彼女の生態 4
その翌日。今日はマネージャーは後ろにいるだけで本当に不味くなったら代わるというシステム。多分明日にはもういない。保険があると言われれば確かにそうだが、勿論ミスは許されない。昨日帰ってから必死に頭に詰め込んだ知識でどこまでできるのか不安しかない。
俺は多分ぶっちゃけ本番に強いのか、それでも何とか大きなミスなく来れた。後に残るのはアイドルとして今度新作で出される歌の収録だ。俺は白花が歌について向こうの人と話している間、コンビニで水を買った。天然水やミネラルウォーターを買うことが今までなかったので「蛇口捻る水となんか違うのか?」と思いながらも、見た感じ良さそうな物を3本買った。多いとも思ったが、歌っている喉が渇くと言っていたし、何なら俺も喉渇くかもだし。
「はい、水。」
しかし出された水を一瞥すると受け取る素振りは一切見せず、冷たい目で俺を睨む。
「……ねぇ、私はどこの会社の水買ってって昨日言ったっけ?」
え?そんなの言ってたっけ。……あ、そういや何か言ってたわ。というかどこも一緒なんじゃないのか?
「ここの会社の水は僅かにだけどざらつきがあるの。歌う前なんかにこれを飲むとそれが気になって集中できないのよ。細かいって思うだろうけど与えられた仕事には全力で応えていきたいの。」
「……すまん。今回は普通に俺のミスだ。どれも似たようなもんかなって思ってた。買い直してくる。」
水一つにまで厳しく言うのをただの嫌がらせや我儘だと思っていた。それがとても恥ずかしい。そうだよ、こいつはもう何年もこの世界で生きてきたんだ。僅かな油断が命取りになりかねない。
「じゃあ謝罪の意を込めてこれ全部一気飲みね。」
「……え?」
いやそんなニコニコされましても。
「3本もあるんですけど。トータル1500なんですけど。」
「それはあなたが3本も買ってきたからね。良かったわね。これで脱水の心配はなさそう。」
少しでも真面目な感想抱いたらこれだよ。なんで夏でもないのにそんな水をがぶ飲みしなくてはいけないのか。まぁでも喉は多少渇いてるし案外いけるか?
「……オエッ。」
「ちょい残し、ちょい残し。」
「250をちょいとは言わなオエッ。」
「ん?ねぇ、ちょっと服脱がすわよ。」
そう言うとこちらに有無も言わさず早さで服を捲る。そこには1.25リットル増えた体積のお腹が。
「え何このお腹!妊婦みたいになってるわよ!うっわボヨンボヨンしてる!きも!」
ええい触るな。つんつんするな吐くぞ。早く次の仕事にでも行ってしまえ。この性悪女め。
「……ねぇ、今私の事性格悪いって思ったでしょ?」
「え!?いやいやソンナコトナイヨ。お腹さすられてこそばゆいだけだよ。」
「嘘はよくないな〜。マネージャー、抑えなさい。」
お腹のせいでろくに動けない俺が、常日頃からこの女の我儘に付き合っているマネージャーの動きに勝てるはずもなく、後ろから技を決められうつ伏せに倒される。その上にマネージャーがのしかかる。
不味い、この体勢すごいお腹に負荷が。オエッ。
「はい彼方ちゃん。ミルクの時間でちゅよ〜。」
そういって残っていた250のペットボトルを俺の口へ近づける。もう容量いっぱいだっての。これ以上は本当にアカン。
「ほらダメでちゅよ?ちゃんと咥えなきゃ……もう、零して汚いわね。しょうがないちょっと強引に……!」
「んぐっ!?んんっ!!んんんーっ!!!ゲホッ…オエッ……」
「よく飲めましたっ。ちゃんと片付けときなさいよ。」
最後に俺のお腹を蹴ると心底楽しそうに部屋から出ていった。マネージャーも俺からどくと「こっちに来い」と部屋を出ていく。揺れるお腹を抑えつつ、雑にそこら辺を拭くと急いでマネージャーの後に続く。
マジで吐きそう。
そしてついて行った先では一つガラスを隔てて白花が歌の収録をするところだった。先ほどの笑顔とは異なる笑顔を浮かべている。営業用の笑顔。見ていてあまり気分のいいものではない。
そして間もなくマイクに顔を近づけやがて歌い始める。
「やはり君をいたぶったあとの彼女はいつもより調子がいい。これからも是非彼女を頼むよ。」
「大人として人として何か感じることはないんですか。もし俺が裁判なんか起こしたら勝ち負け関係なく白花の地位を大暴落させられるんですよ。」
「では何故そうしない。彼女がやっていることは、間違いなくいいことでない。」
「それは……」
「何か言えない理由でもあるのだろう。そのくらいよっぽどの阿呆でなければわかる。その理由とまでは知らないがな。」
俺にまだ残っているこのくだらない感情を捨てることが出来ればまだ楽なんだけどな。
なんやかんや長かった1日がようやく終わり、残りがまだ6日もあることに嫌気が差す。