第四十九話・新人教育、薬剤師編
某調剤薬局にいたときの話。新人の薬剤師さんが他店舗で体調を崩したので、私のいる支店で見てくれと社長から連絡がありました。当時の勤務先は、私を含めのんびりとした性格のババア薬剤師ばかり。調剤補助の人も含め全員五十代。なので新卒の子が来るの? 人数足りてるけど若い子は、いいわよね~というわけで大歓迎です。今回はその子と社長から聞いた話です。
で、前の店舗の管理薬剤師は、新人にとってはかなり厳しい人でした。管理薬剤師をA、新人薬剤師をBとします。うーん、Aは……期待のあまり厳しすぎてBをつぶしたパターンでした。私はAを顔だけ知っている程度ですが、薬剤師会の役職にもついており、勉強熱心な薬剤師です。三十代後半。
一方新人Bも六年間の勉学を終えて晴れて国家試験にも合格して、入社してきた。入社後初の店舗周りに社長に連れられてきたときは、若さで眩しいほどキラキラしていました。なのに、数カ月の異動でこっちに来たときは別人かと思うほど表情が暗い。ずっと下向きで調剤するし、交付をお願いすると、「私が渡してもいいのでしょうか」 といい、うつむき加減で自信なさげに、ぼそぼそと話す。薬歴を書いた後も、私たちをパソコンの前に連れて行って「この書き方でいいでしょうか。チェックをお願いします」 と深々とお辞儀をする。忙しい時はテキパキ、ヒマな時は呑気にスーパーの特売品やおいしいカフェの話をしている私を含めたババア薬剤師たちはびっくりする。
「どしたん? Aのとこって、そんなやり方だったの?」
するとBは涙ぐんだ。前の店舗ではB自身がダメだから、Aに嫌われて追い出されたという。私のいるところは島流し先か。
Bの卑屈さに仰天した私たちは「そんなこと一マイクログラムも思ってない」 といい、患者に見えないようにBを調剤室の隅に連れていく。震えながら涙を流すBを更に奥地のロッカーのある控室に連れて行き、落ち着くまで放置した。やがてBの方から調剤室に出て来て、患者のいないときや休み時間に、ぽつぽつと話してくれた。
どうもAは新人Bを厳しく完璧に躾けたかったらしく、上下関係はもとより、服薬指導に関しては大学や研修ではうわべのものだからダメと徹底的に指導したらしい。
交付時はそっと影から会話をチェックしておいて、患者が帰ったら、今の服薬指導のどこがいけなかったのかと反省させながら教える。薬歴の書き方もチェックが入る。極めつけは書き方が悪いと、A自身がその患者に電話して「こういう指導ですみませんでした」 とBの面前で謝る。ひどい時は、実際に患者の家に連れていかれ、患者の許可を得て、BがAの面前で再度説明させられる。
新人への指導自体は忙しい時は交付時のチェックができないので、後出しになるのは仕方ない。ですが、これを毎日のようにやられたら私だって心身とも体調を崩す。
私たちババア薬剤師はAよりも年上なので言いたい放題で言える。そして、Bにこう言う。
調剤は真剣に、監査はいくら厳しくてもOK、交付時は患者に安心させてあげて、患者からの質問には的確に。
患者への説明に困ったら交替するからいつでも窓口に呼んでねと。
管理薬剤がおおらかだとその店舗で勤務する薬剤師もおおらかになる。患者と一緒にテレビを見ていて、地震のニュース速報を見たとする。即刻、奥で調剤していた私やBを大声で呼ぶ。「ちょっとテレビ見て。大変よ、アタシの息子が地震の震源地の近くにいるのよ」 と叫びながら息子宛に携帯を操作する。患者の前でもそれをしても許されるおおらかすぎる店舗。その店舗は全員年寄りだけど、みんな頭の回転は速くてテキパキして残業は絶対にしないで何があっても定時に帰る。それとボケ役の私。時々来るパートの調剤補助のおばあちゃんにも癒されてBもだんだんと感化されてきた。
一カ月もたたないうちにBが変わった。新人のあいさつまわりの時のように目がキラキラ、肌も若さに輝いて、フレッシュ薬剤師に戻った。ああ、よかった。お水も必要よね。Bの場合は、昼の休憩と三時のおやつと業務外のどうでもいい話が特に効いたようです。
その後Aは経営方針上のことで社長と折り合いが悪くなり、更なる征服地? を求めて退職しました。Aは薬剤師としては、立派で誠実な人だ。でもBにしたら怖すぎる先輩でした。新卒相手でも、自信とプライドをなくす教育はしてはダメです。
現在、ババア薬剤師の私はそこから転職していなくなり、当時の同じくババア管理薬剤師は無事定年退職をし、現在Bは立派な管理薬剤師になっています。終わります。




