愛と恋と蛙 5
「やべぇ、ガチで怖ぇ……」
強引に名前を書かされ入口を潜り10分くらいした頃、予想よりも遥かに広いステージで慎重に俺とこころは進んでいた。
「ねぇこころ。この教室って一体どのくらい広いの?終わりが全然見えないんですけど。」
「ここはボールルームですからかなり広いですよ。それにいつもなら仕切りで部屋を2つに分けてますがそれも取り除いてあれば尚更。彼方先輩の学校の体育館ぐらいですね......あ、舞踏室と言った方がわかりやすいですか。」
ダンス会場ってことかな。にしてもそれならだいぶ広いな。それにこの広さなのにあまりにも無音な空間が恐怖を掻き立てる。さらにいつ心拍が上がりすぎてブザーがなるかも分からない恐怖。シャレにならない。
「それに普通のお化け屋敷みたいに脅かしても来るからなぁ。ムズすぎない?」
「でも文化祭といえばお化け屋敷というくらい有名ですし。きっと「ごめん!誰か来た!」」
急いで近くにあったロッカーにこころを入れ、俺も続いて入る。そして音を立てないよう、けれどなるべく早く扉を閉める。そして遠くから段々と足音が近づいてきて、それと比例して俺の鼓動も速くなる。こんな至近距離にいては俺の拍動がこころに聞こえかねない。
「ごめん、本当にすまない。いきなり手掴んで、こんな狭いところ押し込んで、こんな至近距離で。......うん、俺出るわ。流石にこれは不味い。」
確証は得た。あまりに真っ暗でもここまで至近距離にらなれば顔は見える。いくらこころでもこの状況を喜ぶとは思えなかった。この際徘徊者とやらにばれてもここから出ることが最優先だ。
扉を開けると10mほど離れたところにその徘徊者とやらがいた。大きすぎる頭の鎧は歩くごとに右へ左に揺れ、大きな斧のような武器を引きずりながら歩いてきた。まだこちらには気付いてなさそうだが、こちらに向かってきてるので早く逃げなければ。
『ビー!ビー!ビー!』
そんな機械的な音がロッカーの中から響いた。その音に前の徘徊者が気付かないわけもなく、ついでに俺もあっけなく捕まった。どうして時間差でこころの腕輪が鳴ったのかは想像に難くない。結果2人仲良くパラノーマル何とかとか言う部屋にいれられた。まぁ軽いヒーリングミュージックと言ってたし問題ないか。
「......少しは気づき始めたのかな。」
「何が軽いヒーリングミュージックだ!!謎の不協和音と、すぐ後ろからずっと誰かに謎の言葉を囁かれた感じしたんですけど!?あれ大丈夫?洗脳とかに使われてそうな音源だけど?」
「そうですか?私は案外悪くなかったですよ?」
深くは突っ込まなかった。
その後はなんだかんだでいい調子で進むことができ、1回だけ捕まったが、やがて出口に辿り着くことが出来た。その頃にはすっかり体力も搾り取られ、しばらく休みたかった。
「じゃあご飯にしましょうか!!そしてそれが終わったらいよいよ私たちのクラスの劇の時間ですね!!」
というわけでこれまたこころの紹介で案内されたお店に入る。なんだか見た目はここの学校には全く似合わず、ジャンキーなお店だった。その理由はある意味とても納得のいくもので、「この学校の生徒にとっては全く未知の世界なんですよ。」と。未知のものに対して興味を持つのは当然だからな。
「なんかこれ新鮮だな。『僅か三分でできる魔法の食べ物!しかも手順はお湯を入れるだけ!!さらになんならお湯がなくてもそのまま食べられる!!』ただのカップ麺やんけ。しかも後半は明らか上級者向けだろ。こんなんが人気とか......え、一杯3000円?」
「普段は決して食べれないものですし、手に入れるのも普通難しいですからね。......じゃあこれは誰が提供してるのか、というと先ほど話でも出ていた仁紫さんです。確か彼方先輩のクラスにお兄さんがいたと思いましたけど。」
やっぱりいたよなそんなやつ。関わりを持ったことは一度だってないけど。
「それでこの子が仁紫春香です。」
「......ど、どうも。」
「あ、こちらこそ。」
明らかに怖がっている。それはそうだよな、きっと兄(確か名前を冬侍といったか)から変なことばかり聞いているのだろう。それでも今会ってくれているのはこころがいるからか。俺の噂話を聞いて話したがるような人はそういない。
「春香さん?何が言いたいかというと、もし春香さんのお兄さんが彼方先輩を傷つけようものなら、私が春香さんに何をするか分からないということです。いいですか、春香さん?あ、私はこのカップ麺をひとつ、彼方先輩はどれにします?」
「笑顔で友達を脅すな。......俺は安いのがいいからこれで。なんでカップ麺よりフィレ肉ステーキとかの方がずっと安いんだよ。」
「ちなみに演劇は何をやるんだ?王道のロミオとジュリエットとかか?」
おフランスのテーブルマナーなど知らん。普通にナイフで大雑把に切ってフォークぶっ刺して食べよう。
「あんな大きな物を一口で......野性的......」
「何だが......魅力的ですわ......」
「すごい......食べられたい......」
この学校はマジで俗世間から離れすぎて変な方向にベクトル進んでるな。確かにこころのお母さんが言うように、これはこれで居づらいな。
「いえ、その意見もあったのですが、教師の方が『独自性を高めよう』みたいな事を言って......。題名は『黒い王子と白いの姫君』です。ただあの人がやりたかっただけでしょうに。」
なんかすごい重そうな演劇......。
「オリジナル演劇って100%失敗する気がするけどな。まぁ最後まで暖かい目で見守ってあげるよ。」
あまりにもそのレベルを越えようものならトイレとかに逃げればいいやろ。どうせステージからは客席なぞ見えん。
「......悪いニュースと良いニュースがあるんですよ。どっちから聞きたいですか?」
急に笑顔でそんなことを聞いてくる。
「え?何藪から棒に。......じゃあ悪いニュースからで。」
「今日王子役の人が急遽出れなくなってしまいました。風邪だそうで。」
「......良いニュース、どうぞ。」
「今度、先程仰っていた水風船で遊びませんか?」
近藤さんをさしてそう言う。