仲間への裏切り 6
「でもいいのかな。この伝言を聞いたってことはもうこっちにつくってことだけど。」
さすがに伝言を聞くだけ聞いて『やっぱやめときます』ってのはきかないか。そんな都合よくはいかないよな。でも正直内容はすごく気になるんだよな。何だろう、やっぱり誰かの秘密とかかな。
「正直、迷ってはいます。瀬田会長やみんなは俺を救ってくれました。そうでなければきっと今頃この学校にはいないと思います。でももし、ここで大鵠さんにつかないと妹の事を斑咬が世間にばらしてここにはいられなくなります。......学校は絶対に退学するわけにはいかないんです。」
別に大した理由があるわけではない。ただの俺の下らない考え。よくわからないプライド。
「良かったらその理由を教えてよ。少しは力になれるかもしれないからさ。」
......分かってる。こんなのは罠だ。こうやって人の弱みに付け込んでそれを利用しようとしているんだ。危なかった、俺じゃなかったらうっかりこの優しい風先輩に騙されて自ら弱みを吐き出してしまうところだった。
「実はうちの母が「ちょっと」」
「あーあ、おっしい。」
無意識に俺は話してしまっていたらしいが、その急な横やりに我に返る。そして振り返ってみればノアと鶴が立っていた。何となくいつもより殺気立っているのは俺はつい弱音を吐いてしまうところだったからか、それとも単純に大鵠を敵視しているからか。
「これはこれは、世界に名前を轟かせるstarkiser家のご令嬢とあの蓬莱殿の娘が揃って登場とは。随分と好かれているんだね、狐神君は。」
ノアの家が金持ちなのは分かってるが、鶴の家はよく知らないんだよな。……なんか言い方として何か含みがありそうだが。
「いや、どちらかというと多分子を心配する親って感じかと.....」
「狐神、ちょっと話があるから来なさい。大鵠さんも狐神に変な事しないでください。」
「別に変な事なんかしてないよ。後輩の悩みを真摯に聞いていただけだよ。でもなんか顔がおっかないから俺はここで退散させてもらうよ。」
そう言うと大人しくその場を後にする大鵠。最後に「お姫様に守られる王子ってのはどうかと思うよ。」と言われた。そんな安い挑発は軽く流し、やや怒っている二人に正座で向き合う。
「事情はある程度知ってるわ。あなた最近何か悩んでいるようだったから、こころちゃんに相談したら大体分かったわ。」
ちょっと待ってなんでや。なんで俺の悩みをこころに相談したら分かるんや。
「学校を絶対退学したくない理由までは知らないけれど、妹さんの事を脅されて裏切れって唆されてるんでしょ?」
……。
「も、勿論みんなには助けてもらった恩もあるし、今の生徒会は大好きだし、大鵠の下に就くなんて嫌だ。あの人が目指してる実力制度が正しいとも思わないし。そんな人の元に居たいとは思わない。」
「狐神。」
ノアの鋭くも哀れみを含んだ視線につい口を噤んでしまう。そしてその後の言葉を鶴が続ける。
「……好きとか嫌いとか、正しいとか間違ってるとかじゃなくてね。」
……分かってる。その上でどちらにつくのかって話だよな。まぁ普通に考えてノア達につくべきだよな。あれだけの恩義あってここで裏切るとか最低だろ。
「……最低だよな。ほんと。……理由だけ、話させてもらってもいいか?」
その言葉の意味が分からないはずもないが、2人は特に顔色を変えずに腰を下ろした。そうだよな、俺なんかがいなくなったところで今更何も変わりやしないか。……本当に最低だ、俺。こんなことをしておいて、少しだけでも裏切るのを止めて欲しかったと思ってしまった。
「本当に俺が学校を辞めたくない理由なんて大したものじゃないんだよ。……前に鶴には俺の妹に関することは話したけど、ノアは鶴から聞いたか?……そうか、じゃあそこは飛ばすな。」
祖父母の家から連れてきた此方はとにかく無感情であった。何を言っても言葉を返さず、たとえほっぺを抓ろうとも表情ひとつ変えなかった。
「彼方、やめなさい。嫌かってるじゃないの。」
「別に何もこいつ言ってないけど。無表情のままだし。」
昔はあまり考えなかったが、今思えば母さんはそういう人の感情に一際敏感だった。よく俺も考えていることが見透かされていた。
「こら、こいつじゃなくて此方ね。彼方はお兄ちゃんになるんだからちゃんと守ってあげてね。」
「うん」と返事をしたものの、まだ11歳の俺には彼方を何から守るかも分からなかった。敵はあの祖父くらいだとまだ思っていたから。
いつからか、具体的には覚えていない。気づけば母さんの外出が増え、その度顔色を悪くして帰ってくる。元々体があまり強くなかった事は知っていたので心配だった。
「大丈夫?何か最近顔色悪いよ?何があったの?」
何回この言葉を言っただろうか。そして母さんの返す言葉も何回聞いただろうか。
「大丈夫よ。ありがとね、心配してくれて。彼方は本当に優しいのね。」
頭を撫でるその手が震えていた事に気づかないわけはなかった。
「もし母さんを傷つける人がいるなら俺が一発叩いてあげるから。」
「そんなすぐ手を上げちゃだめよ。どんな人相手でも、相手の事を理解してそれから自分の考えを伝えるの。まずはそこから。それにね......」
母さんは優しく笑った。
「彼方は優しいから人を傷つけられないでしょうし、困っている人がいたらなんだかんだ助けちゃうわよ。」