一泊二日の戦い 10
しばらく走ったが永嶺は見当たらなかった。名前を呼んでもそれに応えるものはなく、気付けばコースを半周してしまった。そこまで来ると悪い考えが頭を過ぎる。コースにはところどころ斜面や傾斜がある。場合によってはそこから落ちたなんてこともあり得る。とはいってもそれはあくまで可能性の一部。もしかしたら他の場所にいるかもしれない。......もしいるかもしれないとすれば。
コースから少し離れた場所に大きな川が流れている。山間部にあるということでとても澄んでおり普通に飲んでもほぼほぼ問題ないくらい。
「まぁないとは思うが一応な。」
ゴールまではまだだいぶ距離のあるこの地点なら「どうしても喉が渇いた、顔を洗ってすっきりしたい」みたいな考えが過り、ここにも寄るかもしれない。
とりあえず川を見渡せる高いところから上流から下流まで見てみる。けれどそこには人っ子一人いなかった。叫んでみるも、昨日雨でも降ったのか、いつもどおりのなのかは知らないが、川の勢いが強く、その声も全てかき消されてしまう。
「となると考えたかないが、斜面にでも落ちたか。それだと本当にまずいな。」
こんな合宿で行方不明とか笑えないぞと思いつつ踵を返す、その刹那、視界の端に川の中に何かピンク色の物が見えた。普段ならまず見逃してしまいそうな些細なもの。
『今日はイメチェンでポニーテールにしてみました。シュシュはピンクの水玉だよ~。』
何かを考えるよりも先に戻りかけていた足に全力の力を入れ駆け出した。道なき道を全速力で走ったため枝で頬は切るし、足も何回も捻った。転ぶ度手のひらに小石が刺さったがそんな些細な事はどうでもいい。崖を駆け下り、草木を払う。そしてピンクのシュシュがあったところに着くとそれだけ岸に打ち上げられていた。
「永嶺ー!!いたら返事しろ!!」
やはり轟音に掻き消されたが、そんなもの知るか。永嶺の行方不明から20分くらい経っただうか?もし川に流されたのがそんな前なら、とっくに下流に流され.......きっと助からないだろう。
「だからって諦められっかよ!!」
絶望するのはできること全部やった後でいい。
とりあえず俺は下流に向け全力で走った。
そしてその直後、遠くに映る川の中から懸命に伸ばす1本の手を見つけた。
「永嶺っ!!」
一切の迷いなく川に飛び込んだ。前に太陽と酷く荒れた海で泳いだ経験もあったからか、決して永嶺を見失わず、距離を縮めていくことができた。しかし今上げた腕が最後の力だったのか、永嶺は流れに逆らう事無く流されていた。そのため一気に距離を詰めることが出来ず、ようやく手を掴めても、その手を離さないことで精一杯だった。
『頑張れ永嶺!!あと少しだ!!』
そして流れる途中、都合よくあった大きな木に掴まると渾身の力を入れ何とか岸に上がれた。
「おい永嶺!!起きろ!」
頬を叩くが全く起きる様子がない。それどころか呼吸音すら感じ取れなかった。脈は感じとれるから生きてはいるだろうが、間違いなく水を飲んで窒息しまっている。携帯は向こうにおいてあるし、助けを呼んでいる時間もない。
「......セクハラとか言うなよ。」
ゴツゴツしたでやるのは良くないと思い、まだ多少柔らかい地面に移動し、軌道の確保を行った上で心臓マッサージを行う。前に保体の時に胸骨圧迫の実験体にされたのが功を奏した。やり方なら文字通り身に染みてる。1分間100回ペース。強く、速く、絶え間なく。最悪心臓マッサージで水を吐き出さなかったら人工呼吸もしなければ。
「いちっ、にっ、さ「ゲホッ!!」」
はや。
飲み込んだ水の量は少量らしく、その後はゆっくりと呼吸をしていた。どうやら熱のせいで意識ははっきりとしていないらしいが、とりあえず一命は取り留めたらしい。大きく溜息を吐き、ふと周りを見るとどうやら対岸に渡ってきてしまったようだ。このまま負ぶって帰ろうなんて思っていたがそうはいかなくなってしまった。
「っくしょん!!」
この時間、こんな山の中の森だと日が暮れれば一気に気温が下がる。誰が好き好んでこんな時に寒中水泳なんてしたがるものかね。これで風邪ひいたらどうしてくれんだよ。
「俺にとって最後の課題は体育じゃなくてサバイバル術だな。」
先ほどの課題で植物を集めるものがあって助かった。捨ててしまおうかと迷っていたヨモギをポケットに入れたままだった。それを川の水で洗った石で擂り潰し水と混ぜる。多少舌には残るかもしれないがヨモギは薬にもなるらしいし我慢してもらおう。
「大丈夫か?......なんてそんなわけないよな。とりあえずこれ飲め。汗もかなりかいてるし。」
「はぁ...はぁ...」
こちらの言葉に反応出来ないくらいに酷く苦しんでいる。
とりあえず助けが来るかもと少しだけ待ってはみたがどうやらその様子はなさそう。そして悪いことに風もだいぶ出てきたので少し離れたところにあった小穴に移した。その後ずっと濡れた服を着るのは不味いと思い、罪悪感1割、『なんでこんなことしなくちゃいけないんだ』9割の気持ちで服を脱がせた。なんというか、妹が夏場なんか下着姿で過ごしているからかあまり何とも思わなかった。流石に前のノアの時は下すら履いてなかったから動揺したが。まぁとりあえず下着姿で放置しているのも体力的にも絵面的にもまずいので、そこらへんに落ちていたテントの残骸を綺麗に川で洗って骨などを全て外し巻き寿司のように包んでおいた。疎水性も高く、風も通さないので即席にしては悪くないだろ。
「さてここからどうしたものか。」