仲間への裏切り 8
彫刻刀なんて切れ味のある物をを首に刺せば命の危機になるのは明らか。此方の首筋を伝う、ドロッとした質量のある血を見た時、俺はあまりの光景にそこで意識が途絶えた。母さんの叫び声と保護者の驚嘆の顔を最後に。
小学生に自殺行為をさせたということは例えどんなことがあろうと許されることではない。
「彼女の事は今後一切口外しません。それに今更ですが、あなたの言葉に目が覚めました。......本当に申し訳ありません。勿論こんなことで許してもらおうなんて思いませんなんでも仰ってください。」
保護者の人はそう言って頭を下げた。けれど母さんは特に何か要求することはなかった。母さんらしいといえばらしい。
此方に関してはとりあえず命は無事だった。医者は「もう少し深かったら危なかった」と言っていた。それはきっと此方の中に少しでも『生きたい』という気持ちがあったからなのではないか、と俺は考える。そしてその気持ちは母さんが与えたものだ。
その後此方は無事退院し、自宅に帰ってこれた。心の傷が癒えるまではまだしばらく時間はかかるだろうが、また家族4人楽しく暮らせる。
とは言っても、現状から言ってそれは長く続かなかった。
「原因は勿論俺の冤罪。実は此方の事で母さんはかなりメンタルやられてたらしくてな。今度は俺の冤罪が近所で噂されて、それをまた否定しているうちに倒れた。今は父さんと遠く離れたところにいる。きっと『息子を絶対に信じる。』それと同時に『今まで良く接してくれたご近所さんを悪く思いたくない。』多分そんな感じの感情に体の方が持たなかったんだろう。」
そんな母さんに気づかず、俺は自分の事で精一杯だった。2人に申し訳なくて、顔を合わせることも避けていたのがより母さんを苦しめた。
「……えっと、学校を辞められない理由は?」
「ん?あ、そうだな。……俺がこの学校に入ったのを、母さん、すごい喜んでくれたんだよ。バッカみたいに、小っ恥ずかしいくらいに、『あんな頭のいい学校入っちゃうなんてすごいね!!お母さん鼻が高いよ!!』って。」
必死に笑おうと思ったが出来なかった。
「……ほんと……バカみたいに……」
「なるほどね。」
一通り話し終えたが2人は特に何も言ってこなかった。休み時間も過ぎ、うるさいくらいだった学校も静かになった。何となくその静寂から逃げ出したかった。
「こんな下らないことで生徒会のみんなを裏切ろうとしてんだよ?笑えるだろ?きっと母さんだって事情を話せば分かってくれる。それを分かってるのに俺はまだこの学校を辞めたくないなんて思ってる。結局俺の我儘なんだよ。馬鹿みたいだろ?笑っちゃうだろ??……。……頼むよ、笑ってくれよ。そうすれば少しは、二人を嫌いになれるかもしれないから。」
罪悪感に押しつぶされそうだった。せめて嫌々生徒会に所属しているとかならどれだけ良かったことか。此方や母さんのあの時の笑顔のためなら何だって犠牲にしてもよかったと思ってた。だけど今、生徒会のみんなも同じくらい大切なものだと気づいた。どちらも失いたくないなんて願ってしまう。
「わからないんだよ。贅沢にも今の俺には選択する権利がある。これが強制なら『仕方ない』って思えるのに、いざ『選べ』と言われるとわからないんだ。……情けない。」
二人の顔をこれ以上見ることが出来ずについ俯いてしまう。一体今俺はどんな顔をしているのだろうか。
「いいわよ、向こうにつきなさい。」
「……うん。それがいいと思う。」
「いやでも「家族を守ろうとする気持ちが間違いなはずないじゃない。立派だと思うわ、心から。いい?本当に大切なものはたとえ何を犠牲にしてでも守り切りなさい。」」
これ以上異論を唱えるのは愚かだ。ノアがここまで言ってくれてるんだ。ぐずぐず悩む時間はもう終わりにしなくちゃ。
自分でもよく分からない気持ちから流れそうになった涙をぐっと堪えると、二人の顔を真正面から見て宣言する。
「此方を守るため、母さんを悲しませないため、俺がここに居続けるために向こうに寝返る。俺は馬鹿だから密かにダブルスパイみたいな事はできない。全力で現生徒会の敵になる。」
俺の宣言に何故か二人は笑顔だった。恩を仇で返すと言っているのにこれだから困る。そして図々しく我儘なお願いもしておこう。
「だからどうか、完膚無きまでに俺を、大鵠を打ち負かしてほしい。」
協力さえすれば此方の事をバラさないかもって淡い期待をしてみる。もしそれが叶うのであればたとえ生徒会から追い出されようがお釣りが十分に来るくらいだ。
「了解。」