第三十八話・使用期限切れ薬品だが使ってくれ ← ダメです。
今回は、短期で民間の個人病院にいたときの話です。
薬局の在庫管理はどこでも悩みます。使用期限が切れると廃棄です。損は薬局のまるかぶりです。だから期限が切れそうになると、チェーン薬局同士で融通しあい、他の薬局では薬剤師会などを通して割引金額で売買もします。しかしそこは個人経営でそういうことはやっていないところでした。
めったに動かない散薬があったのですが、使用期限が数カ月前に切れていました。患者に在庫がないと説明してから発注しようとしたら、処方医が薬局に来ました。そして、現物が入った容器の使用期限を確認する。そして、そのぐらいなら大丈夫だから使ってくれと言いました。使ってくれというのは、調剤して患者に飲ませろということです。私は断りました。薬剤師はもう一人いたのですが、イエスマンです。患者を待たせてでもいいから、卸さんに急配(急ぎで配達してもらうこと)をかけようとしたら、医師は発注するなという。数か月前の期限切れ薬品ならすぐに力価が落ちるとは思えない。だから効果は同じはずだから調剤しろと医師は言う。
私は再度だめですと言いました。使え、ダメですの応酬が数度続きましたが、別の薬剤師は私よりも年上なのにフォローもせず、うつむいているだけです。私は安くもない薬価の散薬だからそういうのかと思ってショックを受けました。看護師と医療事務さんが心配そうに薬局を覗き込んでいます。結果、その医師がキレながら「わかった、じゃあ別のにするから、それをすぐ作れ」 と言いました。だからそれでこの話はおしまいです。私がそこを退職しようと決めたきっかけです。
先輩薬剤師は、周囲との調和を重んじる人でしたので、そういう態度でも仕方がないとはいえますが、私と不仲になるきっかけにもなりました。確かに私が黙って「はい、わかりました」 と調剤したらそれで終わった話です。私は間違ってないと数十年たった今でも思ってはいますが、特に母からは長いものに巻かれろと説教もされてつらかったです。また正論をいう私の感覚がそこの病院ではかなりおかしかったのだろうとは思います。別件で軟膏入れの容器でも揉めましたし……そこはいつも少ない目に外用剤を入れていました……。
幸いそこ以外ではこういったことは経験していませんが、そういうことを日常的にやっていたとしたら、薬局は儲かります。事件にならぬ話がどこかに転がっているかと思うと恐ろしいです。たとえば親が医師で経営者、子が院内薬局を切りまわしていて、親子して倫理観がないとしたら……です。これは本気で書いています。
こういうことを考えれば、民間病院よりも公立病院の方が薬剤師は薬局の経営利益や調剤点数云々を考えずに業務に専念できるのでいいかもしれない。
そうそう、公立病院勤務時で、こういうことがありました。有効期限が一カ月しかない特殊なミルク缶が納品された時は、副薬局長がすごく怒りました。期限に余裕がない薬品の納品は在庫管理でも困るのです。患者は乳児でわからないでしょうが、親ならば気にします。彼は納品業者さんを呼んで「何を考えて納品しているのか、誰が飲む薬かわかっているのか」 と説教していました。この人は保健所上がりで食品衛生に関わり指導してきた立場の人だったので言い方にも迫力がありました。こういう時は病院を知らぬ異動上司の方が、調剤に不慣れで調剤監査は頼りにならなくても、外部への交渉事が得意で本当に頼りになります。
私はその場に立ち会っていましたが、例の期限切れ薬の調剤を強要したあの時の医師にもその調子で説教してくれたらいいのになあと考えていました。
終わります。
食べ物に関しては例えばヨーグルトなどは賞味期限切れでも食べるのは可能です。牛乳だって冷蔵庫で未開封で保管するなら多少は大丈夫です。だから半額の見切り品でも私は平気で買います。しかし、医薬品はねえ……倫理的にダメだと思いますよ。




