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保安隊海へ行く 13

「んだ。暑いなあ。やっぱ島田辺りに押しつけりゃ良かったかな」 

 焼けたアスファルトを歩きながら要は独り言を繰り返す。海からの風もさすがに慣れてしまえばコンビニの空調の効いた世界とは別のものだった。代謝機能が人間のそれとあまり無い型の義体を使用している要も暑さに参っているように見えた。

「やっぱり僕が持ちましょうか?」 

 気を利かせた誠だが要は首を横に振る。

「言い出したのはアタシだ、もうすぐだから持ってくよ」 

 重さよりも汗を拭えないことが誠にとっては苦痛だった。容赦なく額を流れる汗は目に入り込み、視界をぼやけさせる。

「ちょっと休憩」 

 要がそう言って抱えていたビールの箱を置いた。付き従うようにその横に箱を置いた誠はズボンからハンカチを取り出して汗を拭うが、あっという間にハンカチは絞れるほどに汗を吸い取った。

「遅いよ!二人とも!」 

 呆然と二人して休んでいたところに現れたのはピンク色のワンピースの水着姿のサラ、紫の際どいビキニのパーラ、そしてなぜか胸を誇張するような白地に赤いラインの入った大胆な水着を着たレベッカまでがそこにいた。要はレベッカの存在に気づくとサングラス越しに舐めるようにその全身を眺める。

「おい、サラ。なんでこいつがいるんだ?」 

 不機嫌に指を刺す要。その敵意がむき出しの言葉に思わずレベッカが後ずさる。

「そんな言い方無いじゃないの!ねえ!」 

 サラは口を尖らせて抗議する。レベッカはにらみつけたままの要に恐れをなしてパーラの後ろに隠れた。

「おいサラ。それ持っていけ。アタシも着替えるわ」 

 そう言うとそのまま四人を置いて歩き出す要。ビールの缶が入ったダンボールが三箱。それを見つめた後去っていく要に目を向けるサラ。

「そんなの聞いてないよ!」 

 彼女は絶望したように叫ぶが軽く手を振って振り向くことも無く歩いていく要。

「僕が二つ持ちますから、あと一箱は……」 

「いいのよ神前君。あなたも着替えてらっしゃいよ。レベッカさん。荷物置き場まで誠君を案内してもらえるかしら」 

 パーラのその言葉にようやく誠の前に出てきたレベッカ。肩からタオルでごまかしているものの、どうしても誠の視線はその胸に行った。

「じゃあ神前君。こっちです」 

 案内すると言うにはか細すぎる声で誠の前を行くレベッカ。

「シンプソン中尉……」 

 誠が声をかけるとビクンと震えてから振り返る。おどおどしていた彼女もとりあえず要ほどは怖さを感じないのかようやく普通の表情に戻って誠を見上げてきた。

「あの……レベッカの方が呼ばれなれてるから……」 

 相変わらず消え入りそうな声で答えるレベッカ。

「じゃあレベッカさん。技術章を付けてらしたと言うことは、配属は技術部ですか?」 

 誠の言葉にようやくレベッカは安心したような表情を浮かべた。

「ええ、M10の運用経験者は保安隊にはいらっしゃらないそうですから私が担当することになります」 

 それでも声は相変わらず小声でささやくように話すのは彼女の癖のようだった。

「じゃあ島田先輩とかの上司になるんですか?」 

「島田さんは先任士官ですから、階級は私の方が上ですが私は副班長を拝命することになります」 

 相変わらずレベッカの声は波の音に消え去りそうになるほど小さい。二人して彼女は堤防の階段を登るとそこでは菰田と島田が怒鳴りあっている光景が目に飛び込んできた。

「うるせえ!魔法使い!そんなだから彼女も出来ねえんだよ!」 

 島田が菰田に吐き捨てたタンカ。

「馬鹿野郎!俺はまだ30超えてねえんだ!」 

「あと四年だろ?」 

 島田が優勢に口げんかを続ける。二人が犬猿の仲だと分かっている部隊員達は静かに動静を見守っている。

「誠君。はい、このバッグでしょ?」 

 笑いながら小夏の母、家村春子が誠にバッグを手渡した。

「大丈夫ですか?あの二人」 

 誠はやんやと煽り立てる隊員達を見守っているただ一人冷静そうな春子に尋ねた。背中にこの喧嘩に怯えて誠にしがみついているレベッカの胸が当たる。

「大丈夫よ。二人とも手を出したらカウラさんとリアナさんにしめられるの分かってるから。どうせ口だけよ」 

 春子は落ち着いていた。東都の暴力団の幹部の愛人だったと言う過去のある彼女から見れば、島田と菰田の言い争いなど子供の喧嘩にしか見えないんだろう。誠はそう思いながらバッグを抱えて近くにあった海の家へと歩き始めた。

 そこでもまだレベッカは島田達の怒鳴りあいにおびえているように左腕にしがみついていた。

「あのー」 

 立ち止まって振り向く誠。

「はい?」 

 レベッカが不思議そうに答える。

「これから着替えるんで、一人にしてもらえますか?」 

 自分の手と誠の顔を何度か見やったあと、顔を赤くして手を離すレベッカ。

「すいません!それでは!」 

 慌てふためくように戻っていく。

「神前君!」 

 名前を呼ばれて振り向けば、そこにはカキ氷を食べているリアナの姿があった。隣では健一がリアナと同じ苺金時を、カウラはメロン、アイシャはブルーハワイを食べていた。

「見てました?」 

「人気者だな」 

「これなんてエロゲ?」 

 カウラ、アイシャは冷たく誠を一瞥すると、カキ氷を食べ続ける。

「違うんです!」 

 叫ぶ誠。

『何が?』 

 夫婦でシンクロして誠を見つめてくる鈴木夫妻。

「言い訳はいい」 

 冷静に答えるカウラ。こめかみの辺りに青い筋が浮かんでいてもおかしくないような形相だった。 

「誠ちゃんはこれからフラグクラッシャーと呼びましょうよ」 

 明るく話す分だけ恐ろしさが増すアイシャ。 

「だから!」 

「だからなんだよ」 

 背中からの声に誠が振り向くとその先には誠が選んだことになっているきわどい水着を着た要が立っていた。

「西園寺さん、いつからいました?」 

 自分で言葉を確かめながら誠が言葉を発する。額を走る汗は暑さがもたらすものでは無かった。

「オメエがあのおっぱいお化けと腕組んで歩いてる所くらいからか」 

 視線をカウラ達に投げる誠。四人とも誠がそこにいることを無視してカキ氷を食べている。

「怒ってますか?」 

 誠は恐る恐るたずねる。

「いや、別に怒る必要のあることなのか?所詮お前はアタシの部下の一人に過ぎないし」 

 明らかに感情のこもっていない言葉。そんな要を見つめる誠は手のひらに汗がにじんでくるのを感じていた。

「言っちゃったー。ご愁傷様ねえ誠ちゃん」 

 わざと誠達に聞こえるように話すアイシャ。要がそのまま無視して誠から離れようとしたところで、突然誠の視界から要が消えた。

「スーパーキックだ!見たか!悪者め!」 

 代わってそこにはシャムがいた。誠が視線を落とすと、顔面から砂に突っ込んだ要の姿が見える。

「外道!参ったか!」 

 小夏の叫び声。しかし、誠にとってはシャムと小夏の着ている水着が衝撃的であった。

「シャム先輩。その水着は……」 

 思考停止。予想はしていたが二人を見て誠の頭は完全に止まっていた。

「そう!海と言えば、スクール水着!当然胸には白い名前コーナーをつけて、当然黄色いキャップは忘れずに!」 

 そう言って倒れている要の上で胸を張るポーズのシャム。

「神前の兄貴!アタシもおそろいですよ!」 

 元気に言葉を引き継ぐ小夏。

『3−2 なんばるげにあ』、『2−3 家村』。胸に踊る手書きのネーム。

「やっぱりシャム先輩が年上の設定なんですね」 

 あきれ果てていた誠だが、とりあえずそう言ってみる。

「違うよ!誠ちゃん。アタシは小学生の……」 

 シャムの姿がまた消えた。そこに立っていたのは砂にまみれた要だった。

「いつまで乗ってんだ!このアホ餓鬼が!」 

 跳ね飛ばされたシャムだが、受身を取ってすばやく体勢を整える。要は顔から胸にかけて付いた砂を払いながら、シャムをにらみつけた。

「人に砂浜とキスさせたんだ!ただで帰れると思うなよ」 

 そう言って指を鳴らしてじりじりとシャム達に歩み寄る要。

「師匠!どうしましょう。外道はまだ健在ですよ」 

「そう言う時はね!小夏」 

 シャムは浮き輪を手にじっと要と相対する。

「逃げるのよ!」 

 ちょこまかと人ごみの中に逃げ込んでいく二人。

「待てよ!こら!」 

 条件反射のようにそれを追い始める要。誠は胸をなでおろすと、海の家の更衣室に向かった。

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