一泊二日の戦い 4
「......涼原太陽だ。知ってるか?」
「だよな。勿論知ってるぜ。いやぁ、ここで嘘吐いたら問答無用で秘密ばらそうと思ってたぜ。てなわけで正直者のお前には選択の権利をやろう。」
全くいい予感はしないが速攻で妹の事をばらさないだけいいと考えよう。まぁでも太陽の名前が出てるあたり次の言葉も予想はつくが。
「妹を取るか親友を取るか選べ。妹の秘密を守るか、親友をを守るか。」
そう来るよな。
「此方の事を秘密にするには太陽に何かしろっていうのか?」
俺の言葉に対し心底楽しそうに笑った。放たれた言葉は全く笑えないものだったが。
「兄妹揃って殺人犯てなんかすごくね?」
正気を疑った。重要な秘密を守るためとはいえ、その為にこいつは人の命を奪えと言うのか。
「......一つ確認させてほしい。お前は自分以外の人間があの高校に入ることに対して怒ってるんだよな。でもそれ以外にも何か理由があったりするのか?」
流石にそれだけの理由でここまでのことはしまい。入学の取り消しは確かにできないが、それ以外の事を改善することで突破口が開けるかもしれない。……というか開くしかない。
「理由、ね。確かにあるぜ。」
「どんなことだ?出来るならまずそれを解決していきたい。」
けれど半ば縋るような俺を見て斑咬は鼻で嗤った。
「受験勉強に疲れた腹いせ。」
「明日までに答えを出せ。じゃなきゃ、わかるよな?」
そう言って俺の肩をどつくと教室の扉を開く。
……このまま黙って見過ごす気はなかった。一言言ってやらないと気がすまなかった。
「おい斑咬。」
「何だ?土下座でもしてみるか?」
「俺はお前が大っ嫌いだ。」
「......奇遇だな、俺も大っ嫌いだぞ。」
奇遇な訳ないだろ。くそ野郎が。
帰り道、雨に濡れながら悩みに悩んだが、どちらかを選ぶことはできなかった。此方の事が広められれば、母さんがまた傷つき、それにより此方が本当に自殺するかもしれない。ご飯の時も何とか普通を装ったが、振られた会話などは全く覚えていない。
とは言っても残り時間もない。
俺は両親に「ちょっと太陽の家行ってくる。」と言い、家を出た。そういえば今晩は時期外れの爆弾低気圧が近づいていると言ってたな、なんて思いつつ、歩いている途中に友達伝いで斑咬の連絡先を手に入れた。そして目的地に着くころにはどしゃ降りの暴風雨だった。
「さっきの言葉を取り消しくなったか?いいぞ、俺は寛容だからな。......お前まさか今外居るのか?バカだろ。風の音かうるっさいんだが。」
「なぁ、さっきお前が言った選択肢の中に、俺の命を懸けることはでできるか?」
「あ?......あー!そういうことか!!はっ、いいじゃん!!最高に面白いぜ。見物だし俺もそっち行くわ、ちゃんと確認もしたいしな。」
「ちょっと待ってろ」と言い斑咬は電話を切った。俺は荒れる大海原を見ながら大切な人の顔を思い出した。母さん、父さん、此方、太陽、お世話になった人たちや、その他大勢の友人、そして思い出の中の少女。
気付けば雨に混じり、大量の涙が頬を伝っていた。
折角めちゃくちゃ勉強してあんな頭のいい高校に合格決まったのに、それが原因で死ななきゃいけないんだよ。高校なんて人生の一番楽しい時期じゃないか。これからだろ。
止めどない涙を拭っていると、遠くに何か黒いものが目に留まった。何故だかそれが気になり近づいてみると、それは今にでも死んでしまいそうな、ボロボロの猫だった。抱き起してみるとその猫は抵抗する力も残ってはいなかった。けれどその目は確かに生きようとしている目だった。
「……気に食わないな。そんなボロボロなのになんで諦めないんだよ。このまま放っておいたらすぐにでも死ぬんだぞお前。」
抱き抱えられた状態で俺をしばらく見つめた後、そいつは俺の手をどかし、半分這いずった状態で陸を目指した。その様子から見て30mもしないうちに動けなくなるだろう。
「あー……もう!どうせ俺は死ぬんだ、それなら目の前の命1つくらい救ってやるよ!!」
俺はその猫を抱き抱えると着ていた上着で包み、近場のコンビニに行き、なるたけ揃えた道具で応急処置を始めた。しかしその時にはもう心拍もほとんど感じられず、体温も冷たかった。
「ざっけんなよ!!なんでこんな人をやる気にさせた瞬間にくたばろうとすんだよ!!生きろ!!……頼む、生きてくれ。俺の分まで。」
動物の治療なんか全くと言っていいほど知識はなく、心臓部分を小さな力で圧迫したり、体を暖めたりすることしか分からなかった。
でもそれが効果があったのか、5分位すると徐々に体力が回復していった。その後は傷を消毒したり、餌やミルクをあげることぐらいしか出来なかったが、やがてゆっくりとした足取りでどこかへ歩き去ってしまった。
「……良かった。元気でな。」
「よし、俺は遠くから見てるからいつ飛び込んでもいいぞ。」
「約束は守れよ。もうこれ以上絶対に此方の事に触れるなよ。」
「わってるよ。」
猫が帰って少しするとそんな電話がかかってきた。不思議と恐怖はなかった。最後にあの命を救えたことが自分の中で強くあった。
そして堤防の上に立つ。ここから落ちるともう激流の中だ。きっと助からないだろう。
「助けた命が一つ。殺す命が一つ。どうか都合よく差し引き0になって、此方や太陽に何も影響がありませんように。……ごめんね、みんな。」
目を閉じて体から力を抜く。刹那、水に呑まれるその瞬間をを感じた。