愛と恋と蛙 2
少なくてもこの文化祭の間は世間体があるからきっとお嬢様らしい風体を見せてくれるだろう。
「......で、どうしよっか。俺は白馬の王子様じゃないからバラを携えて手を引くなんてことはできないし、むしろ案内を任せたいんだけど。」
「まっかせてください!!そのために様々なところに根回しして私たちに都合のいいようにしてあります!!何なら『届け』も今日中に届けられる手筈です!!どうですかー!!この努力を怠らない姿勢!見惚れちゃいました!?尽くす女ですよ!!」
「とりあえず俺の知らない間に外堀を埋めるのやめて。それもう絶対勘違いされるじゃん。てか手遅れじゃん。それに根回しとか言われたら素直に楽しめないやん。」
というか君不登校じゃなかったっけ?なんでそんな子が根回しとかできるの?
しかしその疑問は割と早めに解決した。こころが「ちょっと失礼します」とトイレに行っている間に、遠くからキャーキャーやかましい女の子たちにずばり訊いてみた。
「あの、ちょっと訊き「キャー!九条さんの殿方に話しかけられてしまいましたわ!これはもしや世に言う略!奪!!あ
中略。
「九条さんのこと、ですか。」
こころの事を訊きたいというと周りのピンク色と黄色の声は消え、やや神妙な顔つきになる。
「そうですわね、一言で言うと九条さんはこの学校でも異質な存在でしたわ。」
異質、ね。
「なんとなく狐神さんもご想像つくかと思われますが、私たち令嬢と呼ばれる者は、どうしたって権威や資産などといった値札がついてまわりますの。それはこの学校で最も強いルールでして、たとえ出生の年が早かろうと遅かろうと関係ありませんわ。」
「俺には縁もゆかりもないことだが、想像に難くないわな。」
「そしてその中でも九条さんの立場はかなり高かったです。九条さんの父君、領さんは教育に関してその頂点に立つ者と言われています。事実数多くの学校の経営に携わり、この学校もその一つですわ。」
すごいなあの人。いや何よりもそんなすごいのにそれを一切おくびにださないところがまたすごい。
「そんなお方の一人娘ともなれば、それこそあまりにも逸した行為でない限り何をしても問題にされませんわ。教員の恩方も下手をすれば簡単にその首が落ちますもの。マジで。」
「お...おう、マジか。じゃあこころさんが不登校になってしまわれたその理由は一体なんですの?イジメとは考えにくいのですけれど。」
そういうと先程より一層表情が沈む。いや、違う別に煽ったわけじゃないんだ。つい言葉遣いが移って。
「狐神様は聖女ジャンヌ・ダルクをご存知でして?」
「う、うん」と返事はしたものの実際よくわからん。たしかフランスとイングランドの戦争で前線で頑張った女性だったよね?「神のお告げがなんとか~」って言いながら。でも最終的には金がないからって自国に裏切られて火刑にされたとか。恩を仇で返されたような人だった気がする。
「九条さんはまさしく斯の聖処女でしたわ。そう、あれはまだ遠くない過去のお話です。」
これは少し回想に入りますね分かります。
こころが3年になってまもなく、転入生が入ってきた。名前を仁紫といった。このお嬢様学校は幼稚舎から高校までが一貫しており、外部進学、外部入学は珍しいものであった。そのためその転校生は中等部の大きな注目であった。
けれどそれはあまりいい意味ではない。幼稚舎から通っている生徒であれば中三までにはもう10年以上同じ学び舎で過ごしている。勿論それまでに仲のいいグループは決まっており、そこに入る事は容易なものでは無い。そしてさらに悪い事にその子の家は所謂貧乏だった。そして不幸な事に父親が亡くなっていた。学校には成績がとてもよく、そのおかげで授業料、その他いくつかの項目の費用が免除されるという申請が通ったため通い始めた。勿論それが在学生によく映るはずもなかった。自分より遥かに貧しい人間が、自分よりいい成績を出しているなんてイジメの対象になるのは明白。時間はさしてかからなかった。
最初は消しゴムのカスを飛ばす、輪ゴムを当てるといったものだった。けれどお年頃の子どもの好奇心は止まらず、段々とその程度は強くなっていった。教科書をトイレに捨てる、体操服を破る、鞄に死んだネズミを入れる。いくら育った環境が恵まれても、恵まれていたからこそ他人の痛みを知ることが出来なかった。
『なんかこめかみに電流流すと死んだ親の顔とか見れるらしいわよ。あなたも是非お父様に会ってきなさいよ。』
そういう生徒の一人がAEDを持ってきた。無論そんなものをこめかみにつけ電流を流すなんて危険すぎるが、その子たちは止まらなかった。嫌がるその子を無理やり縛り上げ頭を固定するとこめかみにパッドを貼る。そしてそのままボタンに手をかける。
「そこで九条さんが来たんですの!!」
「急に叫ばんといて。」