っているところから見て誠の拉致を狙っている組織の関係者という線は限りなく薄い。

 ともかくお湯でも楽しもうとシャワーを浴び終わって振り向いた時だった。

「神前誠曹長だね」 

 湯船から半身を乗り出して金髪の男が話しかけてきた。しかも流暢な日本語である。

「そうですけど……?」 

 誠はそそくさと湯船に足を入れる。二人の男はどこか親しげな姿を装うことを決めたかのような笑顔で近づいてくる。

「失礼した。私はアメリカ海軍特務大尉、ロナルド・J・スミスだ。まあその肩書きも数日で遼州保安隊付き特務大尉に変わる予定だがね」 

 握手を求めるロナルドの言葉に面食らった誠。静かに手に力を入れると、ロナルドは満足そうに微笑んだ。誠はただ唖然として手を握るだけだった。

「彼はジョージ・岡部中尉。同じく数日後には保安隊第四小隊の隊員としてお世話になることになる」 

 ロナルドの言葉を受けてゆっくりと右手を差し出すジョージ。どちらも筋肉質な体つきは歴戦の猛者といった風情があり、誠は圧倒されつつあった。

「第四小隊の噂は本当だったんですね?」 

 静かにそう言う誠に向かい、穏やかに笑うロナルド。

「君からすれば意外だろう。しかし、合衆国は遼州同盟の安定には強い関心を持っている。保安隊という存在も私という個人から言わせれば非常にユニークな存在だった」 

 ゆっくりと湯船を移動するロナルドとジョージ。誠はその後をついて湯船の奥の岩の一つにもたれかかった。

「そして近藤事件、その後の各方面への根回し。嵯峨惟基大佐と言う人物は実に奇妙な個性だ。そして君の活躍。正直、脱帽したよ。そして興味を持った」 

 静かにそう言うとロナルドはタオルを四つ折にして頭に載せる。誠がまず考えたのはこの会話がアイシャに聞かれた場合に始まる騒動のことだった。アイシャは二人を端末で撮影、そのままほぼすべての知人に『愛人と後輩。男同士の愛の行方』などの副題をつけて晒して回ることだろう。彼女を部屋に取り残した自分の決断の正しさを自覚して胸を撫で下ろす誠。

 そんな誠の考えなど知らないロナルドは言葉を続けた。

「今や君は有名人だ。遼州星系、地球やその他の植民惑星で軍属をしているものなら、君の名を知らないものはいないだろう。実際こうして出会えた私自身感動しているくらいなんだ」 

「そんなことは無いですよ」 

 褒めちぎるロナルドの言葉に誠は照れ笑いを浮かべた。

 もはや夕日は落ちていた。わずかに西の空に赤い色が残っているほかは、もう紺色の夜が辺りを支配しつつあった。

「しかし、日本語。お上手ですね」 

 じろじろと二人の男に見つめられるのに食傷してそう誠は話しかけた。

「ああ、日本に駐在していた期間が長いものでね。ちなみに岡部中尉は日本の……」 

「横浜生まれですよ」 

 『横浜』に力を入れるジョージ。誠は愛想笑いを浮かべてそれを受け流す。東和と同じ日本語文化圏の日本。当然だが一般庶民の誠にははるかに遠い世界だった。劣化コピーと呼ばれることが多い東和には無いプライドがあるのだろう。誠はそう思いながら心の中で『横浜』と言う言葉を繰り返し聞いていた。

「それにしても東和の気候は実に日本のそれに似ているものだな。しかも誰もが日本語を話し、顔も日本人と区別がつかない」 

 ロナルドはそう言って湯船の中で足を伸ばす。リラックスしているように見える彼だが、誠は後の上官と言うこともありゆっくり出来ずに彼の言葉に応えた。

「まあ遼州人は元々極東系アジア人と見た目では区別がつかないですから。僕も地球人の血はほとんど入っていないって、軍に入ったときの遺伝子検査で言われました」 

 その言葉に大きく頷く岡部。少しばかりその態度が気になる誠だが、黙ってお湯で顔を洗う。

「しかし、それ故に問題が起きる可能性が大きい」 

 誠から目をそらし正面を見据えたロナルドが自分自身に言い聞かせるようにそう言った。言いたいことはわかっていたが、自分では言うつもりは無い。そう言う表情のロナルドにつり出されるように口を開く誠。

「法術のことですね。おっしゃりたいことは」 

 誠を見つめてくるロナルドの視線は厳しい。一月前。胡州帝国海軍でも屈指のやり手であり、貴族主義者として知られた近藤忠久中佐の起こしたクーデター未遂事件。それがただのクーデターであれば誠は目の前の二人のアメリカ軍人と顔を合わせることは無かったろう。

 それはある一人の人物により政治的なデモンストレーションの舞台となった。

 嵯峨惟基。

 遼南新王朝の前皇帝であり、退位後は本人の『楽隠居する』と言う発言が多くの首脳部の疑心暗鬼を生み、ほとんど無理やり遼州同盟機構の司法実力部隊、通称『保安隊』の隊長を押し付けられた男。

 彼は公然の秘密とされ、誰もが表に出すことを憚っていた遼州人の特殊能力『法術』の存在を全銀河にアピールする舞台としてこの事件を選んだ。この東和にも1億の遼州系の血を多く受け継ぐ人々がいる。その中に誠と同じく法術を使うことが出来る人間がいる。これまで触れることすら避けられていたその事実を嵯峨は表ざたにし、その力の軍事利用を放棄する声明を大国に発表させることに成功した。

『あれだけの大芝居を隊長が打ったんだ。アメリカが動かない方がおかしいか』 

 誠は頭の中でそう思った。

「当然の話ですね」

 突然の岡部の言葉に誠はびくりと飛び上がる。

「岡部中尉。プライバシーというものがあるんだ。むやみに人の思考を読むのは止めたほうがいいな」 

 余裕のある態度でロナルドがジョージを制した。思念傍受。嵯峨も使えるどちらかと言えば微力な法術能力で発動可能な力。だがそれゆえに相手が自分の心を読んでいるかの確認が出来ず相手にすると厄介な法術だった。

「わが小隊の法術師、法術戦適応アサルト・モジュール、M10A5のパイロットは彼だ。岡部、君は仕事熱心なのは認めるが今の我々はオフなんだ。楽しく温泉を満喫した。それでいいじゃないか」 

 そう言うとロナルドは立ち上がった。ジョージも釣られて立ち上がる。

「それでは神前曹長。また会うことになるだろうがよろしく頼むよ」 

 そう言うと軽く手を振りロナルドは脱衣所へ消えていった。

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