愛と恋と蛙 3
「......ねぇ、何してんの?」
窓を蹴破って来たこころはそのままの勢いでAEDの機械を蹴り飛ばす。パッドはその少女から離れ、イジメの主犯のすぐ横の壁にAEDが凄まじい速度でぶつかり四散した。一睨みすると連中はボスのすぐ背後に全員逃げた。けれどボスは肝っ玉が座っており、驚きこそしたが、逃げはしなかった。
「九条さん、これは私たちなりの優しさですよ。御尊父に会いたいと願うこの子に気持ちを汲んだまでです。それとも何ですか?いくら九条領さんの一人娘だからといって、航空自衛隊空将の娘の私に盾突くのですか?」
こころはチラッと仁紫を見る。こころはほとんどの人には興味など持たないが、人を見る目はある。機微までは分からなくても大方理解はできる。
「確かにこの人はそれを願ってるかもしれない。でもそれが叶わないことも十分すぎるほど理解してる。あなたと違ってこの人は自分の力だけで歩ける力を持ってるのよ。」
それが挑発行為であることは明らかだった。『父親のに依存してるお前とは違ってな』そう含みを入れて。いつもの涼しい顔はどこかへ消え、醜悪な顔に変わった。
「そんなドブで育ったような汚物は早く捨てるに限るのですよ!!顔だって私よりずっとブスですし性格だってろくなものじゃありませんわ!!」
ここで挑発したこころを罵倒するのではなく、安心して罵れる仁紫を選んだことに溜息が零れた。結局この女も権力に臆する弱者だと。
「確かにこの人の家は貧しい。顔もやや不備が見られる。率直に言って恵まれているとは言えない。だけど人間生まれる場所も時も姿も選べない。ドブの中で育ったような、と言ったわね。たとえそんなドブの中で育とうとも、日々研鑽を怠らず、常に前を見て進む彼女を......私は美しく思う。」
そう言うとこころは仁紫のバックを取り「少し借りるわね」と言い、中から一冊のノートを取り出した。そしてそれを主犯に見せつけた。
「この子が今のクラスの輪に入るため、どれだけの事をしてきたか書いてある。一人ひとり、ページの隅々まで各人のことを事細かに書いてある。そしてこれはあなたのページよ。......ここを見なさい。
『今はまだ仲良くなれてないけど、いつか、普通にお話したいなぁ』
最後の文字は震えていた。そこだけ紙が歪んでいた。それだけでどんな気持ちでそれを書いたのか、分からないほど馬鹿ではなかった。
こころも流石は有名な教育者の娘だけあったのか、人を諭す才能が潜在的にあったのかもしれない。
そこからは仁紫に対するいじめなどは無くなり、その活躍からこころはみんなに英雄視されるようになった。
「え、イケメンすぎじゃない、惚れるんだけど。というかここまで聞いたところ普通にいい感じなんだが、ジャンヌダルクよろしくならこっから不幸が訪れるのか。」
「そうなんですの。実は「何を話してるんですか?」」
振り返るとトイレから帰ってきたこころがいた。けれどただそれだけではなく、先程の制服とは打って変わって文化祭らしい服装をしていた。固く真面目なお嬢様という印象がかなり柔らかくなった気がする。
「その話はしないという約束でしたよね?なんで彼方先輩にベラベラと話してるんです?......ぶちのめ「そ!その衣装のこころもかわいいな!」......えっ!?」
俺の本能が告げている、ここでこころを止めねば必ずこの人を殺ると。笑顔で残酷に無慈悲に始末すると告げている。......まぁ本当にかわいいとは思うし、わざわざ俺のために着替えてきてくれたと考えればせめて褒めさせてもらおう。クラスTシャツというやつだろうか。しかし俺の知るレベルとはかけ離れている。
「そっそんな、彼方先輩に褒められちゃった!?えっ!?ずっ、ずるいですよ、そんなストレートに......」
......むしろストレートなのはこころの方だろ。お嬢様がぶちのめすとか。
とりあえずあの子の命は救われ、時間も惜しいということで一箇所目の場所に向かいながらその道中でこころからその後の話を聞いた。どうやら話はさほど重たくなく、英雄視されたこころはそういった扱いが嫌いらしく、「九条さん!!九条さん!!」と呼ばれるのが億劫で不登校になったらしい。今はそんな風潮は無くなったらしいが、影ではどうしても羨望と尊敬の眼差しでられるらしいが。
「でも、落胆はしましたよね。私がそんな暴力的な事をする人だったなんて......」
その片鱗は既に見えてたけどな。
「暴力云々より、困ってる人を助けられる、こころのその優しさを知れてよかった。」
何だかそれからしばらくは目を合わせてくれなかった。
......にしても確か仁紫って俺のクラスにもいたな。