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保安隊海へ行く 11

 ホテルの地下はまるで雰囲気が違った。上の階の華やかな落ち着きと違うどちらかと言えば危険な香りがする落ち着いたたたずまい。案内板を見ればシャムなどがドンちゃん騒ぎをしていた場所とは隔離されているようで、実に静かな雰囲気のバーに要が向かう。

 店には客はいなかった。それでも一人年配に見える女性ピアニストがジャズを弾き続けていた。要は笑顔を振りまくピアニストに微笑みかけた後、ドレスのスカートを翻すようにしてカウンターに腰掛けた。黙って見つめる要の隣の席に当然のように座る誠。誠はあまりにも自然で自分でも不思議な感覚にとらわれていた。

「いつもの頼む」 

 慣れた調子でバーテンにそう言うと、要は手袋を脱ぎ始めた。バーテンはビンテージモノのスコッチを一瓶と氷が満たされたグラスを二つ、二人の前に置いた。

「柄にもねえことするからだな。罰が当たったんだな。そう思ってんだろ?」 

 要はそう言いながら氷の満たされたグラスを手にした。乱打するような激しい曲が終わり、今度は静かなささやきかけるような演奏が始まった。

「そんなこと無いですよ!僕が、その……ええと……」

 言い訳をしようとする誠にいつものどこか陰のある笑みで応える要。誠は申し訳無さそうに顔を上げる。そんな彼を首を横に振りながら要は見つめる。 

「気にすんなよ。アイシャの口車に乗ったアタシが馬鹿だったんだ」 

 スコッチが注がれた小麦色のグラス。要はそれを手に取ると目の前に翳して見せた。そして静かに今度は誠を見つめる。誠も付き合うようにして杯を合わせた。ピアノの響きは次第にゆったりとしたリズムに変わっていく。誠とさして歳が違わないように見えるバーテンは静かにグラスを磨きながらピアノ曲に浸っているように見えた。

「言い出したのはやっぱりアイシャさんですか」 

「まあな……あのアマ」 

 多くは語りたくない。そんな雰囲気で言葉を飲み込みながらスコッチを舐める要。なじんだ場所とでも言うように店に並ぶ酒を見つめる要。その目は安心したと言う言葉のために有るようにも見える。誠はそう思いながら苦いスコッチを舐める。舌に広がるアルコールの刺激。それを感じてすぐにグラスをカウンターに置いた。静かな曲は日が暮れるように自然に沈黙に引きずられて終わりを迎える。

「済まないな、暇で。今日はアタシの貸切みたいなもんだから」 

 要がバーテンに声をかけた。バーテンは落ち着いた笑みを浮かべ首を横に振る。そして要は再びグラスをかざして中の氷が動く様をいとおしげに見つめていた。

「やっぱこっちのほうが合うぜ、アタシは。ああいう世界が嫌いで軍に入った癖に、三つ子の魂百までってのは本当だな」 

 要にはワインよりもスコッチの水割りのほうが似合う。誠も同じ意見だった。今の要の姿はまるで舞踏会を抜け出したじゃじゃ馬姫のようだ。その方が彼女にはふさわしい。口には出さないが誠は要を見ながらそんなことを考えた。

「でもリアナ中佐は喜んでたじゃないですか。人によるんですよ」 

 そんな誠のフォローに心底呆れたような表情で彼を見つめる要。

「お姉さんが喜んでもな……」 

 ふと見た要の顔に悲しげな影がさしているように誠には見えた。

「やっぱりあれですか、西園寺さんはああいった食事をいつも食べてたんですか?」 

 誠は話題が思いつかずに地雷になるかも知れないと感じながらそう言った。

「うちは和風……と言ってもお袋は料理なんか出来ないから、全部家政婦や食客任せだけどな。まあ一応政治家の家庭って奴だからああ言うパーティーには餓鬼の頃から出てたのは確かだけど」 

 そう言ってまた一口、ウィスキーを口に含む要。高音域をメインとしたやさしいピアノ曲が流れる。

「うちの母は料理が趣味でしたから。まあ和風と言えば和風の料理ですけど、時々お試し料理と言ってなんだかよく分からない料理を食べさせられることも結構ありましたけどね」 

 誠も付き合うようにグラスを傾ける。その姿に要は時折本当に安心したときにだけ見せる笑顔を誠の前で見せる。

「確かにお前のお袋の料理は旨いよ。この前アイシャにコミケつき合わされたときに出た里芋の煮っ転がしなんて料亭に出せるくらいだったもんな」 

 二週間ほど前、東都の下町にある誠の実家の剣道道場を借り切ったお祭り騒ぎのことを思い出した。そのときに見れたいつもの笑顔が要の中に見えた。誠はそれがうれしくて要の空になったグラスに酒を注いだ。

「来年はシャム達の方に顔出すか」 

 ようやく吹っ切れたように要は伸びをした後、誠が注いだグラスを口元に運んだ。一端止んだピアノの音が復活を宣言するかのように激しい曲を奏で始めた。

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