4. 水島仙介はやはりナルシストである
レイカ姫は、20人超の騎士たちを遠ざけ、二人で話す場をつくった。それに俺も従った。不自然に距離を大きくあけて、俺たちの会談は始められた。
彼女は、香月怜花と名乗った。
「どこかで聞いた名前だ」
俺がそう言ったら、彼女は驚いた顔をし、それ以降は俺への態度を変えた。
気品のあるお姫様から、普通の若い女性というように。俺と彼女が同じ18歳だと知ると、言葉もため口になった。
まあ、そんな感じで自己紹介もそこそこに、話は進めていったが……
「お断りをします」
彼女、怜花と出会って、嫌な予感はしていた。それが現実となる。
「なんでよっ。あなたも、はやく元の世界に戻りたいでしょう」
そう言って、前のめりに同意を求めてくる怜花。
予想通り、彼女は俺と同じく日本人で、1年前にゲーム〈愛がすべてを救う世界〉をプレイ後、気付くいたら、この世界に来ていたらしい。
彼女がこの世界で目覚めると、ゲームにおけるメインヒロイン、ティア姫になっていたという。大国であるイグレット王国のお姫様である。
そして、あの紙片の内容もほとんど同じ。
『ようこそ、〈愛がすべてを救う世界〉へ。あなたはメインヒロインとして転移しました。頑張って魔王を倒してください。
チートなどは与えられませんが、ひとつだけ特典があります。それは、今がゲームのストーリーがはじまる1年前だということです。ストーリーの時間が始まる前に、できるだけ鍛錬をして強くなることをオススメします。
なお、お約束通り、この世界にコンティニューはありませんのでお気をつけて』
俺のは「主人公として転移しました」と書かれてあったことだけ、彼女のもつ紙片と違った。
彼女、怜花は俺の同郷の者。同志のようなものだ。
それを予想しつつ、俺が彼女を避けていた理由。嫌な予感というのは、彼女が元の世界への帰還を強く希望することであった。
「たぶんだけど、魔王を倒せば戻れるんじゃないかと思うのよ。それもハーレムルートで、真の魔王を倒せば……」
俺もそう思っていた。
ノーマルエンドでは魔王を倒すと世界が救われる、という終わりであるが、ハーレムエンドだけは違う。ハーレムエンドでは、新たな真実が語られるのである。
勇者が生まれ、魔王を倒すという一連の流れは、誰もが認知されない状態で延々と繰り返されているということ。つまり、ノーマルエンドを終えてハッピーエンドを迎えても、時空はストーリーの出発点にまた戻ってしまうのだ。
しかしハーレムエンドでは、この繰り返しに主人公たちが気付くシーンを迎える。そしてこのループを操る真の魔王と対峙するのだ。
時空を操る、真の魔王。
なんとも、今の状況におあつらえ向きな能力である。
「そうですね。真の魔王を倒す。これが一番帰還の可能性が高いように思います」
「話が早いわ。なら、早く行きましょう。作戦はいろいろと考えているわ」
そうなるよなあ。
ただ、俺の答えは。
「お断りをします」
「なんでっ」
「危険性が高すぎる。あの紙片にも書かれていましたよね。『この世界にコンティニューはありませんのでお気をつけて』と」
「でも、私たちはシナリオを知っている。うまく立ち回れば」
その気持ちもわかる。しかし。
「いえ。この世界はゲームが原型になっているだけで、元の世界と変わりない。NPCではなく人間たちや動植物が生きる、ちゃんとした現実の世界です。あなたもご存じだろうとは思いますが」
「どういうこと」
「ゲームはしょせんゲームです。情報量が圧倒的に削減されている。例えば、魔素をご存じですか。微弱な魔力のようなものです。この世界のいたるところに存在しますが、これはゲームでは存在しません。ストーリーに影響を与えないので、ゲーム上ではこの情報が削減されています」
「それが……」
「バタフライエフェクトです。もしくは、風が吹けば桶屋が儲かる、とも。現実の世界では、そんな小さな要素で、いかようにもストーリーが分岐する、複雑怪奇なものだと思っています。ゲームのシナリオを過信することは、この現実の世界ではできないかと」
真の魔王打倒を目指さない理由、その本音は別のところであるが、嘘はついていない。
俺をナルシストだからと言って、完璧主義だからといって、イロモノだとか世間知らずとは思わないでほしい。
これは明晰な頭脳と、正しい状況把握をした結果くだされた判断である。トゥルーエンドは生身の世界で、生身の人間には難易度が高すぎる。
怜花もそれは分かっていたようで、それでもその事実を認めたくないようだ。
唇を強く結びながら、地面をにらむ。
「それに、すでに俺とあなた、ゲームでいう主人公とティア姫の出会いのシーンは、かなり異なった形で実現しました。シナリオをなぞるのは不可能に近いと考えます」
ゲームでは、家出中のティア姫が、城下町でトラブルに合い、それを主人公が助けるところから物語が始まる。ご都合主義的な展開である。
すでに、シナリオは違うスタート点から始まっていた。
「ごめんなさい。私、焦りすぎていたわ……」
落ち込んだ様子で、素直に謝る怜花
「いえ、分かっていただければいいんですよ。」
彼女と意外と物分かりのいい態度に、俺は驚く。
やや強引な物言いは、帰還をのぞむ彼女の気持ちが先走った結果なのであろうか。俺の挙げたリスクについて、すぐに理解を示したところを見るに、冷静に物事を捉える能力は高そうであった。
なにはともあれ。心の中でほくそ笑む。
彼女の帰還に付き合う、つまりハーレムルートをこの世界で実現するという最悪の想定は回避できそうであった。
そんな時。
『――まあ、本音を言うと俺は生粋のナルシスト。自分の格好良さにしか興味がないから、ヒロインに恋なんて、それこそハーレムエンドなんて考えられない、というだけだけどな。怜花には悪いが諦めてもらうしかないな――』
心の中で考えていたそんな本音は、なぜか俺の耳に届いた。しかも、それは俺の声ではない。
俺と、そして怜花は同時に、その声の発生源を見る。
怜花の肩の上。そこには片手ほどの大きさの小人が、背の羽をはためかせて浮遊していた。
覚の妖精。
ゲーム途中で仲間になるキャラである。人の感情を理解する力があって、ゲーム上ではヒロインたちの主人公への親愛度を教えてくれる程度の、悪く言えばご都合的なお助けキャラであった。心を読むほどの能力はなかったはずだが。
「確かにこの世界はゲームとは違うわね。ゲームでは情報量が節減されていると。なるほど、しっかり考えないとシナリオはどうとでも変化するわけね」
「なにを……」
「例えば、この妖精ちゃん。こっちの世界では人の心を読んで教えてくれちゃうのよね。ゲームでそれをやっちゃったら、ギャルゲーも成立しないから、こういうところは描写されなかったみたいだけど」
「いや、俺はそんなこと考えて――」
「私だって、この1年間遊んでいた訳じゃないの。例えば、この妖精ちゃんを見つけるとか、ね」
したり顔で詰め寄ってくる怜花。といっても一定の距離はたもっているが。
そして1人、うんうんと考え事をする彼女。
その考えがまとまったところで、怜花は口を開く。
「生粋のナルシストね」
「悪いか」
否定されることは慣れている。しかし、つい身構えてしまう。
しかし彼女の答えはあっさりと。
「いや、いいんじゃないの」
その淡白な反応に面を食らった俺をしり目に、彼女はたくらみ顔で言葉を続ける。
「それにしても、いいことを聞いたわ。ナルシストさんなら、カッコわるいことは出来ないってことよね」
「当然だ。俺は素晴らしい人間だからな。今も、そして未来も」
そこは譲れない。
「もう一つ聞きたいんだけど、ゲームはどれくらいのルートをクリアしたの?」
「一通り。それこそハーレムルートも。だからこそ、クリアは難しいんだと言っている」
ふむふむ、と満足気にうなづく怜花。
そして満を持して、決定打を放つ。
「じゃあ、もう一つ質問。あなたはゲームの中で起こるヒロインたちの悲劇も知っているってことよね」
遅かった。そこまで言われてはじめて、彼女の質問の真意に気付く。
その一言は俺にとって投了を促す、決めの一手。あとは、詰め将棋。
俺がナルシストであるという情報だけで、ここまで読み切った彼女の知性に拍手を送りたい。
「確かに、彼女たちはあなたにとってこの世界では他人だよね」
ああ、そうだ。だからそのことは考えないフリをしていた。
「あなたの言ったことは正しいわ。おとなしくこの世界で生きていくという選択肢の方が賢いかもしれない」
ああ、その通りだ。
「だけど、そんな不幸な結末を知っていて、見ず知らずを決め込むのって」
みなまで言うな。
そんな俺の思いは届かない。考えないようにしていた、その一言が告げられる。
「それって、カッコわるいんじゃないの」
カッコわるい。
カッコわるい。
カッコわるい。
頭の中で、その言葉がリフレインされる。
彼女の言う通りだ。俺にはこの世界のでヒロインにあたる女性たちと接点はなく、助ける義理もない。合理的に考えるならば、無視が正解だ。
しかし。
その選択が正解ではあるがカッコわるいものだとすると。
俺の頭に、ゲーム上の、主人公が助けなかった場合のヒロインの結末がよぎる。それはあまり気持ちのいいものではなかった。
詰み。俺の負けだ。
敗因はなんてことない。ゲームの世界ではさして存在感もなかった、覚の妖精。
さきほど自分の吐いた詭弁が、自分にそのまま帰ってきた形だ。
バタフライエフェクトもしくは、風が吹けば桶屋が儲かる。この世界は現実。ひょんなことが、結果に大きく影響を与えることもある。
「降参だ。要望は?」
分かりきったことを彼女に聞く。答えはもちろん。
「仙介はヒロイン全員を攻略し、ハーレムエンドを目指すこと」
ハーレムエンド。俺にとってありえない選択肢。
しかし、彼女に言われるまでなく、俺はもうそのつもりだった。なんせ、俺は俺が「カッコわるい」ことを許せないから。
敗北を認めた俺に、彼女が告げる。
「困ったことに、この世界で私もヒロインの1人みたいなんだけど、頑張って私を惚れさせてね。男性恐怖症だし、無理だと思うけど」
そうやって、わざとらしく舌をだし、微笑む彼女。
こうして最後に、彼女が俺に近づかなかった意味が判明したのだった。
序章部分はここまでです!
よろしければ、ページ下部のブックマーク・評価等よろしくお願いします!