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6. 王様は親バカである

 

 とある手紙を受け取ってからすぐ、俺は王様とお后様、つまり怜花のこの世界における両親とのはじめての謁見が許された。

 部屋には、王様、お后様に向かい合うように、俺と怜花の4人、それと騎士団長を名乗る女が1人。


「ワシは認めんぞ。認めんぞぉ」


 すでに涙目で懇願するように言葉を吐く王様。そこには王としての威厳など一切なかった。


「お義父様、怜花との結婚をお許しください」

「お父さん、お願いします」


 なぜ、俺がこんなことをしなければならないのか。そんなことを思いながらも、頭を下げる。それに怜花も習う。

 いわゆる、ご両親への挨拶である。


「お主に父と呼ばれる筋合いはないっ」


 つばを飛ばしながら、情緒不安定気味にまくし立てる王様。

 このセリフを言われる日が来るとは。少し感慨も深い。

 王様が少し変わった人だとは怜花からも聞いていたが、極度の親バカであるとは。伏し目で王様を確認すると、一人おいおいと泣いていらっしゃった。

 その姿に若干引いていると、黙って聞いていたお后様が口を開く。


「あなた。少し落ち着かれては」


 上品かつにこやかになだめるお后様。しかし、王様は変わらず泣き続ける。それでも、「あなた」となだめ続ける。そんな二人を見て、大変だなあ、と思っていると、お后様も業を煮やしたのか、声色が変わる。


「イグレット王!」


 ぴしゃりと鶴の一声。「あなた」から「王」と呼び方も変えるお后様。

 それに応じて王様も背筋を伸ばす。そして「そうじゃ。わしは一国の王」とつぶやくと、先ほどの泣き顔はケロリとし、代わりに表情に威厳が戻ってくる。


「お主の話は後においておく。それよりも、(せま)りくる危機について話をしよう。セルウィック王子の話を」

「はっ」

「お主も目を通されたと思うが、あの手紙には、レイカをめぐって、お主とセルウィック王子が決闘をしたい、と書かれてあった。許せないことだ。それこそ、お主を婿と認めるよりも」


 セルウィック王子。

 そうだ。届いた手紙の趣旨は、王様の言った通り。隣国の王子が俺に決闘を申し込む、という、一言で言うと果たし状であった。

 どこから嗅ぎ付けたのか、俺と怜花の結婚に待ったをかけ、自分が勝てばレイカをよこせ、という内容。傍若無人にもほどがあるが。


「ちなみに、決闘を断ることは」

「それは出来んだろう。立場というものがある。レイカに関わる話とは言え、決闘自体は王子と何の肩書もないお主に関すること。お主の方から断ることは出来ぬし、お主をかばう力もイグレット王国(うち)にはない」


 その答えも予想通りであった。俺はゲームでいう主人公ポジションなのであるが、もともとこの主人公は勇者のような選ばれた存在でもなんでもない、ただの出自不明の男にすぎない。若干他よりもタフな、ただの男にすぎないのだ。


「これはワシの感情論ではなく政治の話だ。セルウィック王子は第一王子であり、レイカは第二王女。結婚となれば、かの国へレイカが嫁入りすることになる。ところで、うちとかの国との関係は知っておるか」

「魔王の存在により、一時休戦状態と」

「その通り。かの国の方が有利な条件で休戦をしておる。対魔王戦線では、かの国が代表であるからな。魔王が復活した今、そんな状態でレイカを嫁に出したならば」

「立場の上下が確実になってしまう」


 政治的な事情など、ゲームの世界では触れられなかった。しかし、ここは一つの現実。当然、そのような事情は何をするにしても避けられない。それも、メインヒロインが一国のお姫様となればいっそうである。


「そうだ。それでも、ただの王女ならば問題はないのだが、レイカはダメなのだ。もちろん、これも他の娘、息子を軽んじているわけではなく政治の話だ」


 そう言って、ひげに手を当て、俺を見る王様。先ほどから問答の真意は、俺を試すことにあるようであった。

 それに俺も答える。


「怜花は、国民の人気が高すぎる。話は聞きました。怜花はすでにこの国の文化の一部分で、魔王の誕生によって暗くなった情勢下の光。彼女をかの国に渡すことは、心理的な敗北感を国民に植え付けることになる」


 怜花もめんどうなことをしてくれたものだ。

 俺はとなりの怜花にこっそり抗議の目線を送る。すると彼女も俺にしか見えないように、ぺろっと舌を出す。非常にあざとい仕草である。

 話を戻そう。彼女は国民的アイドルのようなものと以前にも比喩したが、そんな彼女は休戦中とは言え敵国にわたってしまえば、国民の落胆は計り知れない。

 それに今回の提案は、決闘の結果で渡せということだ。政治的な取引でない分、もし負けてしまえばこちらには何のメリットもない。交換条件や妥協点の計算が一切介在しない事案なのだ。王様が強い拒否感を示すわけである。


「お主も頭がついているようだな」


 俺の答えに一応満足したようで、そう頷く王様。

 俺は、俺についた召使いにも王様の話を聞いていた。彼女が言うには、イグレット王国の歴史にも残る、非常に聡明な王だという評価であった。その評価の片鱗がやっと顔をのぞかせた。


「それで、お主は決闘に勝てるのか」


 王様の目に力がこもる。根拠のない自信なんて認めないと言わんばかりのまなざしであった。

 それに俺はひるまない。


「王子は未婚であり、比翼の契りも行っていない、とお聞きしています。それが正しいならば、条件次第で必勝を誓えるでしょう」

「その条件とは」

「あらゆる武器使用の許可、という条件を」


 王様は少し考えこむと、口を開く。


「ふむ。もともと向こう側から吹っ掛けてきた決闘だ。こちらの条件もひとつくらいは飲んでもらおう。政治の部分はワシに任せろ」


 意外だ。王様は俺の言葉を信じ、真正面から決闘にのぞむと言っているのだ。それこそ俺は何の根拠も示していないのに。

 しかし当然、抗議の声も挙がる。


「お待ちください、王様。失礼ながら、センスケ殿のお力を我々は見ていません」


 それは同席していた騎士団長という女性。


「契り済みのうちの騎士2人組が、センスケの返り討ちにあったと報告に聞いたが」

「はっ。もちろんセンスケ殿がただ者ではないとは存じ上げます。しかし、先の戦闘は自然の中であります。それに、こちらも生け捕りを命じられていました。決闘とは全く異なる状況の話です」


 怜花が俺を捕えようとして差し向けた襲撃者の話をしている。騎士団長が言う通り、俺もあんな茶番で自分の力を示せたとは思えない。


「ならば、団長が納得できるように好きに試験をするがよい。センスケも異論はないな」


 王様がそう命じ、俺も騎士団長も頭を伏せる。


「なら、団長は席を(はず)したまえ。試験の準備もあろう。さっそく明日行うぞ」

「はっ」





 こんなわけで話はまとまったかのように思われた。しかし。

 騎士団長が退出を確認して、再びこちらに向く王様。その顔には、少しの情けなさが戻っていた。


「ここからは、王様半分、父親半分だ」


 そう宣言した王様の目が少し赤くなっている。器用なものだ。


「レイカは男性を苦手にしておったはずだ。急にお主と結婚すると聞いたが、ワシは信じられんのだ。なんせワシさえ避けられてしまうのだからな」


 ギクリ。

 そんな擬音語が俺と怜花の間に走る。

 さすがに二人はこの世界でおける怜花の両親。男性恐怖症くらいは知っているのか。


愛娘(まなむすめ)を疑いたくはないが、どうも二人が愛し合っておるとは見えんのじゃ。出会ってから、大した時間もおかず、すぐ結婚だなんて。心配になる親心も分かっておくれ」


 父親モード100%の時は泣きわめくだけだった王も、今は宣言通り王様モードも半分残していることで鋭い。

 しかし、怜花もさすが女優。大したもので平然と返す。


「ごめんなさい、お父上。これほど私のことを想ってくれるお父上を心配にさせるなんて。私は親不孝ものです。ですが、真実の愛の前に時間など、何の役に立ちましょうか」


 真実の愛とは、なんとも歯の浮くような単語だ。

 俺としては戯曲を見ているような気分であるが、王様にはクリーンヒット。目の端に再び涙が浮かぶ。王様モードが押されがちであった。


「そうだな、そうだよなあ。レイカは悪くないっ。情けないお父さんを許して遅れぇ」


 ついに目元の堤防が決壊し、ぽろぽろと泣き出す王様。

ともあれ、難を逃れたか。そんな時、お后様が口を開く。


「真実の愛とは素晴らしいことです。レイカから殿方への恐怖も吹き飛ばすほどに。どうです、父上を心から安心させてあげるために、ここで一つ、二人で手を握って見せてはどうでしょう。ねえ、イグレット王」


 ニコりと微笑みながら、そう爆弾を投与するお后様。「イグレット王」を強調して。

その言葉に王様の顔には、王様モードの賢さが蘇ってくる。


「確かにそれはいい。お願いじゃ。父の頼みを聞いてくれんか」

「うっ……」

「万が一、愛し合っていないとなれば、絶対に結婚は認められないからのぅ」


 そうやって、王様とお后様は俺たちを見つめる。その目は真剣そのもの。


 どうしたものか。

 絶体絶命のピンチであった。


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