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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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狼煙の種火

「それで、なんでこんな遠くまで来て俺なんかに声をかけるんですか?あの会長さんからの命令かなんかですか?」

「……ううん。ここに来たのは私個人の理由で。えっと、理由は……理由は……」

忘れたんですね。この人一見すごいクールそうに見えてなんか抜けてるよな。わざとではないと思うけどあんまり信用もしない。同じ過ちは、しない。

「……そうだ。あなたの顔が、到底出荷できない不細工なジャガイモが、さらに潰れて腐っているみたいって聞いて来たんだ。でも、そこまでじゃなくてよかった。」

と、すごい優しい笑みで安堵している。自分でも決してイケメンとは思ったことないが、なんだか複雑。てか誰だそんなこと言ったの。想像つくけど。

「……なんであの時、抵抗しなかったの?」

この人もしかして俺があの日ボコボコにされたのを知ってるのか。生徒会としては止めるべきだとも思うが、一人間(いちにんげん)としてはやっぱり止められないよな。……抵抗しなかった理由?

「やり返したらきっとあいつらは先生に言う。そしたら今度は間違いなく退学。それだけは勘弁です。だから……」

俺が目を向けるとその人は首を横に振る。一体何がダメだというのだろうか。それともこの人がいじめとかをあまり知らないのだろうか。被害者の立場になったことがないのだろうか。

「……やり返せるのはきっと強い意志を持ってる人だけ。それをやれとは言えない。私だって、出来なかった。でも弱い人は弱い人なりに、逃げることも、助けを呼ぶこともできた。あなたはそれさえしなかった。……自分を救わない理由を他人に押し付けないで。」

「……もう学校に戻ります。」

差異はあれど、あの人もきっと俺と似たような目に遭ってきたのだろう。知ってる、別に真っ向から戦うことだけが全てじゃない。逃げたって助けを求めたってそれは決して負けじゃない。勝つための撤退だってある。俺はあいつらが俺を殴れば満足して帰るだろうと、俺自身ではなく、あいつらに重きを置いてしまった。それがあの人は嫌だったのだろう。情なかった。殴られた時よりずっと痛かった。

教室に戻り、机にあるおにぎりや菓子パンのゴミをゴミ箱へ入れる。いつもなら愚痴の一つでも心で呟いてるが、そんな気分ではなかった。授業もあまり集中は出来なかった。


けれど運命の悪戯とでも言うべきか、俺はのんびりと考え事もさせて貰えないらしい。そういえば最近、教頭から何も言われなくなったなと思い、少しだけ様子を見に行こうとした。勿論絡まれると絶対ろくなことにはならないのであくまで遠くから観察するレベル。帰りの総括も終わったので席を立つ。

「ねぇねぇ、狐神君。」

またお前かよと、視線をそちらに向ける。白花は笑顔でそこに立っていた。嫌でも周りから感じる視線にこいつも気づかないわけないと思うが。

「今日学校来る時にこれ落ちてたんだけど、もしかしたら狐神君のかなって。この前一緒に帰った時にカバンに付いてるの見えてね。」

そして白花は土埃などで汚れたと思われるミサンガを俺に差し出した。俺はカバンを確認し、確かにそれが無くなっている事に今更気づいた。

「だいぶ汚れちゃってたからつい勝手に洗っちゃったの。ごめんね。でも汚れも全然落ちなくて。ごめん。」

「……いや、大丈夫だ。……じゃあな」

短くそれだけ言うと足早にそこから去った。


「一緒に帰った。」なんてあんな大勢の中で言えば、どういうことになるか自明の理だ。案の定、下駄箱で捕まり、人通りのいない倉庫裏まで連れていかれた。

「一緒に帰ったってどういうことだよ。どうせお前が脅しかけて白花さんに言う事聞かせてるんだろ?アァ!?」

そして胸倉を捕まれそのまま拳が飛んでくる。今日はいつもより怒っている分随分とアップテンポだな。

いつも通りこのまま拳を受ける、つもりだったがその時ふとあの人の言葉が()ぎる。

『自分を救わない理由を他人に押し付けないで』

別にこんな俺がどんな酷い目に遭おうがあんたには関係ないだろ。自分が別に今更救われたいとも思わない。その考えはきっと変わらない。……でも一つだけ。

「お前らが満足そうにすんのは確かに気に入らねぇな。」

俺は向かってくる拳を何とか避け、壁に拳をぶつけ痛がっている隙に逃げ出した。俺の予想外の行動に一瞬周りも拍子抜けみたいな顔をしていたが、ボスの怒声にビビりこちらへ走ってくる。俺は秀でた才能など何も無い。だから勿論運動も軒並みほど。やがて追いつかれるかもしれないがそれまでは全力で逃げる。一回くらいなら報われてもバチは当たらないと思うけどな。

けれど少し走った後、そこに予備で人を配置していたのか、暗がりから伸びる手に呆気なく捕まってしまった。

「あのくそ野郎どこ行きやがった!!」「とっとと探せおらァ!!」「ただじゃおかねぇ!!」

やがて俺を追いかけていた集団は遠くに行き、その声も聞こえなくなった。激しい息遣いがお互いの顔に当たってくすぐったく、同時にとても恥ずかしい。

「これで次会った時は前の比じゃないくらいボコボコにされますね。」

「……そしたらまだ逃げればいい。頑張って。」

他人事だなぁ。少なくても俺はあなたの言葉に触発してこんなことしたんだけど。

「……でも、これで何となく分かった?」

「?何がです?俺がチョロいことですか?足が遅いことですか?」

「……そうじゃなくて。」

彼女は先ほどの連中がいなくなったのを確認して狭いスペースから出る。そして俺の手を取り、暗く寂しいこの場所から日の当たる温かい場所へと引っ張りだしてくれた。

「……あなたが諦めていた自分の物語なんて、こんなに簡単に変わっちゃうこと。」

何を言うかと思えば、こんなのただ逃げ出しただけじゃないか。ただ問題を先送りにしただけだろ。なんてひん曲がった感想も今は出なかった。まだ変わったとは言えないけれど少しだけ変わり始めたのかもしれないとは言ってもいいのだろうか。少なくても抵抗する事を思い出した。

「……会長が待ってる。来て。」

そういって先に行く彼女の後ろを早足でついて行った。

この瞬間確かに、俺の中で何かが変わった気がした。

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