仲間への裏切り 4
「俺と彼方は直接兄妹って訳じゃないんだ。関係で言えば従妹。彼方の両親、俺の叔父叔母にあたる人たちが俗に言うDVをやっててな。暴力というよりかは放置とかに近いが結局愛されてはいなかった。そこで彼方を俺の家で迎えられたら良かったんだけど、うちも家族を急に一人増やせるほど金はなくてな。それで彼方を『金に余裕があるから』って祖父の家に無理矢理放り込んだ。祖母はもうその時にはいなかった。祖父は孫が好きって話はよく聞くと思うけど、うちはその例じゃなかった。まぁ所詮親が親なら子も子って訳じゃないが祖父も彼方の事をぞんさいに扱った。こっちは完全に暴力や罵声といったものだった。原因は叔父叔母にのネグレクトによる思考と言語の未発達。やっぱり言葉が通じない相手をするのは大変だもんな。そしてその環境が発覚したのが彼方が10歳の頃。祖父の死によって分かった。死因は失血死だった。後の此方曰く『酒を盗りに遠くの町へ行った際、過労と飢えとストレスと栄養失調で途中の道で倒れた。そして病院で目が覚めた後、急いで自宅に酒を持ち帰ると食器棚の下敷きになっている祖父を見つけた。恐らく此方の帰りにイラついて暴れたのだろう。まだ息をしているようだったが、助けたらまたあの地獄のような日々を味わうかもしれない。気づいたらそこから逃げ出してた。』と。全てを知った時の父さんの顔ときたらまぁ凄かったよ。そして一言。『あの子はうちで引き取る。これ以上辛い思いは絶対にさせない。あの子の居場所は此処だ。』って。」
一通り此方の事を話終えると鶴は「……なるほど」と小さく呟く。
「……それでその事を斑咬君に知られたから何とか口止めしたいって事かな。」
「そ。一応白花にも頼んだんだがどうやら動いてはくれなかったらしい。全く、あの一週間は無駄だったのか。......あ。」
「......さっき九条ちゃんが言ってた『最近仲のいい人』ってやっぱり白花ちゃんなんだ。前のショッピングモールの件といいやっぱりそういう……。」
そこからしばらくは鶴の誤解を解くので必死だった。事情を話せれば楽なのだがあいつにバレたら洒落にならない。そのためとりあえず頭を下げることくらいしか思いつかなかった。……というか何で俺こんな必死に鶴に誤解解いてんだ?軽く流せばいいのに。
話題を逸らす為にこちらから話題を振ることにした。
「そういや俺は全然ダメだけど、鶴って全然弱点みたいなのなさそうだよな。強いて言うなら天然なところとか?少しドジなとことか?……いやそれは逆に武器だな。」
……この顔だ。鶴が時々見せる陰りのある顔。恐らくその原因が鶴にとっての弱点なのだろう。
「……何にもないよ。私には。」
そんなことは絶対にない。めちゃくちゃ顔はいいし、勉強も運動できる。周りに気も使え、他人の事をよく考えている。一生懸命やる姿はかっこいいと思うし、笑えば可愛いと思う。
それを口にしろよチキン野郎、とは俺自身も思うが今は口にしないでおく。出会って数ヶ月の男がそんな知ったような事を言うのはどうかと思う。それに何より鶴のそれはそんな簡単に踏み込んではいけないというのがひしひしと伝わる。だったら何と声を掛けたらいいものか、そういうのは...苦手だ。
「いつの日か、自分を誇れるようになれるといいな。」
そんな話をしていると俺の家の最寄りの駅まで来ていた。鶴はここから電車に乗って帰るとのことで、一応改札まで見送りをした。
「……わざわざありがとね。それと狐神君……」
「分かってる。瀬田会長の言うこと気にしてて良かった。じゃあまた明日。」
後ろから密かに追ってきていた斑咬との接触を避ける為、大通りではなく、すごい入り組んだ路地を駆け足で帰った。斑咬もここら辺の人間かも知れないが、家に帰る時には全く気配はなかった。全く、穏やかじゃないなぁ。
そして今日も今日とて一人穏やかに昼食を嗜む。実は最近前のスポーツ大会を経て、食事にも気を回すようになった。より体力をつけるため、メニューは鶏胸、砂肝、レバーを入れたサラダ、水分としてプロテインジュース、おまけの生卵に金魚の餌をかけたものを一気に呑み、バナナに溶いた卵をつけて粉末プロテインをつけて揚げる。あら美味しそう。けれどこんなものをいただきますして無事で済むわけもなく、気づけば空っぽにしたはずのお皿に色々と溢れていた。食べたはずのものがまた卓上に再生したのだ。
まぁそんな文字通りゲロつまらない話は置いておいて、今俺はとても珍しく同じ学び舎の徒と昼餉を喫している。
「そんな怖い顔しないでよ。警戒する気持ちはわかるけど今日は君にもお得な話を持ってきたんだ。」
「いやそう言われましても。もう大鵠さんの本性は瀬田会長達から聞いてますし、それに斑咬まで一緒っていうと警戒しないわけないですよ。」
俺がのんびりぼっち飯を決め込んでいたらいきなり顔を覗かせんだもんな。ビビって心臓止まったわ。
「そうそう、最近またこの子が悪さしたそうでさ。俺からも『もう二度とこんな真似するなー』って言っといたからそれで許してくれないかな。」
この言葉を信用するわけもなく、「はぁ」とだけ言っておいた。もしこれがホントならどれだけ助かることか。
「ホントだよ。二度とこいつにそんなことはさせない。ねぇ、信じてよ。」
「っ……。分かりました。」
俺の心を読んでかは知らないが、先程よりもずっと強い視線が俺に刺さる。声が耳奥まで届き、本能的に耳を押さえたくなる。隣の斑咬も激しく首を縦に振る。「これ以上この人を怒らせるな」とも感じ取れた。