愛と恋と蛙 6
『負けたらちゃんと使ってくださいね。』
『まぁそのくらいならいっか。』
ただその発言を取り消すために俺は今、王子役の衣装を着ている。
完全にしてやられた。俺の性格上断れないのを知っていてこんな事を計画してたのか。我ながらあんな約束真に受けなくてもいいのに。衣装がピッタリなとこは少し嫌な考えが浮かぶが、服の装飾からしてだいぶ前から入念に作っていたと見える。それを知ってしまうと無下にはできない。
昼食が終わるとすぐ、こころのクラスが行う演劇に参加するため体育館へ向かった。王子役と姫君役は同時に進むことが多いらしく、正直どこまでこころに合わせられるか全く自信がなかった。
とは言え吐いた唾は飲み込めない。とりあえずセリフと動きを何とか覚えることに必死だった。
そんなかんなで時間はあっという間に過ぎ、練習開始から僅か2時間で本番となった。
『むかしむかし、ここより遥かに離れた地で2つの国が対立していました。名前をscantyとaffluence。この2国は端的に言えば貧しい国と裕福な国でした。全く価値観が違った国同士、かたや目障りな蛆虫を殺すため、かたや肥沃な豚を堕とすため戦争が日常となってました。そしてそれぞれを国家を統べるは若い王子と王女でした。彼らは互いの事をあまり理解せずにただ「あれは私たちの敵」と教えられ育てられました。それはもう顔の見えないもの同士の殴り合いにも等しいものでした。』
ここまでは俺はただステージ袖から聞いてるだけ。にしても他の人の演技は本物の役者さんが演じてると言っても騙される程に上手いな。
『戦争が本格的に始まると有利なのはやはりアフルエンスでした。人数こそ多くはないけれど、それを十分に補う先進技術は、数こそ多いけれど、あまり健康でもなく、ボロナイフや鉄パイプのようなものでしか戦えないスキャンディを徐々に追い詰めて行きました。けれどなんとここでアフルエンスの王女、スルーズリーがスキャンディの刺客により攫われてしまうのです。』
さぁ、こっから俺とこころのシーンがしばらく続く。大きく深呼吸をして舞台に上がる。その直後に客席からザワザワと声が聞こえる。まぁそりゃあ女子校の演劇に男子がいればこうなるか。しかもなんか随分と肌をさらけ出してる服だし。一応先生から許可は出てるからいいけど。
そして目の前で縛られ倒されたこころを前に玉座に座る。
「貴様があの豚の国の当主か。想像していたより随分若く見える。まぁそんなことはどうでも良い。貴様は自分がどのような状況に置かれているか分かっているか?」
「......ええ、わかっていますとも。このままではどうやってもあなたの国は勝てない。そこにあまり従者を連れていない王女を見つければ襲うのは当然です。」
高級そうなワインを手で回しながら質問する。そして軽く一口飲む。うーん、ぶどうジュース。
「して、なぜ王宮ではなく都にいた?王宮にいればこんな無様な姿を晒すことはなかったろう。」
「......私は女とて一国を治めるもの。上から指示だけ出すだけでなく、ちゃんと戦況をこの目で見たかったのです。周りは断固としてそれを認めませんでしたが、今となればあの時の言葉を守っておけばよかったですね。......けれどたとえ私がここで生涯を終えても後悔はありません。いざとなればお兄様やお姉様もいます。ですから私に人質の価値なんてないですよ。」
「なるほど。」と言い椅子から立つ。そのままこころに近づき冷たい目線で見下す。こころも必死に睨み返すがそれを鼻で笑う。そして極めつけのアゴクイ。だいぶ古いネタだと思うがこの学校の女子たちはこういうのが大好物とのこと。
「じゃあ、何をしても構わないんだな。」
「「「キャー!!キャー!!」」」
「お静かに!!お客様の皆様ご清聴願います!!」
うるっさ。
『その後スリーズリーがスキャンティの王、アルスに捕らえられたと報せが両国に伝わります。各国様々に思うこともある中、アフルエンスの出した結論は……』
「だから言っただろう。迷わず次期当主を選定すると。貴様を助けることは絶対にないと。」
「......確かに、1人で勝手に決め事を破り、挙句相手国に捕まるような者は王には相応しくないのかもしれないですね。」
「違うな。」
その言葉に「えっ」と声が漏れる。
「貴様の何が優れており王に選ばれたかは知ったことではないが、自分が王にはなりたいと思う人間からしては貴様が邪魔なのだろう。要するに国から捨てられたのだ。......来い、何にもない貴様の見たかった争いの醜さを見せてやる。」
場面は変わり、スキャンティの国の街中に入る。そこは家もまともに立っておらず、野宿に近いような形の人間が多くいる。しかしアルスが来ると多くの人が駆け寄ってきた。
しかし男役がいないからこれ完全にハーレム状態だな。なんか男子から反感買われそうな嫌な役だな。
「アルス様、この人がもしや相手国のスルーズリー王女ですか?」
「元、だがな。自国から捨てられた哀れな女よ。......すまないがお前たちの飯を少しばかり貰っても構わんか?大した返しは出来ないが......」
「いえ!お返しだなんて......。でもいいんですか?私たちのご飯は......」
「それがいい。この女に1回見せつけねばならないからな。」
『これらの言葉にスルーズリーは驚きしかありません。そこには自国の時とは全く違う関係の王と民の関係があったからです。それは畏まった関係で決して交わることの許されないアフルエンス(私)ではなく、積極的に関わり、互いを知ることで支え合っていくスキャンティ(彼)の姿でした。スリーズリーは自国のことさえ何も知らなかった自分を恥じました。』