8. 騎士団の試験
王様との謁見の翌日。
俺は騎士団長に呼び出されて訓練場にいた。
テニスコート4面分ほどの広さの訓練場には、その壁際に多くの騎士たちが整列している。そして、訓練場の中心に俺と騎士団長。視線を一身に集める形で、居心地が悪い。
「騎士団長、私は何をすれば」
「仮にも貴殿は姫様の婿候補だ。そして私は王家に仕える身。ミリアでいい」
騎士団長ミリアは、女性としては高身長で、鼻筋が綺麗に通って整った顔立ちは、麗人そのもの。それでいて冷淡そうな瞳は、彼女の武人としての矜持を感じさせるものだった。
「分かった、ミリア。教えてくれ」
「先日、イグレット王に承った通りだ。これから貴殿には、騎士団の試験を受けてもらう」
「ああ」
「セルウィック王子との決闘を受けるというなら、貴殿には必ず勝ってもらわないといけない。何があってもだ。だから、いくつかの条件で貴殿の強さを試験させてもらう」
そう、「比翼の契り」の儀式だけを心配していられない。まずは、セルウィック王子との決闘をクリアしないといけないのだ。
「試験の結果、もし、私が認めない場合、決闘も姫との結婚も諦めてもらう。判断権は王様からすでにいただいている。いいな」
「はい」
もとよりそのつもりだ。
「よし。では、ロイっ。前に出ろ」
その呼びかけに、騎士たちの中から1人の青年が訓練場中央に駆け寄る。
年は同じくらいか。引き締まった身体は、彼の鍛錬の積み重ねをうかがわせている。
「セルウィック王子は貴殿と同じく、未だ誰とも比翼の契りを交わしていない。つまり決闘は、未契約どうしのものとなる」
「ああ」
そうなのだ。
比翼の契りは、男女2人1組でなければならないという決まりはない。それこそ、ハーレムルートがあるくらいだ。1対多数の契約形式も存在する。そして王家の人間はその傾向、つまりハーレムを形成する傾向が強い。
しかしセルウィック王子は違うらしい。決闘申し込みの手紙にはその旨が書かれていた。「私の初めての契約者はレイカ姫と心に決めています」と。
「このロイは未契約の中ではうち一番の実力者だ。魔法を用いない、素の戦闘力での決闘をまず見せてもらおう」
すると、ロイが一歩俺の方に歩み寄り、宣言する。
「私は兼ねてより姫様をお慕いしていた男の1人であります」
そう言う彼の目線は斜め上に向けられていた。その先には、観覧席に座っていた怜花がいた。
彼女は謁見の後から機嫌が悪く、話をしようとしても避けられていた。しかし今はお姫様モード。ロイの視線に気づき、微笑みで返している。
「騎士として、剣に私情を乗せるべからず。しかし今回だけはお許しください。この恋心が私の剣をより早く、より強くすることを誓います」
まっすぐな目でそう宣言するロイ。いかにも生真面目で騎士道精神にあふれた好青年。彼を前にして偽装結婚のうしろめたさが増幅される。
怜花、人気すぎるんだよなあ。
彼女に想いを寄せているのは、ロイだけではないだろう。それは見守る他の若い騎士の目を見ても分かる。怜花の目に留まるわずかな可能性にかけて、鍛錬を繰り返してきた者たちなのだろう。
彼らのそんな想いを身近で知っているからか、騎士団長ミリアも「今回だけは私情を持ち込むことも許そう」とロイの宣言を認めた。
「センスケ殿。あなたからは私は滑稽に映るでしょう。しかし、私は本気です。このお手合わせに私は人生を賭ける気持ちで臨みます。少しでも私を哀れだとお思いになられるなら、センスケ殿も私を殺す気で臨んでいただきたい」
「分かった」
そう答えるしかなかった。
「ミリア、武器の使用はどこまで認められる?」
「剣のみだ。こちらで用意したものを使ってもらおう。刃引きをした模造刀ではあるが、殺傷能力がないわけではない。言うまでもないが、気を引き締めるように」
そう言われて、一振りの剣が手渡される。ロイも同じものを手にしている。条件はイーブン。
両者向き合うと、ミリアの「はじめ」という号令で、手合わせがスタートした。
2合、3合切り結ぶ。それで、分かったことがある。
ロイの剣は、良くも悪くも、道場剣術。
セオリー通りの動きは実直で力強い。しかし、太刀筋を読むのも容易。
対する俺は、実践剣術。
と、いうわけではなく。
迎え撃つ俺も、ロイと同じく道場剣術。いや、流派は明らかに違うのだけど、ひとつの型を順守する動きをするという点では、お互いに道場剣術であった。
手加減をしているわけではない。
彼を相手にして、積極的に選択した戦い方がこれだ。
結果、異流派どうしの正統かつ本格的な立ち合いが実現した。
これに驚くのは見物客たちだ。見守る騎士たちからかすかなどよめきが聞こえた。
剣一本での勝負。
体内に埋め込まれた、魔素機関、左目の1番と、右腕の腱の3番は起動させていない。起動せずとも普通の人間の瞳と腱の機能を果たしてくれるが、これはただの医療行為として認めてもらおう。
仕掛けてくるロイ。いなす俺。
今度は仕掛け返す俺。それをいなすロイ。
身体能力の差もほとんどなく。
時に太刀筋にフェイントや変化を入れつつも、それも想定内。
あまりに教科書的な剣戟に、再び静まり返った観衆に見守られながら、俺たちは剣を重ね合わせた。
そんなこんなで、十分後。
なんの盛り上がりも見せず、立ち合いは俺の勝利で終わった。
うなだれるロイをしり目に、さすがに動揺気味の騎士団長ミリアは矢継ぎ早に指示を出す。
「ニーア、前に」
ミリアに使命されたのは、やや小柄の女性。彼女も俺と同い年くらいで、どうやら未契約者。
彼女はロイとは違った流派の剣術を使った。
そして俺も、先ほど俺が使ったのとは別の流派で応戦した。
そして、ロイとの立ち合いより5分ほど早くに、また俺の勝ちでその立ち合いは終わった。
「よく分かった。休憩だ。少し付き合ってもらえるか」
2人との立ち合いを終えた俺に、投げかけられたのはミリアのそんな言葉だった。
俺とミリアは、慰めるようにロイを中心に群がった他の騎士たちとは少し離れて、訓練場の地面に腰を下ろした。
「いくつの流派を使えるんだ」
前置きもせず、ミリアはそう問いかけてくる。
隠すこともないので、俺も素直に答える。
「師匠が知っている分だけ」
師匠。
この世界に、俺が師匠と呼ぶ人物は2人いるが、ここでは戦闘を教えてくれた師匠のことをいう。
俺はナルシスト。他人に興味はない。しかし、それは1人で何でも頑張る、というわけではない。使える他人は使うし、尊敬の意を表すのもやぶさかではない。少なくとも、この1年間で関わった2人の人物は、師匠と呼んで差支えのない人たちであった。
「いい師匠にあたったようだな」
「ああ。あの人ほどじゃんけんが上手い人も、そういないだろうな」
そんな俺の答えに、ミリアは笑う。「じゃんけん。なるほどな」、と。
「確かに、センスケ殿の戦い方はじゃんけんそのものだったな。それも後出しの」
ミリアの言う通り。
先の2戦、俺は相手の流派に、その天敵となる流派で迎え撃ったのだ。
立ち会った2人と俺は、力量は五分。だから派手な展開にはいたらず、剣の相性通りに事が進み、最終的に俺が勝ったのだった。
「センスケ殿の師匠は博識なんだな。ニーナの剣は、北方の少数民族のものなんだが」
「さすがに完全に一致する剣筋は知らなかった。あれが属するおおもとの流派を知っていただけだ。枝分かれした末端は百以上でも、太い幹自体は10か20。そういうものなんだろう」
「10か20の剣術を実践にうつせるだけで大したものだ」
まあ、そういうものか。
頑張るベクトルが違うだけだろうけど。
俺も、そして師匠も、他人を愛すことが出来なかった。だから。
「才能がないものの戦い方ってだけだ」
しかし、その言葉は誤って伝わってしまう。
「才能がない、か」
憂いげに、騎士たちを見るミリア。
「ロイもニーナも、それなりに才のある類だと思ってはいたんだがな」
なるほど。才能、の指すものが俺とミリアでは違うのか。
誤解されてしまった。
彼女が言う意味では、俺もロイもニーナも才はある。
俺の基本的な身体能力は、ゲーム主人公そのもの。チートでもなければ、努力次第で最強になれるわけでもない。ただ、才がないわけでもない。
スポーツで例えるならば、頑張りよう次第ではプロの1人にはなれるが、けっしてトップレベルにはなれない程度。この、基礎スペックが高いという意味で、ロイもニーナも俺と同じくらい才能はあるのだろう。
俺が言ったのは、もっと簡単なことで、他人を愛する才能のことだった。
しかしこの誤解は訂正できない。そういえば俺も怜花を愛していることになっているのだ。
ついつい口をこぼしてしまったが、誤解してもらってよかった。
「そのお師匠様の名を教えてくれないか。是非ともお会いしたいものだ」
騎士団長ということで、彼女の武に対する情熱は人一倍なのであろう。その要望は予想できた。
しかし。
「会うことは出来ないと思うぞ」
「では、名前だけでも教えてくれないか」 ^
俺が師匠と慕う女性。
その人の名は。
「オリヴィア」
俺の答えにミリアは息をのむ。
そして、やおら立ち上がると、訓練場全員に向けて一言。
「試験を再開する。次は武器の使用を全面許可」
セルウィック王子との決闘の状況と同じ、武器使用制限なし。
「そして相手は私、騎士団長ミリア」
すでに、ミリアの醸し出す雰囲気は獣のそれに変わっていた。




