一泊二日の戦い 11
1つ、誰かが来るのをただ待つ。しかしこれは永嶺の体調的によくないし、俺も風邪を引く可能性が高い。2つ、川を渡っていく。川を何とか渡って歩けば10分もすれば合宿場へ着ける。けれどやはりあの激流を人ひとり背負って渡れる気はしない。3つ、永嶺を置いて俺が助けを呼びに行く。一時永嶺を一人にしてしまうが永嶺を無理に動かさずに済むし、早けれ15分くらいで戻って来れる。4つ、川が渡れるくらい小さくなっているところまで行きそこを渡る。けれど見た感じこの川は大きく、渡れるくらいまで小さくなっているところまでどのくらい距離があるか分からない。5つ、このまま永嶺を看病し2人で生きていく。好みかと言われると違うが人生は妥協の連続だ。6つ、死を受け入れる。人間どうせいつか死ぬんだ。7つ、対岸に永嶺をぶん投げてそれを重りに俺も川を渡る。8つ、船を造る。狸だって泥船作れるんだし俺にも出来るやろ。
「......とりあえず考えるだけ考えて分かったことはデメリットのない選択肢はないってことと、だいぶ俺も疲れてきたってことだな。でも一番いいとしたらやっぱ3番目かな。」
1と4も悪くはないがこんな川の向こうまで探しに来るなんていつになるか分からないしな。川の前でずっとスタンバっていたら間違いなく俺の方が先にやられるし。4は場合によっては何時間かかるか分からない可能性もあるし。
決意も固まったのですぐ行動に移った。外は少ししかしないうちに先ほどより風がだいぶ強くなっていた。だがそのおかげというべきか、濡れて干しておいた服は大体乾いた。それを永嶺に着させ、ついでに水も飲ませた。
「もう少しだけ頑張ってくれな。俺も頑張るから。」
俺はズボンだけ履くと上は永嶺に着させた。下は草むらを歩くのに履かないと危険だろう。
「......」
そして永嶺を背負うと先ほどのテントの布で強く俺と永嶺を縛った。これでもし腕に力が入らなくなっても落とさずにすむ。俺も体力が十分にあるとは言えない。散々身体を酷使したのが今だ。いくらうら若き乙女とはいえその重量は応えるものがある。
「置いていけばいいとは思うんだけどなー、ほんと。」
意外だったのは俺の中で永嶺の存在が思いのほか大きかったこと。なんでこんなに頑張って探して助けようと思ったのかと言われれば、多分永嶺を失いたくなかったから。同情とか、哀れみとか、優越感とかかもしれないけど、普通に接してくれるだけで嬉しかった。
非効率的だとは思いつつも重い足を何とか上げて歩き出す。足場もあまりよくなく、だいぶ苦戦させられたが、ある程度の上流まで歩くと、ちょうど探していた川の湾曲部に着いた。10分くらい歩いただけだがやはり上に行くほどそこには大きな石がたくさんあった。ここは川幅が狭く流れが他より急だが、幸い湾曲の角度も鋭く、外側、つまり俺らが今立ってる側こそ急流だが、半分より向こうの内側は何とか立てそうなほど流れが緩やかだ。
「飛石みたいに半分まで行ければ、そこからは川の中を歩いて向こう岸まで行けるかな。」
そうなれば善は急げ。そこら辺にあったかなり大きめの石を何とか転がし川に入れ、その石を足場に次の石を入れる。大きくなくては流されてしまうのでそれだけのものを運ぼうとするが、そうなると当然かなりの重さになる。さらに石の上を渡る際はバランスもかなり求められるのでかなり危ない。もっといい方法だってあるだろうが馬鹿な俺にはこのくらいしか思いつかない。
「ごめんな、結構振動伝わるだろうから降ろした方がいいと思うんだけど……。すまん、今降ろしたらまた背負い直す気力はないと思う。」
最後の石はあまり大きくなかったので、持って飛石を渡り始める。一歩、また一歩と慎重に渡っていく。石の表面が水中に踏ん張れない為いつ転んでもおかしくないくらい。それでもあまり時間はかけられない。焦らず慎重に、でも迅速に。そんなブラック企業が使いそうな文句を想像しながら歩を進める。
「よし、あと一歩。」
そうしてようやく最後の一歩を踏みしめた。けれどどうしてそこで油断してしまったのか、無様にも足を滑らしてしまった。
「クッソ……い!?っっっ……」
滑った勢いでつい反射的に両手を石から離し川底に手を付く。けれどその上に持っていた石がのしかかった。多少は水の浮力で軽減されたろうがその痛みは尋常ではない。よく自分でも叫びを抑えられたものだ。
もう片方の手で石を持ち上げ何とか手を抜く。骨はいってないだろうが手は痙攣し、手のひらから血が出て表面は皮膚は紫色をしている。
「ハァハァ……切り替えろ!!」
どうやらここまで来ると何とか川底に立つことが出来たのでそのまま歩き出す。そしてようやく川を抜け出すとペースを落とすことなく、むしろ速めて合宿場を目指した。けれど必死に膝に手を当てながら歩いてる途中、テントの布が破れていく感触がした。その瞬間急いで背中に手をやるとギリギリのタイミングで永嶺の体重を支えられた。しかし今まで上に乗っかっていただけのものがそれを支えるとなると荷重も増える。......正直もう限界だった。
「......ま、まぁ限界を超えてからが本気ともいうし.....。精神論、大っ嫌いだけどな......だからまぁ、心配すんな......」
「......いた!!狐神君!?永嶺さん!?大丈夫!?」
「良かった.....見つけてくれたのが、真弓先生だけで。お願いです、俺は自力で行きますんで、早く永嶺を......」
真弓先生は一瞬迷ったが、急いで永嶺を俺から受け取ると「あなたも絶対に来るのよ!!」と残し一足先に予備の小屋に連れていった。俺も何とかその後をゆっくりと向かった。
そして俺が予備の小屋の扉を開ける頃には永嶺の処置は終わったらしく、パジャマのワンピースに着替えた永嶺がかなり楽になった顔をしていた。さすがは保健の先生だわ。
「ほら、次はあなたよ。......あなたは怪我が凄いわね。」
改めて自分の体を見てみるとなかなかだな。顔に手に足に切り傷だの打撲だの捻りだのオンパレードだもんな。さすがにここはプロの真弓先生に任せよう。
真弓先生に治療されがてら、起こった経緯を伝えた。「そこまでして参加する理由って何なのかしらね」と俺と同じ意見を口にしていた。
「永嶺は大丈夫そうですか?」
「かなりの熱だったけどね。でも今はもう平気よ。もうピークは越えてたって感じ。あなたの対処のおかげね。......さっき言ってた、見つけたのが私だけで良かったってどういうこと?」
「無い頭で必死に考えたその場凌ぎみたいなものですよ。今回の永嶺の事、俺とは無関係ってしてほしいんです。」
俺の言葉に先生の顔に『?』が浮かんでいる。
「なんて言いますか、自分はヒーローとかになりたいわけじゃないんです。寧ろそういうのは嫌なので、今回俺が関与した事は言わないで欲しいんです。弱ってるところ漬け込んだみたいな気もしちゃって。永嶺もきっと意識が朦朧としてるのでわからないと思いますから丁度良かったです。あと責任とかも感じて欲しくもないですし。」
自分でもイマイチ何を言いたいのか分からなかったが、どうやら、真弓先生には伝わったらしく、上手くまとめてくれるとの事。