9. 師匠
ミリア騎士団長が、その名を聞いただけで表情を一変させた人物。
オリヴィア師匠との邂逅を語るには、少し時間を遡る必要がある。
自己賞賛と自己研鑽のループ。それこそが俺の至上命令。それはこの世界でも同じだった。この世界では、戦闘力を磨くことがカッコよさへの道であった。だから俺の目標は、「1人で強くなれる限界」にあった。
そのためには手段は選ばない。
1年前。この世界に転移してすぐに俺はオリヴィア師匠のもとを訪ねた。ゲームの知識をたよりに、彼女が最も俺を強くしてくれると確信をもって。
オリヴィア。
かつての世界最強の一角。そして、突如、第一線から離れ姿をくらませた女性。
とある事件により、彼女は極度の人間不信に陥った。他人の誰も信用できない。それは、「連理の魔法」の喪失を意味していた。
だから、世界最強も過去のこと。彼女にとってはどうでもいいことだったのだろうが。
彼女は山奥で、農業や狩猟などを細々と行い自給自足の生活をしていた。
俺が知っていることは、おおよそこれだけ。
ゲームでは、オリヴィアの登場は終盤。人間不信なのは同じ。そこでも彼女の過去については触れられなかった。
魔王討伐の直前に主人公一行が彼女に修行を頼む。しかし、人間不信故に彼女はそれを拒む。
しかし、ヒロインたちがオリヴィアへの説得をはかる。ヒロインたちは主人公への強い恋心を語り、それに感化されたオリヴィアは折れて、最後の特訓を一行に授ける。
こんなストーリーである。
この世界で彼女と実際会ってみて思ったことは、ゲームはやはりご都合主義だなということ。
彼女がヒロインたちの語りに耳を貸すとは思えなかった。
初めて彼女と出会ったとき。
「師事をお願いに来ました」
隠れ家に俺がたどり着いたことに驚きつつ、オリヴィアは言葉ではなく殺気をもって返事をした。
実際のところ、彼女は人間不信というよりも人間嫌い。人を嫌悪していた。
それでも俺も引けない。
「私を人間と扱わなくてけっこうです。暇つぶしになる玩具程度に思っていただきたい」
「……」
「もの扱いをするのも、こちらも同じです。あなたは私を強化するただの道具。そのように考えています」
「……」
「俺は他人に興味がありません。俺自身にしか興味がない」
「……」
「あなたが望まないのなら、私は人間としてあなたに干渉しないって言っているんだ」
「……」
振り返ってみると、俺も無茶苦茶だ。
向けられる殺気だけで失神しそうなほど。それでも恐怖に自己愛主義が勝利した。
「いいです。俺は、偶然ここに転がった玩具。遊ぶなり、壊すなりしてください」
その一言を聞いて、彼女はドアを閉めた。
彼女の答えは、無視。
それでも俺は、自分の宣言通り、そこに転がり続けた。
朝、彼女は家から出てきて剣を振る。
それを見て、剣を学んだ。学んだ、というより真似た。
彼女の狩りにもついていった。というか、勝手に追いかけた。
彼女が山林の道を進むスピードは、人のものではなく。何度も俺は見失い、何度も遭難した。足腰のトレーニングになった。
ちなみに彼女が家にいる時間は、山を下りもう一人の師匠のもとへとたずねた。
そこで魔素機関の開発に励んだのだが、これはまた別の話。
彼女を訪ねて3か月後くらいか。
気まぐれか、オリヴィアは俺で遊んだ。それは猫がネズミをいたぶって遊ぶように。
何も文句は言うまい。俺はあの宣言通り、モノに徹して彼女に付きまとったし、彼女も俺の宣言通り、俺で遊んでみただけ。
しかし、その時。この世界に来てはじめて、俺は死を実感した。
それは、たった5分程度。彼女にとっては、手持無沙汰にペンのキャップをいじるくらいの、ほとんど無意識の遊び。
なんてことない殴打や蹴り。
左の瞳と右腕の腱は、この時に失った。
そしてその時。
消えゆく意識の中で、はじめて俺は彼女の言葉を聞いた。
「壊れないとは、いい玩具だ。今度からちゃんと遊んでやる」
久しぶりに言葉を発したのだろう。その言葉は非常に掠れていた。俺はそんな言葉に、「十分、壊れている」とツッコミを入れたいところであったが、その余力はなく、倒れこんだのだった。
結局、遊びが指導に至るまでにさらに2か月ほどかかった。
「なぜ、それほど強くなりたい」
師匠もそのころはずいぶん人間性を取り戻していた。
あのころは会話が成立することにすら感動したものだ。
「自分のためです。師匠とはじめて会ったとき言ったでしょう。俺は他人に興味がない。強い自分、それがカッコいいと思ったから俺はここに来ました」
しかし、質問した本人である師匠は興味なさげであった。
「自分のためにねぇ。なら剣術なんてやめて、ひたすら筋肉でも鍛えていればいいんじゃないか。自分で完結するなら、人に勝つ必要もないだろう」
そんなものか。
考えたこともない話だったので、師匠のその言葉は印象的であった。
俺はその指摘になんと返したか。それは思い出せないけど。
師匠に剣を教わったのは、結局のところ2か月ほどであった。
結論から言うと、追い出された。理由も教えてもらえず。
最後に聞いた師匠の言葉は、「これ以上私のところに居座るなら、殺す」というものだった。
会話が出来るようになったとはいえ、俺と師匠のあいだに人間的なやり取りはほとんどなかった。
彼女はきまぐれに俺に剣を教え、俺もそれ以上のことを望むことはなかった。寝食をともにすることすらほとんどなく、夜、俺はもう一人の師匠の家で寝泊まりをした。
干渉を出来るだけ排除した生活だったから、俺が彼女を怒らせたとかそういうこともなかった。はずだ。
ただ、「居座るなら、殺す」という言葉が嘘ではないことを俺は知っていた。彼女は虚言のたぐいから正反対のところにいる人だ。
結局、俺はその日に山を下り、それから師匠と一度も会っていない。
ということで俺とオリヴィア師匠の付き合いは、半年と少しの間であった。
彼女の過去に何があったのか。「連理の魔法」を使わずに、なぜあれほど強いのか。結局分からずじまいだった。
もちろん、師匠のもとを離れてからも剣の鍛錬は続けた。
俺の弱点は明白。
連理の魔法を使えないことによる、火力不足。
それを補うための剣術を磨き、魔素機関をはじめ使える手はいくらでも用意した。
今。イグレット王国の戦力の最高峰たるミリア騎士団が、立ち合いをしてくれる。
この特訓のちゃんとしたお披露目は初めてである。
俺の感性はこの1年間で少し変貌したのかもしれない。
俺は、たしかに興奮していた。
強者と剣を合わせることに。




