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22世紀日本:春への扉

作者: 銅大

 戦争時に投入できる兵力を増やす方法として生み出されたのが予備役の制度です。

 あらかじめ徴兵で若者を検査し、選抜して訓練し、必要な装備を備蓄しておくのです。

 そして一朝事あれば、予備役を現役に復帰させ、兵力を増やします。

 ですが、予備役が機能するためには十分な時間と、事があろうがなかろうが、金と人の投入を維持する必要があります。

 時間がない。金と人を投入し続ける社会的合意が得られない。

 条件がそろわなければ、予備役は機能しなくなります。

 では、予備役を「人」ではなく「ロボット」に置き換えてみるとどうなるでしょう。

 F氏──プライバシー保護のため、当該情報閲覧のためには行政AIの許可を必要とする──は、暦上の年齢は、100才近い。

 生物的年齢は40代半ば。ナノ結晶状態で半世紀以上を過ごし、一ヶ月前に奇跡的に回復した。

 記憶と身体機能の回復のため、週に二度のリハビリを受ける。

 リハビリの日以外は、社会復帰の訓練として、工場で働いている。


「Fさん。今日はこちらのラインをお願いします」

「あー」


 口がまだうまく動かないので、F氏の言葉は、最初の一音節だけ。

 慣れているのだろう。若い監督官は、うなずいて立ち去った。

 F氏は部屋の中を見た。広い部屋には、自分と同じように、マリオネット機能付きのアシストスーツを着た男女が数人いる。

 着用したマリオネットが、どこに移動すればいいか、何をすればいいかを、スーツの動きで教えてくれる。F氏は素直に従って動けばいい。

 ここはかつて自動車生産工場だったが、今はロボット工場となっている。

 人形を模したロボットは、パーソナル・ドロイド、略してPロイドと呼ばれている。Pロイドは、スキルセットを入れ替えることができるので汎用性が高い。医療など高度な技術職にも向いている。逆に、複数の業務を並列で動かし、状況に応じて任意に切り替えるような、柔軟な仕事をさせるには向いていない。

 製品としてのPロイドの寿命は、約30年。

 F氏の仕事は、製造から10年が経過したPロイドのパーツのうち、旧式化したもの、劣化したものを交換することだ。

 機械の使い方や、交換作業の手順はマリオネットが覚えていて、F氏はただトレースするだけ。


F氏:それにしても、きれいだ。10年使っていたとは思えない。


 F氏は、作業場内のおしゃべり用メッセージツールに疑問をあげた。


D嬢:そりゃそうよ。使ってないもの。


 離れた場所で作業している女性のメッセージがこたえた。

 D嬢は、これまでもF氏のメッセージに積極的に反応してきた。若い女は苦手なF氏だが、D嬢だけには心安いものを感じている。

 ふたりは会話を続ける。作業しながらのおしゃべりは自由だ。注意が散漫になっても、マリオネットに従っているかぎり、問題も責任もない。作業員がマリオネットに従っていても事故が起きるようなら、それは作業場全体を監視しているAIと、その指示で動く監督官が防ぐ。


F氏:使ってないとは?

D嬢:ここにいるPロイドは、製造して10年間、松本アーコロジーの倉庫に入ってたものよ。松本アーコロジーでこいつらが使われたのは、10年間で合計……15ヶ月。一年とちょっとね。

F氏:なんとも非効率な話だ。松本アーコロジーで使っていないなら、他のアーコロジーで使うとか、やりようはあっただろう。

D嬢:わたしに言われても困るよ。

F氏:それで、このロボット……Pロイドは、パーツ交換した後、どうなるんだ?

D嬢:またどこかのアーコロジーの倉庫でしょうね。

F氏:どうにも無駄な気がするな。


 F氏は、作業をしながら、頭の中で考える。

 半世紀の結晶状態から回復しきっておらず、記憶はまだ曖昧だが、かつての自分が霞が関で官僚であったことはぼんやりと覚えている。


 ──効率をあげ、無駄を省く。

 ──余った予算を、本当に必要なところに回す。


 霞が関ナノハザードの前、F氏は効率に心血を注ぎ、身命を賭していた。F氏だけではない。多くの官僚が、能力のあるもの、実績をあげたものが報われる社会のため、働き続けた。

 彼らが原形質の泥や、ナノ結晶になって半世紀後の22世紀では、人間よりよほど几帳面なロボット官僚がすべてを差配するようになっていた。なのに、F氏には22世紀日本はずいぶん雑な社会になったように見えてしまう。


 作業が終わり、宿舎としてあてがわれている部屋に入ったF氏は、情報端末を使ってアーコロジーに格納されているPロイドの数を調べ、それらを効率よく使うためのシミュレーションモデルを組み立てた。

 驚いたことに、F氏が思っていた以上に、日本全国のアーコロジーのPロイドの冗長性は大きく、無駄な使われ方をしていた。

 日本中で大地震、台風、火山の噴火、パンデミック、テロなどが起きた場合を想定し、日本全国にあるアーコロジーのすべてが最大限利用されたと仮定しても、なお、十万近いPロイドが出動することなく待機状態になっている。


 ──信じられない。自分の想定にミスがあるのではないのか。


 何度も確認したが、どのシミュレーションモデルでも、数万体のPロイドが仕事もなく倉庫に入ったままだった。

 このことについて誰かと話したかったが、今のF氏は半世紀前の人脈しかない。記録によれば、親兄弟や妻はいたことになっているが、半世紀の間にすべて死別していた。それほど悲しくはないのは、記憶がまだ曖昧な状態だからだ。

 翌日、仕事が終わったあとでF氏はD嬢に話しかけた。これまでのメッセージのやり取りで、D嬢が高い知性と教養の持ち主だと見抜いていたからだ。


D嬢:はーん。それでわたしに、シミュレーション結果を検証してもらいたいと。

F氏:そうだ。曖昧になった記憶と同じく、わたしの官僚としての能力も劣化しているかもしれない。

D嬢:自分を疑うのはいいことだよ。人間、他人からみて頭がどうかしてるくらいが普通で、他人にとってまともなレベルが、稀なんだからさ。

F氏:いや、そこまで自分を疑ってはいないが……今の時代の人間にとっては、そのくらい低い自己評価が普通なのか?

D嬢:他人は知らない。わたしはそう思ってるってこと。……ふーん。こことここ、数値モデルがちょっと怪しいね。シミュレーションの想定はいいけど、要因間の重み付けの妥当性チェック、足りてないっぽい。災害が同時多発すれば、新たにクリティカルになっちゃう要因があるからね。

F氏:どこだ?

D嬢:ここ。新しい伝染病でパンデミックが起きて、医療モードで起動したPロイドは、除染がすむまで他の患者の治療には使えないよ。


 公園のベンチ。

 隣に座るD嬢が豊満な体を押し付けるようにすり寄ってきたので、F氏は腰を動かして距離を置いた。

 『男女 職場にて 席を同じゅうせず』

 今は古くなった21世紀のビジネス仕草である。


F氏:ふむ。除染作業を何度も行うより、特定の患者につきっきりにした方がいいのか。見落としていたな。ありがとう。

D嬢:どういたしまして。でも、全体に影響を与えることじゃない。わたしが見たかぎり、おかしなところはないわね。

F氏:ではやはり、Pロイドは多すぎるのか。

D嬢:うん。つまり、この余剰は災害以外への備えだと思う。

F氏:災害以外?

D嬢:災害が同時多発して国民の半分くらいがアーコロジーに疎開することになったら、日本の防衛力が弱体化したと外国に判断され、戦争のリスクが出る。その備え。

F氏:戦争だって? まさか!

D嬢:いきなり全面戦争ってことはないでしょうね。でも、ちょっかいは出してくるかも。日本が災害のせいで、ちゃんと面倒をみられないようなら、代わりにうちがこのへんの島や海域を守りましょう、って感じで。

F氏:……だが、Pロイドは戦争には使えない。Pロイドの戦争での不使用については、国際条約があるはずだ。

D嬢:あるよ。でも、日本が有事に国際条約を守るかどうか、外国にはわかんないよね。守らないかもしれない。

F氏:本当にロボット官僚は、そこまでやるだろうか? 半世紀ぶりに目覚めたわたしが見た日本は、ずいぶんとゆるい国家になっている。

D嬢:半世紀前っていったら、21世紀の終わりころか。わたし生まれてもないけど、そうだろうねー。能力も、志も、倫理観も低くてかまわない。お腹いっぱい食べて、ぐうたら寝て、合間にマリオネットで操られて仕事すれば、お金もらえるもん。歴史上稀にみる、甘やかし国家だよ。

F氏:そんな甘やかし国家が、戦争に備えた準備をするとは……いや、甘やかし国家だからこうなったのか。

D嬢:だろうねー。ロボット官僚がどこまで本当にやる気なのか、主権者であるわたしたちにもわかんないもの。外国にはもっとわかんないよ。

F氏:……

D嬢:どうしたの。人間が甘やかされすぎて、腹が立った?

F氏:腹が立つというよりは、不甲斐なさを感じる。これは、責任の所在を曖昧にさせたままロボットに背負わせるのではなく、人が背負うべき重荷だ。

D嬢:わたしの考えは逆だな。面倒なことは機械にまかせて、人間はもっと楽をすべき。でも、おじさんが現状を変えたいなら、やってみれば。

F氏:もちろんだ。わたしが、半世紀を経てこの時代に蘇生したのは、このゆるんだ日本を立て直すためだと確信したよ。

D嬢:どうだかなー。でも、面白そうじゃない。


 D嬢は、探るような視線をF氏に向けた。

 F氏はうまく動かない口をもごもごさせてメッセージを入力している。


 ──変にカタブツだけど、そこが今の時代のオトコたちとは違うよね。身の丈に似合わない野心を抱いているところも、魅力的かも!


 D嬢は、自分をF氏に会わせてくれた母親に感謝する。

 彼女の母親は、研究所に保管されていた夫の肉体がナノ結晶状態からの“復元”を始めたと知った時、凍結受精卵で保存していた我が子が産まれる手はずを整えた。夫が戻ってきた時に、出迎える者がいるようにと。

 筐体出産でD嬢が生まれる前に、高齢の母親は死亡した。その後、D嬢は国の育児施設でPロイドに育てられた。


 ──記憶がちゃんと戻ってきたら、ママのこととか、全部を説明してあげるね、おじさん。……ううん。パパ。


 D嬢は、端末を操作するフリをして、肩をF氏に触れさせる。

 F氏が、尻をにじにじさせ、D嬢と距離を置く。

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