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保安隊海へ行く 21

 昨日の要の怒鳴り声が耳からはなれない。そんな状態でゆっくりと目を開ける誠。ドアを叩きつける音にようやく気がついて起き上がると、そのままベッドから降りて戸口に向かう。太陽はまだ窓から差し込める高さではない。頭をかきながらドアを開けた。

「おせえんだよ!さっさと着替えろ!」 

 島田と菰田。珍しい組み合わせに誠は目を疑った。

「それとこいつ。返しとくぞ」 

 寝ぼけた目で菰田から渡された三冊の雑誌に目をやる。この前のコミケで買った18禁同人誌だと確認すると自然と意識が冴え渡った。

「どうしてこれを……」 

「あのなあ、お前がよこしたんだろ?部屋にあると野球部の女性陣に見つかるとか言って図書館に持ってきたじゃないか」 

 誠はようやく事態が飲み込めた。

 西館の二階の三つの空き間。そこは保安隊下士官男子寮に於いては『図書館』と呼ばれるエロの殿堂である。その手の雑誌、ゲームや動画のディスクなどが山ほど保存されている。

「あそこに来るんですか?西園寺さん達は?」 

「だから急いでるんだ。お前は少ないから良いがこいつは……」 

 含み笑いをしながら菰田を見つめる島田。

「うるせえ、とっとと着替えて来い!」 

 そう言うと菰田が力任せにドアを閉めた。確かに何度か入ったことがある秘密の部屋。その部屋の存在は入寮者以外には隠されていた。

 どこの部屋だろうが平気で歩き回るシャムやエロ本を見つけると階級を盾に横領するアイシャ。ましてや誠が入部したことを口実に明石と一緒にやってくる明華なんぞに見つかればどういう制裁が待っているかわからない。

 誠はとりあえずTシャツにジーンズと言うラフなスタイルで『図書館』に向かった。

「消臭剤はどうした!」 

「西が買いに行ってます!」 

「急げよ!島田!サラはどう動いてる」 

「さっき電話した時は起きたばかりだったみたいだから3時間くらいはどうにかなるぞ!」 

 まるで戦場である。島田と菰田が仕切り、茹でたてのウィンナーを食べながらその様子を見守るヨハンが駆け回る隊員達に握り飯を配ってまわる。『図書館』の中に入る。畳の下からダンボールを次々と運び出す管理部の面々。据えつけられた端末のコードを巻き取っているのは技術部員だ。

 しかし、それ以上に饐えた匂いが鼻についた。見たものの不信感を増幅させるような積み上げられたティッシュペーパーの箱。

「島田先輩。本当にここでいいんですか?」 

 誠はそう言いながら部屋を見渡す。正直この部屋にあの三人を入れるとなればどんな制裁が自分に加えられるかと想像しながら島田の表情を探る誠。

「大丈夫だって。この部屋の存在は寮の男子隊員共通の弱みだ。誰もこの部屋のことは知られたくないはずだからな」 

「そうよねえ。知られたくないわよねえ」 

 島田と誠が振り向いた先には満面の笑みのアイシャと、消臭剤を買ってきたばかりの西からスプレー缶を取り上げている要。そしてこめかみに指を当てあきれているカウラの姿があった。

「貴様等、ここに住めというわけか?」 

 見開いた目を島田と菰田に向けるカウラ。

「菰田ちゃん。そこのゲーム一山で手を打つってのはどうかしら。シンの旦那がこの部屋を見たら……さぞ面白いショーが見れそうね」 

 周りで呆然としている隊員を尻目にエロゲーを物色するアイシャ。

「アホだなオメエ等」 

 西から取り上げた消臭スプレーを撒き散らかしている要。

「それはですねえ……」 

 追い詰められた島田。じりじりと額に浮かぶ汗は暑さのせいではないだろう。

「間違えました!この下の階です!」 

 苦し紛れに叫ぶ島田。

「それにしちゃあずいぶん必死じゃねえか」 

 周りで冷や汗を流している隊員。彼らにとっては要は天敵である。とりあえずどうすれば彼女から逃げれるか必死に考えている姿は今の誠にも滑稽に見えた。

「ここじゃあ無いのならそこに案内してくれ」 

 額に手を当てたカウラの目線が誠に注がれ、彼もまた苦笑いを浮かべた。

「良いんですか?あそこって日が当たらないからカビとか……」 

「文句は言うな!他に部屋が無いんだからしょうがないだろ!」 

 誠に耳打ちする島田。菰田は複雑な表情で三人を案内する。一階の西館。日のあたらないこの部分は明らかに放置されていた区画だった。階段を下りるだけでもその陰気な雰囲気は見て取れた。

「島田、あご砕いて良いか?」 

 要はそう言いながら指を鳴らしている。カウラも半分はあきれていた。アイシャは『図書館』に未練があるように上の階を眺めている。

「大丈夫ですよ!ここは元々豊川紡績の女子寮だったんですから、西館には女子トイレもありますし……」 

「苦しい言い訳ね」 

 アイシャの声が陰気な廊下に響く。『図書館』の改装が無駄に終わることが決まった寮の住人がその後に続いて階段を下りていく。まずは一番階段に近い部屋。島田は鍵を取り出すと扉を開けた。

 意外にもカビの臭気は漏れてこなかった。島田を先頭に菰田、カウラ、要、アイシャ、誠。部屋に入るが奇妙な冷気意外は特に問題はなさそうに見えた。

「意外と良い部屋じゃねえか。西日が当たるのかね、畳が焼けてるみたいだけど……」 

「畳は近日中に入れ替えます!」 

 要の投げた視線に、悲鳴にも近い調子の島田の声が響いた。

「でも何でここじゃ駄目だったんだ?」 

 カウラは特に痛みもない壁を見回している。

「そうよねえ。あそこの匂いがそう簡単に取れるとは思ってなかっだでしょうに。ああ、要ちゃんはタバコを吸うから関係ないか」 

「一言多いんだよ!馬鹿が」 

 要はそう言うといつものようにアイシャの腿を蹴り上げる。

「蹴ることないでしょ!」 

 太ももを押さえながら要をにらみつけるアイシャ。

「島田先輩。もしかして……」 

「幽霊が出るって言う落ちはつまらねえから止めとけよ」 

 天井からぶら下がる蛍光灯に手を伸ばす要。

「やっぱりその落ち、駄目ですか?」 

 開き直った島田がドアを蹴飛ばしている。 

「やっぱりそうなのね」 

「もう少し面白いネタ用意してくれよ。つり天井になっているとか」 

「それのどこが面白いんだ?」 

 三人に日常生活を破壊されている誠から見れば、アイシャ、要、カウラの発言は予想通りのものだった。

「島田准尉、言ったとおりじゃないですか。この三人がそんなこと気にするわけないって」 

 そう言いながら西は買ってきた消臭スプレーを撒いて回る。 

「飯の用意できたぞ!来いよ」 

 食事当番のヨハンが声をかけに来た。

「アタシ等のはあるか?」 

「ああ、島田と菰田の分を回したから大丈夫ですよ」 

「中尉……そんな……」 

 島田ががっくりとうなだれる。

「自業自得だ。コンビニ弁当でも買って食え」 

 そう言うと食堂に向かうヨハン。

「そんな金ねえっての!」 

「サラに買ってきてもらえば?」 

 アイシャの言葉を聴くと、島田は携帯を持ってそのまま消えていく。

「すまんなあ菰田。アタシ等は飯食ってくるから掃除の段取りとか考えといてくれや」 

 うなだれる菰田の肩を叩きながら要率いる一行は食堂を目指した。

「飯付きか……やっぱ良いよな。ヨハン、当然ウィンナー出るんだろ?」 

「朝食はリゾットです。軽く食べれるのが良いんですよ」 

 巨漢を震わせながらヨハンが笑う。要は絶望したと言うように肩を落とす。

「シュペルター中尉のリゾットは結構旨いのよ。アンタも食べてみれば目からうろこが落ちるわよ」 

 そう言うとヨハンの肩を叩くアイシャ。だが要は思い出したようにきつい視線でアイシャをにらみつける。

「おいアイシャ、いつの間にこいつの料理を食ったんだ?」 

「コミケの準備の時、時々誠ちゃんのところにお邪魔してね。その時、夜食で作ってもらったのよ」 

「なんだと!」 

 誠が振り向くと、カウラが叫んでいるところだった。すばやく襟首をつかもうとするカウラ。要が気を利かせてその手を止める。

「そいつはアタシの役目なんだ。アイシャ。もしかしたら誠の部屋に泊まったとか言わねえよな」 

「そうだけど何か?」 

 今度は要が殴りかかろうとしたのをカウラが止める。

「ああ、サラとパーラも一緒よ。まったく二人して何やってんだか」 

 そう言うと食堂に入るアイシャ。殺気立っている要とカウラを刺激しないようにしながら誠も入ってくる。ヤコブ、ソンと言ったヒンヌー教徒からの痛い視線を避けて通路を歩くカウラ。

「いい身分じゃねえか、うらやましいねえ」 

 トレイを手にしながらタレ目を際立たせる要。彼女が食堂中を見回るが、多くの隊員は三人を珍しそうに眺めている。

「それにしても……むさくるしいところねえ」 

 そういいながらまんざらでもない表情のアイシャが厨房の前のトレーを手にする。そして椀に粥を取るとピクルスを瓶からトレーに移す。

「ったく朝から精進料理かよ、タコ中でも呼ぶつもりか?」 

 一汁一菜と言った風情の食事を見つめる要。

「必要なカロリーは計算されているはずだ、不満だったらそれこそコンビニで買ってくれば良い」 

 すべてをとり終えたカウラがそのまま近くの席に座る。自然に誠がカウラの隣に座ったとたん、一斉に視線が誠に突き刺さってくる。さらにアイシャが正面に、反対側には要が座った。

 三人とも別に気にすることも無く黙々と食事を始めた。誠は周りからの視線に首をすくめながら、トレーに入れた粥をすくった。

「いい身分だな」 

 コンビニの弁当を下げた菰田が食堂に入ってくる。誠は苦手な先任曹長から目を逸らす。管理部は保安隊でも異質な存在である。隊舎の電球の交換から隊員の給与計算。はたまた所轄の下請けでやっている駐車禁止の切符切りの時に要が乱闘で壊した車の請求書の整理まで、その活動範囲が広い割にあまり他の隊員との接触が無い。

 野球部員という以外に接点の無い菰田とはあまり口も利くことが無い。

 さらにいつもカウラと一緒に行動していると言うことで、島田やキムからかかわらないように言われていることもあってヒンヌー教の教祖と言う以外のイメージがわいてこない。

「リゾットねえ、確かにシュペルター中尉のそれは絶品なんだよな」 

 菰田はそのままコンビニの袋から握り飯を取り出して包装を破る。

「そうだな。これはなかなか捨てたものじゃない」 

「そうでしょベルガー大尉!」 

 我がことのようにカウラに視線を移す菰田。だがすぐにカウラの顔が誠を見ていることに気づいて視線を落とす。

「シーチキンかよ。男ならそこで梅干じゃねえのか?」

 要は菰田の買ってきたコンビニの握り飯を指差す。 

「西園寺さんが食べるわけじゃないでしょ?好きだから仕方が無いんですよ」 

 そう言って握り飯にかぶりつく菰田。

「残りは明太子と高菜ねえ、いまいちぱっとしないわね」 

「クラウゼ少佐。余計なお世話です」 

 アイシャの茶々をかわすとテーブルに置かれたやかんから番茶をコップに注いでいる菰田。

「そう言えば部屋なんですけど、三つのうちどこにしますか?」 

 明らかにアイシャと要を無視してカウラに話しかける。

「私は別にこだわりは無いが」 

「それじゃあお前が一番奥の部屋な」

 そう言って粥を口に運ぶ要。その表情は明らかに量が足りないと言う不機嫌なものだった。 

「じゃあ私が手前の……」 

「テメエだといつ誠を襲うかわからねえだろ?アタシがそこに……」 

「それはやめるべきだな。アイシャより西園寺の方が危ない」 

「どういう意味だ!カウラ!」 

 完全に菰田のことを忘れてにらみ合うカウラと要。

「やめましょうよ。食事中ですし」 

 誠のその言葉でおとなしく座る二人。そんな二人の態度。誠の言うことは聞くカウラと要。痛い視線を感じて振り返った誠の目の前に、嫉妬に狂うとはどういうことかと言う見本のような菰田の顔があった。

「おいおい、新人いじめるなんて。先任曹長だろ?一応は。見苦しいねえ」 

 そこに入ってきたのはキムだった。続いてエダが食堂に入る。キムは小火器管理責任者で隊の二番狙撃手。そして一応は少尉と言うことで量ではなく近くのアパートで暮らしている。島田とは馬が合うので寮で人手が必要になるとこうして現れることが多かった。

「余計なお世話だ」 

 そう言いながら菰田は高菜の握り飯に手をつけた。

「神前君、いじめられなかった?」 

 エダが正面に座り、その隣にキムが座る。島田派と言われるキムの登場でヒンヌー教徒の刺すような視線が止んで誠は一息ついた。

「いいっすねえ、お三方とも。部屋代かなり浮きますよ。俺もここに住みたいんですが口実が無くってねえ」 

 そう言いながらキムはコンビニの袋からサンドイッチを取り出す。それにあわせてエダがコーラのボトルを取り出した。

「そうよねえ。この部屋の賃料なら近くにロッカールーム借りても今の半分の値段だもの」 

 アイシャはゆっくりとリゾットをすする。

「しかし、島田の奴。将校に昇進したくせに何でここを出ないんですかね」 

「それは俺へのあてつけか?」 

 隣のテーブルにはいつの間にかヨハンが座っていた。

「シュペルター中尉は良いんですよ」 

 キムはそのまま誠達に向き直る。

「おい、キム。何しに来たんだ?」 

 高菜の握り飯を手にする菰田は明らかに不機嫌そうに見えた。

「決まってるじゃないですか。島田の馬鹿が手を貸せっていうもんで来たんですよ」 

「島田ねえ……」 

 そう言いながら高菜の握り飯を飲み込む菰田。

「そういえばグリファン少尉が来てないですね」 

「サラか?あいつは低血圧だからな」 

 リゾットを満足げに食べる要。携帯をいじっているアイシャはサラとパーラに連絡をつけるつもりだろう。周りを見れば当番の隊員達が食器を戻している。

「キム、また有給か?残りあるのかよ」 

「西園寺さんに心配されるほどじゃないですよ」 

 そう言うとキムはほおばっていたサンドイッチをコーラで胃に流し込んだ。

「サラとパーラなら駐車場まで来てるって。島田の馬鹿がメンチカツ弁当じゃなきゃ嫌だとか言ったもんで5件もコンビニ回って見つけてきたって怒ってたわよ」 

 携帯をしまうアイシャ。要はその隣で含み笑いを浮かべていた。

「すいませんねえ、待っていただいちゃって」 

 島田、サラ、パーラが出勤しようとする当番隊員を押しのけて入ってくる。

「別に待ってなんかいねえよ」 

 そう言いながらトレーの隅に残ったリゾットをかき集める要。カウラは散々文句を言いながら旨そうにリゾットを食べる要をいつものような冷めた目で見ている。

「ちゃんとおやつも買ってきたよ」 

 サラが机の上にポテトチップスの袋を置いた。さらに島田、パーラも手一杯の菓子やジュースをテーブルに広げる。

「ちょっと弁当食いますから。ジュン!後のことは頼むわ」 

 コンビニ弁当を広げる島田。愛称のジュンと呼ばれたキムはやかんから注いだ番茶を飲み干すと立ち上がった。

「じゃあ自分等は掃除の準備にかかります」 

 キムはエダ、そして食堂の入り口で待っている西をつれて消えた。

「誠、食い終わったか?」 

 番茶をすする要の視線が誠を捕らえる。

「まあどうにか。それじゃあ島田先輩、僕達も行きますよ」 

「頼むわ。すぐ追いつくと思うけど」 

 誠は島田の弁当を見て驚いた。もう半分以上食べている。

「島田先輩、よくそんな速度で食えますね」 

「まあな。俺等の仕事は時間との戦いだからな。神前もやる気になれば出来ると思うぞ」 

 一口でメンチカツを飲み込む島田。

「そんなことはどうでも良いんだ。サラとパーラ。ヨハン達を手伝ってやれよ。それじゃあ行くぜ」 

 立ち上がった要は、トレーをカウンターに持っていく。

「私達の分も持ってってくれたら良かったのに」 

 そう言いながらカウラと誠のトレーを自分の上に乗せ、カウンターまで運ぶアイシャ。

「別にそれくらいで文句言われることじゃねえよ」 

 要は頭を掻いた。

「それじゃあ行くか」 

 立ち上がったカウラと誠。ようやく決心がついたとでも言うように、菰田とヒンヌー教徒もその後に続く。

「菰田達!バケツと雑巾もう少し物置にあるはずだから持ってきてくれ」 

 食堂の入り口から覗き込んでいるキム。仕方が無いという表情で菰田、ヤコブ、ソンが物置へ歩き始めた。

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