一泊二日の戦い 9
そして時間も経ち、恐らく最後となる課題を見る。
『分野:体育 ここの施設を5周してくること。』
最後の最後でこれか。
牟田と永嶺はすごくつらそうな顔をしている。そして意外にもあまり鏡石と吉永は動じていなかった。
とりあえず泣き叫んでも駄々こねてもしょうがないので「これが最後だから」と必死に自分に鞭を打ち走り出した。最初はみんなでまとまって走ろうか、とも言っていたが、それだと早い人はゆっくり過ぎて走りづらいだろうし、逆に遅い人は罪悪感を感じてしまうだろうからやめておいた。
そして流石の梶山はテニス部で培った体力を存分に活かしどんどん先を行く。それから大分離れた所に鏡石、俺、吉永、距離が開き牟田、永嶺という感じになっている。
「吉永ってオタクって聞いてたからあんまり体力ないものだと思ってた。」
「普通に体動かすのも好きだからな。結構アニメとかに触発されて運動とかするし。それよかあいつの方が意外だろ。」
俺らより少し前にいる鏡石。てっきりSNSとかを生きがいにしてる系女子だと思っていたのに普通に走っている。
「聞いたところによるとあいつダンス部らしいな。それなら体力とかあんのもわかる。何だ、アイドルでも目指してるのか?白花ちゃんとは全く別のベクトルだが。ま、別にかわい子ちゃんはいくら増えても一向に構わないぜっ!!」
「あと3周かー。」
前に確か生徒会の仕事でダンス部にも顔を出したことあったがなかなか厳しそうな印象だったな。人数も多くて大会の度に試験みたいのやってるとか言ってたな。鏡石もその競争に参加しているなら当然体力も求められるんだろうな。あいつも弛まぬ努力をしていたりするのだろうか。
それからは何だかんだずっと吉永に白花の魅力について聞かされた。正直どうでもよすぎて走りながら寝落ちしてしまいそうにもなったが、何とかゴール。吉永は話過ぎたせいもあってか、最後は陸に上がった魚のような呼吸でゴール。水を勢いよく飲みながらやがて帰ってくる3人を待った。
しかし永嶺だけが全く帰ってくる様子がなかった。牟田曰く四週目までは一緒に走っていたらしいが、「先に行って欲しいな」と言われて先にゴールしてしまったらしい。
「私のせいだ......。やっぱり付いてあげてればよかった。」
「それは牟田さんの責任とかじゃないよ。きっと少し疲れちゃったからどこかで休憩してるだけだよ。もし6時になっても来なかったらみんなで迎えに行ってあげよう?」
鏡石が時計を見るとあと5分ほどしかなかった。そろそろ目に見える範囲に現れないと厳しい。もしこのまま永嶺が戻ってこなければこのグル-プワークは失格となる。そうなればここまで走って来た5人の努力は全て無駄になる。みんな永嶺を心配する中、そんなことを考えてしまう人がいないとも言い切れない。
そんな沈んだ雰囲気のところに遠井先生が来た。
「残すはあなたたちのグループだけです。このままではあなたがたのこの課題は失敗となります。けれどその結果を出すだけでは少し不憫というもの。あなたがたがもし今ゴールの申請を出せばグループワークは失格になろますが、個人として評価はしますよ。」
この提案はみんなには魅力的に映った。けれど同時にそれは永嶺を見捨てるに近いものでもあると考えた。しかしその狭間で迷っている時間はほぼない。
「だったらその申請ってやつだそーよ。そのほうがなーちゃんだって罪悪感感じないで済むじゃん?『私のせいでみんなの努力がぱぁーになっちゃった』てなるよかましじゃない?」
「......そうだね。僕もそう思う。みんなもそれでいいかな?」
他の2人も頷くと申請を出すため駆け足で向かった。
「そういや狐神の奴どこ行った?小便か?」
「狐神君ならあなたたちのとこへ向かう途中で会ったので先の提案の話をしました。そしたら一人真っ先に申請を出しに行きましたよ。今頃は安全地帯でゆっくりしてるんじゃないですか?」
その言葉にみんなの表情が曇った。
違和感ならあった。今日朝最初に会った時、朝焼けだからかと思ったが、今にしてみれば顔が赤かった気がする。大鵠が現れた時、ここに来ることは知っていたようだったし、正直あの人の提案も驚きこそしたが動揺するものではなかった。あの時にはすでに周りの声があまり聞こえていなかった。昼休み、ずっと眠っていたこと。あの時にはもう休まなければ不味かったのだろう。植物を探しに出た時、梶山の質問に答えなかったこと。鏡石の性格もあるだろうが、あの時は園芸部にいた期間が短かったから言わなかっただけだと思っていた。そうじゃない、もうあの時には聞こえもしないだろうし、声も出したくなかったのだろう。そして最後の持久走。あの時の顔は文字通り本当につらかったのだろう。
遠井先生にゴールの申請をする前、一つだけ確認をした。
「もしこのグループワーク中、著しく体調の悪い人が出たらその人の扱いはどうなりますか。」
「ないとは思いますが、その生徒の様子を見て、続行が不可能と判断したらその生徒以外でグループワークに取り込んでもらいます。」
「じゃあその生徒以外が合格してればグループワークも合格ってことですよね。」
「そんな事態になった場合ですけどね。」
それならまだ永嶺が罪悪感に苛まれずに済む。梶山たちに申請をしてくれと頼んだ方がいいだろうが、詳しく話を聞かせろとも言われかねない。何よりずっと限界状態の永嶺が心配だ。ここは梶山たちが申請してくれると信じて先に永嶺の元へ行こう。