2. ナルシストゆえの努力①
あれから一年がすぎた。
ギャルゲーとRPGを足して2で割ったようなゲーム、〈愛がすべてを救う世界〉。そんなゲームの世界に取り込まれて、今までのこの1年間。特に大きな出来事もなく過ぎていった。
元の世界に帰る手がかりもなく、それでいて、魔王の出現をはじめとするゲーム上のシナリオが動き出すこともなかった。
つまりは、あの転移時に握らされていた紙片の通りであった。
『チートなどは与えられませんが、ひとつだけ特典があります。それは、今がゲームのストーリーがはじまる1年前だということです。ストーリーの時間が始まる前に、できるだけ鍛錬をして強くなることをオススメします。』
この紙片の文章を書いた人物が俺をこの世界に導いたのだろう。誰が何の目的で?
それも分からないまま。
転移後すぐは絶望もしたものだ。元の世界で積み上げてきたモノが崩れ去った瞬間である。それは落ち込みもする。
しかし、この世界でも俺のとる行動はさして変わりなかった。
自分が愛せる自分になること。
一時の美に囚われた、ギリシャ神話のかのナルキッソスであれば、この状況に絶望をしたかもしれない。しかし俺は先見性ナルシスト。柔軟性にも自信がある。
日々の鍛錬は、勉学やスポーツから戦闘力の向上に代わっただけ。
「ナルシスト修行僧」との矛盾だらけのあだ名も伊達ではない。文字通り心血をそそいで、俺はこの一年を過ごした。
ところで今、俺は鬼ごっこをしていた。
修行場の山林を俺は駆ける。
逃げるは俺。
そして鬼は、この世界の一国、イグレット王国のお姫様とその護衛のご一行。
イグレット王国第二王女、レイカ姫。彼女から俺は逃げていた。
2日前からとある噂話を聞いていた。
レイカ姫がとある一人の男を捜索していると。
はじめそれを聞いたときはさして気にも留めなかった。レイカ姫、という名前に聞き覚えがなかったのだ。この世界のもととなったゲームには、そのような名前をもつキャラクターはいなかった。
しかし、彼女がイグレット王国第二王女であるとなれば話が変わってくるのだ。
ゲーム上で第二王女と言えば、それはティア姫であり、彼女こそヒロイン役の1人なのである。
名前が変わっている?
それに気づいたとき、寒気がした。もし俺の予想が当たっていれば、面倒なことになると――
追ってくるは、レイカ姫の護衛と思われる男女2人。
「連理の魔法っ、光矢」
女性の方が詠唱をすると、三本の光の矢が飛来する。そして俺の一本は足元、一本は右手、一本は頬をかすめる。
殺意は感じられず牽制であると判断し、回避行動をとらなかったわけだが、たいした腕である。
そう感心していると、今度は男の方が俺に駆け寄る。
「連理の魔法。光の剣」
今度は光りをともなった斬撃が、俺の頭上を通過する。
「物騒な」
俺が何をしたっていうんだ。そう愚痴も言いたくなる。
「卑怯と思うなよっ」
そう言いながらも、男は剣を振る手を止めない。そのうちに弓を構えた女も到着する。
1対2。
この世界において、この人数差は絶望的なほど素直に戦力差と直結する。男が「卑怯と思うな」と口にした理由もそこにある。
それは、この世界の戦闘システムに理由がある。
比翼連理。
比翼、翼を重ねて飛ぶ2羽の鳥。
連理、2本の木の枝がその途中から結びつながるさま。
男女の仲睦まじいことを言う四字熟語である。
この世界特有の戦闘スタイル、「比翼の契り」と「連理の魔法」は、この言葉をもとに名づけられていた。
「比翼の契り」は、戦闘を行うパーティを結ぶことで、男女の恋愛感情をもって契約が行われる。
そして、この契りを交わしてはじめて使うことができるのが、「連理の魔法」である。
ゲーム〈愛がすべてを救う世界〉では、ヒロインとの親愛度がそのまま強さに直結する。それはこの「連理の魔法」が「比翼の契り」を交わしたものの間の親愛度によって、その力が上下するというシステムに由来している。
ということで。
目の前の二人は「比翼の契り」を交わし、「連理の魔法」を使用できる状態。それに対し、ナルシストで他者への興味をもてない独り身の俺はその力をもたない。
差は「魔法」の有無だけではない。「契り」を交わせば、身体能力も底上げされるからだ。
例えるならば、高レベルでかつ上級職の魔法戦士2人と、下級職の戦士でレベルも低い1人が対峙しているようなもの。これが今の戦力差である。
「勘違いしないでほしい。我々はあなたに危害を与えるつもりはない」
そう言葉を投げかけてくる男。
圧倒的な優位に立ったつもりでいるらしい。俺に向けられていた剣先も、今は地面を向いている。追いついた女の方も同じく、弓を下ろす。
しかし。
俺は交渉に応じるつもりはなかった。
なぜ、彼らが執拗に俺を捉えようとするのか。そして彼らの主であるイグレット大国第二王女、ゲーム上のティア姫が、なぜこの世界ではレイカ姫へと名を変えているのか。
嫌な予想はこうだ。
レイカ姫は、俺と同じ転移者である、ということ。
それならば、名が変わった理由もわかる。それに、この転移から1年後というタイミングも、この説を補強する。シナリオが進行する前に合流したい、ということだろう。
合流してどうする?
レイカ姫は何を俺に求める?
この説がもし正解であれば、その先の展開は厄介極まりないものになるだろう。
だから、俺は逃げる。
「こちらこそ、勘違いしないでほしい」
見た目の戦力差は大きく、だからこそ彼らは油断をし、交渉へと入った。
しかし、その選択は不正解である。
「俺は独りでも強い」
改めて言おう。
俺は自分に好かれるために、この一年間鍛錬を続けてきた。この世界でかっこいいという証は、高学歴や高収入ではなく、その人の戦闘力そのものであるから
すでに素の戦闘能力ではこの世界でも上位に入るだろう。しかし、「連理の魔法」が使えないことには、どれだけ格闘能力や剣術に長けていてもその価値を活かせない。
そんな大きな壁にも俺はめげなかった。
そして俺は、この世界において独りで戦う術を見出した。
努力を重ねた。その真価を今、発揮する――
「魔素機関2番、点火」
新兵器のお出ましだ。