一泊二日の戦い 14
俺の発言に風呂場は静寂に包まれた。
「……あ、あーそうか。強姦の時にか。だがあれは未遂に終わったんだから一糸纏わぬというわけではあるまい。」
その言葉にみんなも勝手に納得する。それで諦めてくれればいいのだが、きっと諦めてはくれないのでもう一押ししておこう。こんな茶番いつまでも続けるのは馬鹿みたいだ。
「お前らさ、退学になる可能性があるのは勿論わかってるよな?それで深見と同じような道のり辿ってみろ。それでどんだけ白花が傷つくと思う?」
「......いやお前が言うな。」
それな。
結局最後の言葉が効いたのか、直前で怖気づいたのかは知らないが、提案されていた蛮行が行われることはなかった。風呂を出ると相川が機嫌の悪そうな顔をしていたので「生理か?」と訊くと蹴られた。純粋に心配したのに。
そんなわけで長く険しい一日が幕を閉じた。
「それじゃあ本日最大のイベント!!肝試しをやっていくよー!!」
どうして……どうしてですか。もう予定表には何も書いてないじゃないですか。なんで寝かせてくれないんですか。
「再度ルール確認!!不肖ながら私白花が男女別に分かれたこの箱から一枚ずつ紙を取り、その名前に書いてあったペア同士で指定のコースを回ってもらいます!!」
この合宿でカップルが多く誕生する理由はこれだろうな。なんか毎年恒例になってるらしく、先生もわざわざ止めに来ない。あと、事前に組みたい人がいると申請すれば反映されるとかされないとか。
ちなみにうちのクラスは男女20人ずつだが永嶺と男子もう一人が体調不良のため丁度2人組で割り切れる。俺が参加させられた理由は罰ゲーム的な意味合いと白花が「やるなら全員でやりたい、かな……」なんてふざけた事を抜かすからこうなった。絶対にあいつ楽しんでるだろ。防犯上の都合により俺の相手には防犯ブザーを2つ持たせるとのこと。因みに進行の白花は初めから最後の「20番」で決まっている。最後まで名前を呼ばれなかった人は白花と回れるというわけだな。
「じゃあ早速始めていくよー!!」と声が響くと、生徒の名前が呼ばれていく。名前は5分おきに呼ばれるようになっていて、前後の人と合流してしまうのを避けるためらしい。
とはいえそれまでは本当に暇だ。最後のペアなんか呼ばれるの一時間半とかそのぐらい後なんだろ?その時間まで一体どうやって過ごすんだよ。......友達と話したりするのか。
結局その時が来るまで携帯をいじったり、夜空を眺めてみたり、永嶺に飲み物を渡しに行ったりして時間を潰した。うちも都会とまではいかないが、それなりに騒がしい場所なのでこういった静かな場所でくつろぐのも悪くない。自然と心が洗われていく気がした。
「ほんとざけんなよ。」
呼ばれずに待ち続けた結果、残ったのは俺と梶山、そして白花と鏡石。白花小石と3人のペット。桃太郎か。鬼でも退治するんか。ドキドキもクソもない。どうすんだよこれ。
「よくまぁ見事に……まぁいいわ、全員まとめて来なさい。」と周りに誰もいないことを確認した白花が、ブザーをポケットに入れ歩き始める。そう言えば梶山は白花に嬲られるのが好きな変態だが、鏡石もその気があるのだろうか。やだなぁこんな変態同窓会。
「これはこれで気が楽でいいわ。さすがに疲れたし。……そう言えば狐神と鏡石、あんたたちあんまり互いの事知らないだろうから自己紹介とかしなさいよ。梶山、あんたは近くに誰かいないか一応見張ってなさい。」
「喜んで!!」
俺と鏡石が喧嘩して気まずいの知ってて楽しんでるだろこいつ。とはいえこいつには逆らえないからなぁ。
「えっと……じゃあ、狐神彼方です。身長168cm、体重60kg、趣味は料理の研究とか体を動かすこととかです。亀と猫を自宅で飼ってます。こんな感じか?」
「つまんな。」
「いきなり自己紹介しろって言われても思いつかないわ。お前らと違って俺はコミュニケーションが得意じゃないんだよ。ほら早く鏡石も言えよ。」
鏡石は前より相当ご立腹らしく俺を睨むと舌打ちをした。けれど白花の命令には逆らわずに口を開く。
「鏡石椛。趣味はSNSとか話題のお店巡り。嫌いな異性の身長は168cmで体重60kgぐらいの人。あと趣味が料理とか女子ウケなのが明白すぎてキモイ人とか、自己紹介しろって言われたらクッソつまんない事しか言えないブサイクな男。」
別に好かれたいとも思ってないからいいけどさ。でもこんなペースでゴールまで罵倒され続けたら、いくら心の広い俺でもぶち殺すぞ。
俺と鏡石が睨み合い、それを楽しそうに眺める白花に前方の様子見をしていた梶山が声を掛けてきた。
「どうやら前方のペア、五十嵐さんと宇野君がゆっくり歩いててこのままだとぶつかりそうなんだ。」
「たらたら歩いてんじゃないわよ。」
確かに俺らはこの4人と分かってから5分を測らず出発してしまったから、歩くペースによっては合流してもおかしくない。けれど俺たちの歩みもだいぶゆっくりだった。それでも追いついてしまったと言うことはそういうことなのか?
「どうやらお互い告白のタイミングを伺ってるって感じだったよ。前に宇野くんからは恋愛の相談も受けたし、その相手もきっと五十嵐さんだろうな、とは思ってたけど。野球部員とマネージャーの関係だったしね。」
「それならあたしも相談されたよ。りんちゃんから『好きな人に見てもらうにはどうしたらいいかな』って。」
それで運良く想いあってる2人がこのイベントで2人っきりになれたら、やることは決まってるよな。とっとと告れよ。
そしてその2人が遠目からでも確認できた。2人はこのルートの1番の絶景スポットで止まっている。けれどそこからあと一歩が出ないのか、何やら2人固まってしまっている。
「ねぇ、狐神。あんたあのいい感じの雰囲気、壊してきなさいよ。嫌いでしょ?自分の嫌いな人間が幸せになるの。」
「うん、大っ嫌いだな。あの二人にも是非別れて欲しいものだ。」
「……ほんとあんたってクソみたいな人間よね。」
「まぁまぁ、人の幸せって見てる人によってはそう感じちゃうのもしょうがないんじゃないかな?」
というか嫌いな人に何か幸せなことがあったら、大抵の人間はそれをよく思わないんじゃないか?マイナス×プラスはマイナスじゃないけれど。
「……でもそれはちゃんとした理由があった時だけでいい。不幸になる当然の道理がある連中が不幸になる分にはざまぁみろって思う。だけど理不尽にみんな不幸になれなんて思わないし、あの2人の勇気を台無しにしようとは思えない。幸せになるべき人は確かにいるはずだ。」
「私にはそうは思えないわ。」
それから静かに2人を見守っていると、ストレートだがキュンとなるようなるような告白の後、やがて2人が抱き合う姿が見えた。何故か理不尽に白花に叩かれた。そして梶山に羨望と嫉妬の視線を向けられた。