第四話・座席投薬
調剤薬局で薬ができあがったとします。で、お名前を呼びます。大手の薬局ならば個人情報を考えて処方せんと引き換えに番号札を渡して番号を呼ぶか、画面で呼ぶやり方ですが、あれにはお金がかかるので私が現在勤務している民間で小さいところは古式豊かに普通に名前を読み上げます。
事前に名前を呼ばないでほしいという要望があれば、顔や服装で覚えて事務員さんが「できました」 と呼びに行くこともあります。そして待合から窓口まで歩いてきていただきます。でも足腰の弱っている人や高熱の人、もしくは感染が疑われる人の場合は別の場所か、車の中で待機していただきます。
今回はそうでない場合の中で、座席投与と言われるやり方の話です。体調が悪い人や、普段から杖を愛用している人はわかりますので、窓口から呼ばずに直接座席に行って薬を渡します。この時に膝をついて顔をみあげるようにして話しかけると、患者さんも説明が聞きやすいようです。
後期高齢者で一人で来局するような人はしっかりしているようでも、耳が遠かったりするので時には筆談もします。私も補聴器使用者ですので、聞こえてないなと思ったらもう一度初めから話します。忘れっぽい方ならメモ書きして渡します。一人が心配な人には保健福祉の手が入っている前提で、後に残るメモや、薬手帳に朱書きしたうえで印鑑を押して伝言します。書いた人の名前や局名を明らかにするのは責任を持ちますということです。薬は時として命にかかわる大事なものですので。
元気な人は遠方から数時間かけて運転して来られます。私が接した中での最高齢は九十五才。耳が遠くて血圧が高いだけのしっかりしたおじいちゃんでした。待合がヒマそうだとみると、農作業中にいのししと会ってびっくりした話を聞かせてくれる。来局をひそかに楽しみにしていたのですが、ある月から家族が代わりに薬を取りに来るようになり、「施設に入ってもらいましたので、今後はもうこちらには来ません」 と言われ「……お大事に」 というしかなかったりします。人生は誠に一期一会です。人間どうなるかわかりません。
元気いっぱいだった人が来ないなと思ったら「交通事故で亡くなった」 と家族が、時には「自殺されました」 と警察が言ってきてびっくりしたり。医療関係のすみっコ暮らしとはいえ人の生き死にかかわるので、長いことやってるといろいろなことがあります。
小児科でも付き添いは親だろうと思っちゃいけません。親がいて当たり前という概念を捨てたほうがいい。同僚が不用意な発言をして、親ではなく児童相談所の人とわかり悪いことをした、と反省していたこともあります。私もまた何気ない一言で、患者を傷つけることのないようにと注意を払っています。
後期高齢者さんの歩き始めが不安定で出口まで介助しようと手を添えたら、年寄り扱いは困ると言った人もいます。こういうのは初対面ではわからない。怒られるのがわりにあわぬ場合もあるが、これまた給料のうちと割り切っています。
現在(令和二年五月)のコロナ感染予防のせいで特に座席投与の人は警戒して、家族が代理で来局されるようになりました。私の勤務先は建物の構造上、ドライブスルーは無理なので駐車場で電話していただいて車のナンバーと色を教えてもらい、薬を渡しています。
窓口、座席交付も一応薬のミスがないかもチェックしていただくのですが、屋外で患者も早くくれという態度だと説明もつい簡略してしまいます。雨の日も風が強い日もあります。一度、私は患者から預かった千円札をその場で風に飛ばしてしまったことがあります。もちろん私の不注意なので私費で弁償しました。
薬に湿気と水濡れは禁物ですので気を使います。医療の末端でも患者にとっては最前線、感染に気を付け薬のことなら不安が払しょくできますよう心込めて接させていただいています。