7. 王様は親バカである②
ゲーム、〈愛がすべてを救う世界〉がもとになったこの世界では、男女の愛情の深さが戦闘力に直結する。
そんなわけで愛情というものが、ここではことさらに神聖で重要なものという扱いがなされる。
そうでなければ身分もない俺が、一国の姫様と結婚することなど考えることすらできなかっただろう。
この結婚は、俺と怜花の愛情がカギとなる。たとえ形だけの偽装結婚であっても。
そして今。
王様とお后様は、その二人の愛情を疑っている。それはそうだ。いくら怜花の演技が達者でも、こちらには愛情など一片たりとも存在しないのだ。さらに加えると、自己愛主義者と男性恐怖症の、最悪の組み合わせだ。
国を背負う、そして娘を想うこの二人を騙すには、荷が重すぎたのかもしれない。
「どうしたのですか。もしかして、愛し合っているという割に、手も握れないのかしら」
品のある笑みのまま、鋭い声音で問いかけてくるのはお后様。隣の王様も、どんどん表情が厳しくなっている。
どう答えるか、と考えていると、怜花が口を開く。
「お父様、お母様。確かに私は男性恐怖症で、今、仙介様に触れることは出来ません」
その答えに反応するは王様。「えっ」と情けない声を挙げる。しかし、怜花の弁明は続く。
「しかし。これは病、いえ呪いの類のもの。私の意志ではどうしようもないものです」
「それは、愛情をもってしても救われない呪いなのかしら」
「今はその通りです。しかし、私たちの愛は深まる一層。一か月後の結婚式までには、必ず克服しているでしょう」
私たちの愛、という鳥肌ものの単語をサラリと言ってのけるところを見ると、確かに彼女の演技力はすごい。さすがその若さで映画に主演しただけはある。俺なら絶対無理だ。
今度は王様が割って入る。
「もし、結婚式でも触れられぬとしたら、それこそ式の妨げになり、うちうちの問題じゃなくなってしまうぞ。ワシは愛娘が後ろ指さされるような状況は耐えられないぞ」
そんな結末を想像してか、すでに王様は青い顔をしている。
比翼の契りの儀式には、手の甲への口づけがある。これを遂行できなければ根本的な解決には至らない。そして式の最中の失敗は、なんとしても避けなければならない。
「もし、結婚式までに私が怜花に触れられぬようでしたら、結婚も比翼の契りも諦めます」
そう強くうって出る。
それでも王様の表情はすぐれない。
「式の直前になって言えるものか。結婚をやめますなぞ」
まあ、そうだろうな。今でもすでに大騒ぎになっている城内。来客も多いことだろう。ドタキャンなどすれば王家のメンツ丸つぶれだ。
それでも俺は食い下がる。
「その時は、俺を催眠術かなにかを使って怜花をたぶらかした国賊と公表してください。そして俺の悪事を見抜いたのが王様とするのです。多少の荒は残るでしょうが、それなら親子愛の美談で済まされのでは」
リスクを俺1人で背負う、ということだ。
もしも契りが成功したならば、セルウィック王子からの求婚も正当に断ることが出来る。
契りが成功しなかったとしても、俺を裁いて王家にはダメージはない。セルウィック王子の問題も、この件を理由に怜花が男性不信になった、とでも言えばいい。
王様がこの案を蹴るわけがない。
これに難色を示したのは、意外にも、味方であるはずの怜花だった。
「国賊なんて。そんなことになったら、あなた、死刑は免れないわよ」
そんなことは分かっている。
命をなげうつ覚悟なんて、とうに出来ているのだ。ハーレムルートを進むと決めたあの日から。
怜花とはじめて会ったときにした話。
いくらゲームシナリオを知っていたとしても、この世界は現実。ちょっとした影響でもどうとでも変わっていく。だから、死んだら終わりのこの身で、魔王、それも真の魔王と接触するのは極めて危険だということ。
彼女を遠ざけようと話したことではあるが、事実は事実である。
それでも、ハーレムルートを進むと決めたのだ。カッコ悪い、なんてありえないから。
一度決めたことを取りやめたり妥協したりすることなんてカッコ悪いことは出来ない。
それに男性恐怖症の克服なんて、これからの苦難に比べたら大したことでもないだろう。こんなことで命を張れないようなら、最初から怜花の望みなんて聞いていないというものだ。
そんな覚悟で、俺は譲らない。
「俺たちの、アイ、が信じられないのかい」
「……」
やばい。
カッコいいことを考えながらも、出てきた言葉は「愛」のところで盛大に引っ掛かった。やはり俺にとって、他人への愛を口にするのは非常に厳しかった。
しかし俺の下手な芝居も、怜花は笑う余裕もないよう。一応、俺の言葉に合わせて首を振りながらも、その顔は演技など忘れて深刻そのもの。
それどころか、王様までも心配そうな顔をしている。「死刑はさすがに……、ううむ、でも仕方ないのか……」と唸る。やっぱりこの王様、いい人だ。
ここまで冷静を保っていたのはお后様。
彼女は満足そうに頷くと、一言。
「センスケ様のレイカへの愛情、確かに分かりました」
そして王様に向いて、「あなた、私からもお願いします。センスケ様を信じてはもらえないでしょうか」と頭を下げる。
「お母様っ」
いっそう慌てる怜花。
しかしお后様の助け舟は大きかった。王様も「ううむ」と唸ると考え顔。そして重い口を開く。
「そうだな。これ以上疑っては、センスケの名誉にも関わる。許そう」
王様が威厳を保つことが出来たのはここまでだった。そう言い切ると、何度目かの涙腺崩壊。「レイカも嫁に行くのだなあ」と鼻水を垂らしながら、嗚咽をこぼす。
そんな親バカの王様の姿を見ると、存外、罪悪感が迫ってきた。
こんな人をだましていいのか、と。
しかし、この形だけの結婚式も、怜花の幸せのためと割り切ってもらおう。その考えは心の中に秘めた。
ちなみに、この場でなお不服そうなのは、その怜花だけであった。