(幕間)我いかにして自己愛主義者になりしか
俺が育った家には、壁に大穴があいていた。
夏はすずしいと笑ったが、虫の侵入を止めることはできなかった。
冬は言うまでもなく地獄だ。一時的に拾ってきた廃材でふさいだが、冷たいこもれ風が容赦なく肌を刺した。
修繕する金は、うちにはなかった。
よくある話だ。
一つのほころびで、アルコール中毒者にまで転落してしまった、気の弱い父。
その横には、内職に励む愛情深い妻。
痩せたガキ。俺のこと。
お涙頂戴なストーリーがはじまりそうな、そんな家族。
しかし残念ながら、現実は残酷だ。
小学生ながら、その小さな身体で出来るアルバイトを3件掛け持ちしていた。
金貸しが斡旋してくれたアルバイトは、ろくでもない仕事だ。
身体も売った。
俺の四肢のいたるところを舐める、あのざらついた舌の触感は、思い出したくもない。
生きるために仕方なかった。
母は涙した。そして、いつも俺を抱きしてめて寝た。
細い指で、俺の頭を撫で続けた。
「愛しているよ。ごめんね」
そんな言葉を何度もささやいた。
結論を言うと、その愛情は餌だった。
俺を飼いならすための。
母は俺より父をとった。
ちょうど、人1人を売りはたいたら借金が返済できるという、そんな時。
両親は、大穴のあいた家から姿を消した。
なぜ、だめな夫を捨てない?
一番の疑問はそれだった。
「依存」という言葉を知った今ならまだしも、そのころは小学生。それもめったに学校には通えず、自分の名前すらまともに書けないようなガキだ。
結局、その疑問は晴れないまま、俺は人売りにあったのだった。
学んだこと。
自己犠牲は自分のためだけに行うべし。
あの俺の稼いだ金は、自分のふところに入れるべきだった。そうすれば、酒代に使われることもなかった。
金を貯めて、逃げるべきだった。
あんな家から。
それと、他人を愛すべからず。
実の母親すら、俺を裏切る。
それも、あんなダメな男を愛して、俺を捨てたのだ。
産まれて8年間、その不運を補うように、幸運が重なった。
人売りから逃げ出すことができ、そんなズタボロの俺を拾ってくれる人がいた。
だからここまで生きてこれたわけであるが、それはまた別の話。
それでも心の傷は癒えることもなく、あの時得た教訓は変わらずに俺の行動指針となっている。
俺がなぜ自己愛主義にめざめたのか。
こんな面白みもない、暗い話がつきまとっている――