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1. 水島仙介はナルシストである


 ――己を知らないままでいれば、長生きできるだろう――


 ギリシャ神話には、こんな話がある。

 ナルキッソスという美青年がいた。何を隠そう、彼は自己愛主義(ナルシシズム)の語源となった男。


 物語はこうだ。

 彼は持ち前の美しさ故に、女性からも男性からも愛されてしまう。しかし、彼はとある神からの罰により、他者を愛せないようになる。

 だから、ナルキッソスは、他者から愛を告げられるたびにそれを拒まないといけない。

 そのうちに、とある精霊が彼を愛し、叶わない恋に絶望をして消えてしまう。これに怒ったまた別の神様が、彼を破滅の道へと誘うのだ。


 ある日。

 彼は池に誘われ、そこで水面に映った自身の顔を見てしまう。そして他者を愛せないナルキッソスは水面の自分自身に惚れてしまう。


 そのまま、ナルキッソスは水面の自分から離れることが出来なくなり、そのままそこで朽ち果ててしまう。このようなお話だ。




 ところで彼は盲目の預言者に「己を知らないままでいれば、長生きできるだろう」という予言を受けていた。その予言通り、彼は水面に映った己の美しさに目をとられ、破滅の道を行ったわけである。


 もったいない。


 俺、水島仙介は自他ともに認める自己愛者(ナルシスト)である。だから、この哀れな美青年に対してそう思わずにはいられない。もったいない、と。


 せっかく他者を愛さずに済み、自分への愛情に集中できる身となったのに、彼は一時的な美に(とら)われてしまった。それが()しくて仕方ないのだ。

 

 俺なら、未来に待つ、今よりさらに素晴らしい自分を期待し、その未来の自分を夢想(むそう)し、それを愛する。

 決して、池のほとりに佇むことはしない。さらに美を、いやそれだけではなく武でも知でも磨きに磨いて、未来の自分をよりよいものにする。それが俺にとって至上の生き方である。


 だから俺のことはこのナルキッソスと区別して、先見性ナルシストとでも呼んでもらおう。

 俺は先見性ナルシストとして、ナルシストへの予言「己を知らないままでいれば、長生きできるだろう」に逆らってみせる――




 ということで。

 俺の日常は多忙を極めていた。


 同級生がゲームに興じている時間は、勉学にあてた。

 同級生が異性と乳繰(ちちく)りあっている時間は、身体の鍛錬にあてた。

 同級生が拒んだ、委員会などいろんな役職も快く引き受けた。

 それはすべて、最上級の男となるために。さらに素晴らしい人間になっているだろう未来の俺を愛すために。

 ちなみに、一部の人間はそんな俺のことを「ナルシスト修行僧」と呼んだ。そもそも修行僧は自我を消し去るために修行をしているわけで、そのあだ名は矛盾のかたまりだった。


 閑話休題。

 あの時、俺という作品のひとつの集大成が間近(まぢか)に迫っていた。

 それは大学受験。俺は日本一合格が困難だという大学に受かって、「学歴」という新たな装飾品を獲得するはずだった。

 

 それなのになぜだ。

 なぜ俺は、ギャルゲーという、さも他人を愛することが前提の世界へと迷い込んでしまったのか――




 あれは気の迷いだった。

 俺は確かに大学受験に疲れていた。

 この俺をもってさえも、日本一の大学は伊達ではなく、合格にはかなりの労力を要していた。

しかしながら、その日の模試の出来は完璧で、少々、気も緩んでいた。


 そんななか、友人という悪魔が俺を(そそのか)した。「このゲーム面白いぞ」と。

 先に断っておくが、俺は友人という名の他人にも興味はない。しかし、「どんな人間にもフレンドリーな自分」は、俺的にポイントが高かった。

 話しを戻そう。友人は俺にそのゲームのソフトを貸し与えた。


 そのゲームのタイトルは、〈愛がすべてを救う世界〉。

 ゲーム性はRPGを基調としているが、内容はギャルゲーという、なんとも中途半端な代物に思えた。

 魔王を倒すとクリアとなるRPGにありがちな単純なストーリー。しかし、ヒロインたちとの親愛度によってパーティの強さが決まるというシステムに独自性があった。

 そのストーリーもモンスターを倒していくというより、ヒロインたちとの交友を軸としていた。


 他人への愛で強さが決まるだと。

 くだらない。

 自分を変えるのは、自分への愛しかない。それが先見性ナルシストの信条である。

 そう思い、油断をしていた。


 しかし。

 くやしいがハマってしまった。そのゲームは面白かったのだ。


 一度クリアした後も別のルートへと。リセットと「はじめから」を繰り返した。


 そしてついに、最難関のハーレムエンドをクリアした。

 

 自分でも驚きだが、そのハーレムエンドに至るまで、俺はコントローラーを一度も置くことはなかった。反動、というのは怖いものである。


 そうして。

 ハーレムエンドを達成してすぐ、俺は倒れるように眠った。

 受験の疲れも重なって、俺の意識は深く沈んでいった。

 何時間も、深く――――





 そして、目を覚ますと。


 俺は、そのゲームの世界にいた。いや、ゲームをもとにした異世界にいた、という方が正しいか。


 最初は夢だと思ったし、いろいろと確認もした。

 しかし、ひっぱたいた頬の痛みは現実のもので、いつの間にか着ていた麻の服はどう見ても現代日本のものではなかった。


 それにしても、なぜその異世界がゲームの世界だと特定できたのか。答えは簡単である。

 ご丁寧に、一枚の紙きれが自分の拳に握られていたのだ。


『ようこそ、〈愛がすべてを救う世界〉へ。あなたは主人公として転生しました。頑張って魔王を倒してください。

チートなどは与えられませんが、ひとつだけ特典があります。それは、今がゲームのストーリーがはじまる1年前だということです。ストーリーの時間が始まる前に、できるだけ鍛錬をして強くなることをオススメします。

なお、お約束通り、この世界にコンティニューはありませんのでお気をつけて』


 (ばち)があたった。

 ゲームであろうが、他人への愛を楽しんだ自分への罰だと思った。

 だから決めた。

 

 ――先見性ナルシスト(俺)はギャルゲー×RPGの世界(〈愛がすべてを救う世界〉)でヒロインたちに恋をしない。

 

 もう二度と自分を裏切らない。もう他人に浮気しない。

 異世界の地で、俺はそう決意したのだった。


はじめまして、畝々(うねうね)です。

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