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保安隊海へ行く 10

「風呂行ってきたのか?」 

 部屋に戻った誠を待っていたのは黒い礼服のネクタイを締めている島田と、鏡を見ながら髪を整えているキムだった。

「何ですか?何かあるんですか?」 

 誠は状況が読めずに、思わずそんな言葉を口に出していた。そんな誠の言葉に思わず顔を見合わせる二人。

「そりゃあ西園寺大公家御令嬢主催のささやかなパーティーに出るためだよ。聞いてなかったのか?礼服持参とちゃんと言われてたろ?」 

「島田先輩。礼服って東和軍の儀仗服のことじゃないんですか?」 

 そんな誠の言葉に島田とキムは顔を見合わせて大きくため息をつく。

「お前なあ。俺達は遊びに来てるんだぞ?仕事を想像させるようなもの着るかよ。それともあれか?礼服の一着も持ってないわけじゃないだろうな」 

 島田がそう言うと誠はうつむいた。大きなため息が島田の口から漏れる。

「島田、いいじゃないか。どうせ身内しかいないんだ。とりあえず着替えろ。俺達は先に行ってる」 

 そう言うとキムと島田は部屋を後にした。誠はバッグの中から濃い緑色の東和陸軍の儀礼服を取り出した。

「なんだかなあ」 

 そう言いながら服を着替える。窓の外はかなり濃い紺色に染まり始めている。ワイシャツに腕を通し、ネクタイを締めた。

『アメリカ海軍か』 

 先ほどの二人のことを思い出していた。近年、東和軍と地球各国との人的交流は比較的盛んである。アサルト・モジュールの運用に関しては東和軍はその導入時期が極めて早かったことから、各国の上下を問わず、かなりの数の軍属が研修目的で所属することは珍しい話ではない。また、保安隊と言う部隊の持つ司法機関直属実力行使部隊と言う性格は、遼州星系で活動する上で非常に便利な身分でもあることは誠でも分かった。

 司法執行機関の隊員としての出向と言う形ならば政治的に角が立つことも無い。そしてその部隊の隊長は遼州一危険な男とも呼ばれる嵯峨惟基である。監視と言うことで国内の反遼州派の勢力に対する言い訳にもなった。

『まあいいか』 

 結局は嵯峨の思惑次第だと諦めて、誠はベルトをきつく締めながら部屋から出かけることにした。

 廊下を出てエレベータルームに向かう誠。

「桔梗の間か」 

 そう独り言を言って上昇のボタンを押す。静かに開くエレベータの扉。誠は乗り込んで五階のボタンを押した。上昇をはじめるエレベータ。四階を過ぎたところで周りの壁が途切れ展望が開ける。海岸べりに開ける視界の下にはホテルや土産物屋の明かりが列を成して広がる。まだかすかに残る西日は山々の陰をオレンジ色に染め上げていた。

 誠はエレベータのドアが開くのを確認すると、目の前に大きな扉が目に入ってきた。『桔梗の間』と言う札が見える。誠はしばらく着ている儀礼服を確認した後、再び札を見つめた。

「ここで本当にいいのかな」 

 そう言って扉を開く。一気に視界が開けた。天井も壁もすべて濃い紺色。よく見ればそれはガラス越しに見える夜空だった。だが誠が驚いたのはそのことではなかった。

 その部隊のハンガーよりも広いホールに二つしかテーブルが無い。その一つの青いドレスの女性が手を上げている。よく見るとそれは要だった。誠は近づくたびに何度と無く、それが要であると言う事実を受け入れる準備を始めた。

 白銀のティアラに光るダイヤモンドの輝き。胸の首飾りは大きなエメラルドが五つ、静かに胸元を飾っていた。両手の白い手袋は絹の感触を伝えている。青いドレスはひときわ輝くよう、銀の糸で刺繍が施されている。

「神前曹長。ご苦労です」 

 いつもの暴力上司とは思えない繊細な声で語りかける要。驚きに身動きが取れなくなる。だが明らかにそのタレ目の持ち主が要である事実は覆せるものではなかった。

「レディーを待たせるなんて、マナー違反よ」 

 その隣で髪の色に合わせた紺色の落ち着いたドレスのアイシャ。彼女はそう言うと自分の隣に座るカウラに目をやる。カウラも誠と同じく、東和陸軍の儀仗服に身を包んでいた。

 もうひとつのテーブルには島田、サラ、キム、エダ、そして鈴木夫妻が腰をかけて誠の方を見つめていた。

「あのー、他の方々は?」 

 誠がそう言うと要がいつもと明らかに違う、まるでこれまでの要と別人のように穏やかに話し始めた。

「ああ、ナンバルゲニアさん達ですわね。彼女達はこういう硬い席は苦手だと言うことで地下の宴会場で楽しんでいらっしゃいますわ」 

 アイシャ、カウラ。二人は明らかに笑いをこらえるように肩を震わせている。確かにいつもと同じ顔がまるで正反対の言葉遣いをしている様は滑稽に過ぎた。思わず誠も頬が緩みかける。

「TPOって奴だ。笑うんじゃねえ」 

 声のトーンを落とした要がいつもの下卑た笑いを口元に浮かべて二人をにらみつけると、その震えも止まった。

 黒い燕尾服の初老のホテルマンが静かに椅子を引いて誠が腰掛けるのを待っていた。こういう席にはトンと弱い誠が、愛想笑いを浮かべながら席に着く。

「神前曹長。もっとリラックスなさっても結構ですのよ」 

 そんな要の言葉を聴くと一同がまた下を向いて笑いをこらえている。誠は笑いを押し殺すと、正面の要を見つめた。いつもの『がらっぱち』と言った調子が抜けると、その胡州四大公家の跡取り娘と言う彼女の生まれにふさわしい淑女の姿がそこに現れていた。

 ドアが開き、ワインを乗せたカートを押すソムリエが二人とパン等を運ぶ人々が入ってくる。誠は生でソムリエと言うものを初めて見たので、少しばかり緊張しながらその様子を見ていた。要の隣に立った彼は静かに要に向かってワインの銘柄と今日の料理との相性について語りかける。

『何語を話しているんだ?』 

 誠は専門用語が入り乱れる二人の会話を聞きながら戸惑っていた。それはカウラやアイシャも同じようで、少しばかり退屈したように、給仕によって目の前のテーブルが食事をする場らしい雰囲気になっていく様を見つめていた。ソムリエは静かにカートの上に並んだワインの中から白ワインを取り出すと栓を抜いた。

 いくつも並んでいるグラスの中で、一番大きなグラスに静かにワインを注いで行く。誠、カウラ、アイシャは借りてきた猫の様に呆然のその有様を見続ける。

「皆さんよろしくて?」 

 要が白い手袋のせいで華奢に見える手でグラスを持つとそれを掲げた。

「それでは乾杯!」 

 アイシャがそう言ってぐいとグラスをあおる。

「アイシャさん!ワインは香りと味を楽しむものですのよ、そんなに急いで飲まれてはこのひとつの……」 

 説教。しかもいつもの要なら逆の立場になるような言葉にアイシャが大きなため息をついて要に向き直った。

「要ちゃんさあ。いい加減そのお嬢様言葉やめてよ。危うく噴出すところだったじゃないの!それにこういう時は一気に飲めって言ってるのはだれ?え?」 

 隣のテーブルの島田達は完全に好き勝手やっているのがわかるだけに、アイシャのその言葉は誠には助け舟になった。

「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!」 

 これまでの姫君らしい言動から、いつもの要に戻る。ただし、話す言葉はいつもの要でも、その落ち着いた物腰は相変わらず大公令嬢のそれであった。

「誠!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる」 

 言葉はすっかりいつもの要に戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのは要だと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。

「そう言うものですか……」 

 そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。

「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?……どう?誠ちゃん。お嬢様から告白された感想は」 

 アイシャの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認して要が目を伏せた。

「ありえない話はしない方が良い」 

 珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。

「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……」 

 明らかに焦って見える要だが、スープを掬うしぐさはテレビで見る胡州貴族のご令嬢のそれだった。

「それじゃあ私達も必要よね、そんな経験。お願いするわ、お嬢様」 

 皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアイシャはワインを飲み干した。

 そんな彼らの意思とはかかわり無く、料理が並べられ、饗宴は続いた。しかし、誠にはどうもしっくりしなかった。要はさすがに手馴れた調子で黙々と食事をし、それなりに楽しんでいるように見えた。カウラも誠と同じくこのような席には似つかわしくない自分に気がついたようで、言葉も出ずに食事を続けている。アイシャは要に対抗心を持っているのか、要の作法をワンテンポ遅れて真似しながらフォークとナイフを動かしている。

「誰か話せよ。つまんねえじゃねえか?」 

 要は言葉ではいつもの調子に戻っているが、その優雅で手馴れた所作はいつもの彼女とは明らかに別人のそれのように見えて、誠は呆けながら見とれていた。

「なんだ、神前。アタシの顔になんかついてるか?」 

 珍しそうな誠の視線に気づいた要から目を反らす。それを見ると静かにナイフとフォークを動かして食事を続ける要。

「気味が悪いんじゃないの?アンタがそうやってお上品に食事をしている様が!」 

 アイシャがわざと嫌味をこめて要に食って掛かる。

「そんなこと無いですよ!楽しんでますよ、なんと言ってもこの鯛のマリネとか……」 

 そう言って誠はかすかにレモンの香る鯛のマリネを口に放り込んだ。味は悪くない。それ以上に誠は要の機嫌が気になっていた。

「それならいいがな」 

 要はそう言うと隣の席の面々のほうを見た。島田はサラやエダ、リアナに向かって法螺話を続けていた。キムは時々毒のある相槌を打ち、そのたびに鈴木夫妻は楽しげに笑っている。

「食事はああいう風にするもんだぜ。誠、アニメの話でもいいからなんか気の聞いたこと言えよ」 

 要のそんな言葉に少しばかり寂しげなところが見えて、誠は胸が詰まった。

「そんな急に言われても……」 

「そう言えば今週の『魔法少女エリー スマッシュ!』録画予約してきたの?」 

 気を利かせてアイシャが話題を振ってくれた。ようやく苦行のようなナイフとフォークを使っての食事に飽きていた誠はすぐにそれに食いついた。

「当たり前じゃないですか。それに明日発売のアニメ雑誌は全部予約してきましたから」 

 そう言ってちらりと要の表情を見る誠。自分の付いていけない話に明らかに不機嫌な様子が見て取れた。アイシャもそれを読み取ってか、少しばかり白々しい笑いを残すと、皿に残っていた千切りにされた野菜を口に運んだ。

「良かったじゃねえか。帰ったらアタシに見せろよ」 

 要は静かにそう言うとグラスに残った白ワインを飲み干した。そしてそのまま機先を制してアイシャをにらみつける。突っ込みを入れようとしてタイミングを逸したアイシャはそのまま添え物の野菜を口に運んでごまかした。

 デザートの皿がテーブルに並んだ時にはすでに誠とカウラは疲れきっていた。静々とスプーンを使う要の機嫌を損ねないよう、ゆっくり、丁寧に指先に全神経を集中してライムの香りがたなびくアイスクリームを食べる二人。

「あーあ。やっぱりシャムちゃん達のとこ行けばよかったかしら」 

 そうつぶやいたアイシャを要がにらんでいる。

「奴等は下の宴会場でドンちゃん騒ぎか?明日の昼も食べるんだからだから飽きるんじゃないか?」 

 彼女なりの気の使い方とでも言うような調子でアイシャを宥めるカウラ。

「神前。お前はどうなんだ」 

 うつむき加減に低い声で要はそう言った。どこかさびしげに見える要の面差しに誠の胸が締め付けられる。

「僕はこういうの初めてですから、いろいろ参考になりましたよ」 

「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。楽しいかどうかって……」 

 大きくため息をつく要の前から皿が下げられていく。そしてしばらく沈黙が支配することになる。

「そんなの聞くまでも無いんじゃないの?」 

 差し出された食後のコーヒー。静かにそれを口に運びながらアイシャが呟く。その挑発的な言葉に、要の肩が震えている。

『これは切れるぞ』 

 誠はそう思った。どう切れるか、どこにはけ口が向かうか、それは考えるまでも無く自分だろう。覚悟を決めて顔を上げた誠だったが、その視線の正面にはいつの間にかリアナが立っていた。

「ありがとう!要ちゃん!本当においしかったわ!」 

 そう言って要の手をとりにこやかに笑うリアナ。要は何が起こったかわからないとでも言うように、ぼんやりとリアナのきらきら輝いている青い瞳を見つめていた。

「そうですか……甲斐がありましたよ」 

 とりあえず調子を合わせようと口にした言葉に満足げに頷くリアナ。

「でもワインってこんなにおいしかったのねえ。それにお料理の魚も新鮮で最高!」 

「それは良かったですねえ」 

 ただあまりに正直に反応しているリアナに戸惑う要。あの青い澄んだ瞳で見られるとどうにも調子が狂うのは隊員すべてに言えることである。

 なんとか落雷は防げた。誠がため息をついたとき、要が不意に立ち上がった。

「島田、キム。こいつ借りるぜ」 

 そう言うと要は飲みかけのコーヒーを見つめている誠の横に立ち、肩に手を当てた。

「侘びだ、付き合え」 

 そう言うと有無を言わさず誠を立たせて、そのまま静かに席を立った。カウラとアイシャは突然のことに呆然として宴席に取り残された。

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